第373話 一夜明けて


『…俺も好き。

玲奈さんが、香椎玲奈が好き。


それだけは誰にも負けない…!』



自分の何処から出たのか?決まってる心の奥からだろ。

ネガティブな心と裏腹に出た強い言葉。

自分の口から出た言葉なのに納得する俺はどこかおかしいのかな?


あっちゃんは真面目な顔で頷く。


厚樹『…これ以上は何も言うこと無い。

同じ娘好きにならなければ

『お互いがんばろう』とか『応援する』とか言えたんだけどな。』


あっちゃんはふふって優しく笑う。

その姿は男の俺から見ても惚れ惚れする男前で。


厚樹『まあ敵!ってわけでも手を引け!でも無いし?

どっちが射止めても…いやどっちもフラれる可能性も高いしな。

今日知ることが出来て良かった。』


あっちゃんは頷いてまた横になる。

寝ようぜ?明日こそ絶対釣る。あ、もう今日か?


あっちゃんの言葉にひとつだけ聞きたい事を俺は尋ねる。



『あっちゃんはさ。

余裕あって、自信があってすごい。

今の玲奈さんが好きって宣言するのにしても…。』



あっちゃんはあんなに自信を持って宣言して俺は真っ向から答えた形ではある。

あるけども俺の心の中はネガティブでいっぱい。

あっちゃんは懐かしそうに、



厚樹『そうゆうとこ変わんないな、子供の頃思い出すわ。

でもさ、自分が好きになった娘だろ?

その娘を好きって誇らしいことじゃん。』


うん。俺は頷く。



厚樹『そりゃ香椎さんは天月だわ、綺麗だわ、賢いわ、テニスすごいわとんでもない娘だけどさ?

それでもひとりの女の子でしょ?

そんなネガティブで告白出来んの?

こんな俺だけど…みたいなだっさい告白絶対すんなよな?なんだから。』


あっちゃんが俺をライバルって…?


『ちょっと何言ってるのかわからない…。』


あっちゃんは呆れながら、


厚樹『ほんっと変わらないな、そうゆうとこ。

なんだからだっさいことすんなよな?承?』

俺寝るわ。』


そう言うとあっちゃんは寝息を立て初めた。

俺はあっちゃんの香椎さん好き宣言、俺をライバル、親友って言葉に結局一睡も出来なかった…!


ただ、あっちゃんの言葉。

ひとりの女の子でしょ?

そんなネガティブで告白出来んの?

って言葉にショックを受けていた。


…俺、香椎玲奈を特別視…神聖視と言っても良い。

しすぎてたかも知れない。


告白…こんな俺だけどって告白…言いかねない…。

でも指摘された事はもっともで。

お客さんに、

『粗悪で故障も多いけど安いです!お客さんにピッタリでしょ?』

って売り込むようなもんで。


好きな女の子に相応しい男じゃないけど…って前置きで求愛するバカが居るか?やっべ良く考えておかないと慌てて変な事言いそう!


そんな事ぐるぐるぐるぐる考えて…空が白々と明るくなってきて…。


ガサゴソ、ガサゴソ。



テントがゆっくり開いて宏介が顔を突っ込んで来た。

小声で、



宏介『…承、釣りしよう?

俺このままじゃ帰れない…!』



☆ ☆ ☆

時刻は5:00

俺は寝巻きがわりのadiósのジャージから昨日と同じ服装に着替え、長袖T

シャツだけ変えて準備完了。


宏介とすぐそこの河口へルアーを投げ込む。


宏介は無口で所作も静かな男。

それでも釣りたくて昨日遅れた分を取り返す為にこんな早朝から釣りを開始。

結構負けず嫌いだよね。


でも俺も坊主じゃ帰れない!

あっちゃんも起き出して来て釣りを始める。

誰も喋らないけど苦にならない静かで心地良い時間。


あっと言う間に1時間が過ぎる。

薄暗かったのが日が登り、皆も起き出す。


青井達はまたスピーカーから静かに音楽かけてコーヒー飲んでる…!

あいつら釣れてるから!余裕あるんだ!

