閑話 ゆきだるま 中編

兄の場合  side立花承


末弟のひーちゃんはこの冬作った雪だるまに大層思い入れがあって大事にしている。

雪だるまなんてものは大体少しずつ小さくなっていくよね。

暖冬だった今年はなおさら。

除雪して塊になった雪もだんだん小さくなっていき、雪だるま三兄弟も例外では無い。


望『…雪だるまのことでひーちゃんが…。』


望がひーちゃんを心配している。

そりゃそうだよね、毎日ひーちゃんは朝と幼稚園の帰りに必ず雪だるまたちを確認する。

ホッとしつつも痩せ細る雪だるまを悲しそうに見ている。


望『…兄ちゃんどうする?もうこっそり捨てちゃって旅に出た事にする?』


『もう猶予は無いんだよね…。暖かくなってきたし、冬ももうじき終わる。』


ひーちゃんの小さな胸を痛めている雪だるま。

作らない方が良かったかな?

そんな事を悩みながら夜の香椎さんロインでその話をする。

香椎さんは最近アクティブに行動していて色々忙しいみたい。

なんか心境の変化があったって言ってた。


たわいも無い話しからその雪だるまの話しをする。


香椎『勝手に居なくなったらひーちゃん悲しいよ?』


『確かにそうなんだ。』


香椎『…私に策があるよ、もう小さいんだよね?』


『うん、握り拳くらい3つとも。』


香椎『明日の朝?小学校横の橋で待ち合わせよう?雪だるま持って来て?ひーちゃん連れて。』


香椎さんはひーちゃんの気持ちを理解した上で何やら策がある様子。


俺は何も思いつかなかったので香椎さんにお願いする事にした。

軽く説明を聞く…なるほど。


☆ ☆ ☆

翌朝 8:45


ひー『にいちゃん…ゆきだるまさん、ゆきだるまのさんきょうだい捨てちゃうの?』


『…捨てないよ。』


釣り用のクーラーボックスに保冷剤を入れて雪だるま三兄弟を俺が運ぶ。

朝も冷凍庫に雪だるま入れたい…って母さんに頼んで雪だるまは冬だけしか居られないって言われたからひーちゃんは朝からずっと涙目。


望『香椎先輩ならなんとかしてくれるでしょ?』


ひー『かしちゃんほんとうにゆきだるまのことわかるの?』


待ち合わせ時間きっかり、小学校横の橋、歩道橋に玲奈さんが来た。

あれ?反対側じゃなくって小学校側から?

…茶色のコートに白いブラウス、ベージュっぽいパンツにブーツっぽい黒い靴。

…肌色が少ないと安心感があるなぁ…!


香椎『おはよう!承くん!望ちゃん!ひーちゃん♪』


『おはよう香椎さん。』

望『おはようございます!』

ひーちゃん『おはようごじゃいます。かしちゃん…。』


ひーちゃんは待ちかねたように香椎さんに話しかける。


ひー『ねえ?かしちゃん!

ゆきだるまさんのことくわしいの?』


香椎『うん、お姉ちゃん詳しいよ!』


香椎さんは歩道橋の横、小学校側の川に降りれるチェーンを外した。

こっちってジェスチャーで俺たちを促す。


香椎『先にね、小学校寄って許可貰ってたんだ。』


小学校管轄らしい歩道橋横の川に降りれる階段。

そう言えば昔から小学校の用務員さんとも中学校の用務員さんとも香椎さんは仲良し。

コミュ力お化けだと思う。


川の横に降りる。

事故防止の為、川遊びってした事無いからこの川の横の部分に来るのはそう言えば初めて。

毎日通る橋を下から初めて見て俺も望もほえーって顔。

香椎さんは笑って、


香椎『こら。立花兄妹?今日はなんの為に来たの?』


クスクス笑う香椎さんに揶揄われて俺と望は笑っちゃうけどひーちゃんはひとり緊張を隠さない。


ひー『かしちゃん?ゆきだるまさんたちかわにすてるの?』


ひーちゃんは釣り用のクーラーボックスを後ろに庇ってゆきだるまを渡さない姿勢!


香椎さんはしゃがんでひーちゃんに目線を合わせる。

香椎さんはまずひーちゃんが雪だるまを思う気持ち、雪だるまを守った事を褒めていた。

ひーちゃんは別れの気配を感じてイヤイヤって首を振る。


香椎さんは語り始