青井なんて彼女の前で大物釣ってめっちゃ満足感あるだろう。


宏介『…9時にターミナル駅の高校に着かなきゃだから…逆算して6:30がリミット。』


『試合あるんだろ?一回家帰らなきゃだしそろそろ切り上げ時じゃない?』


宏介『あんなスズキ見てただじゃ帰れない!』

※青井の釣ったスズキ。80cm位。


もうちょい、もうちょい!

宏介の粘りに応えるように…!



グイ!竿が大きくしなる!


宏介『きた!』


厚樹『宏介!慌てるな!』

『網!持ってくる!』



宏介がアドレナリン全開の興奮状態で格闘!

しばし攻防戦ののち、



宏介『やっった!やった!ヒラメ!!

…カレイ?』


青井『ヒラメ!すっげ!50cm…はあるな!宏介!』


50cmだけどヒラメって横幅もあるからとんでもない大きさ!

でっかいうちわみたい!


青井と宏介のハイタッチを悔しそうに見つめる俺とあっちゃん。

羨ましい…!せめて1匹!来い!


喜び宏介はスマホチェックして、


宏介『…やべ、もう俺行くわ!皆んな気をつけて楽しんでね?』


氷を入れた大きいビニール袋にヒラメを突っ込み。

珍しく目をバッキバキにして宏介は慌ただしく自転車を飛ばして帰って行った…。

…なんだろう、そんな事は無いのだが勝ち逃げされた気分…!


そして、7:00…ついに…!



厚樹『承!キタ!』


『おおう…。網…。』


厚樹『やった!でっか!』


ビッチビチ跳ねる立派なスズキさん…!

約70cmの立派な勇姿を誇らしげに掲げる男前あっちゃん…。

写真撮って!カシャ、あっちゃんスマホに送る…俺も保存する…。

これで坊主は俺だけ。

仙道田中組はまたアジを3匹釣り上げて満足げに切り上げて椅子でのんびり。

青井もちょっとやったけど彼女来るって聞いて早めに切りあげた。

俺だけ釣れて無いし!俺は釣りを続ける。


あっちゃんが魚を保管する為キャンプに戻りひとりになる。

…考えちゃうのは昨晩のあっちゃんとのこと。

ううん、香椎さんのこと。

俺は香椎さんを…あっちゃんは香椎さんを…

香椎さんはあっちゃんをどう思ってるんだろう?

俺は香椎さんに告白出来るのか?ぐるぐる香椎さんの事を考え続けてる。

そう言えばあっちゃん玲奈さんとお茶行ったって言ってた…玲奈さんが男とお茶なんて…外町とジュリエットしてた頃以外聞いた事無いぞ…?



あ、小幡さんが来たのがわかる。

ギリギリ見えるキャンプ地がガヤガヤキャッキャしている。

あー釣りたい。そろそろ俺も釣りたいよぉ!



そうだ、心を鎮めろ…存在感を消そう。

だって仙道も田中くんも気配を消せる男…。

殺気?魚も感じるに決まってる!


心を鎮め、平常心。

水が如く、心は平らかに…。


海とひとつになれ…自然と一緒になれ。

ほら、こんなに海は綺麗で空は青く澄んで心は穏やか。

なんかマンガの修行パートにこんなシーンあるよね。


もっと大人になって簡単に動揺しない大人の漢に俺は…。


浜辺に佇みそんな事を思うよ。


ふわっと良い匂いがした。

横を見ると…



玲奈『ふふー!やっと気付いたね?

釣りに夢中だったのかずっと横に居たけど全然気付いてくれないね?』


玲奈さん?!

心を鎮める?穏やか?自然と一緒?!

そんなの無理!一瞬で俺の心は香椎玲奈一色に塗り替えられた!

穏やかになんて絶対無理!もうこんなにドキドキしちゃう!



グイっっ!!!


呆然とする俺に玲奈さんが慌てて俺の手にその白い可愛い手を重ねる!


玲奈『承くん!惚けてないで!

引いてる!お魚かかってるよー!!』



俺が昨日から待ち望んでいた当たりと、いつも心の真ん中に住んでる憧れの女の子が同時にやって来た!

俺が思う余裕ある大人の漢にはまだまだ遠い…!


玲奈『承くん!魚!魚!』


いっぺんに色々起きて俺は一瞬処理落ちしてしまったんだ…。



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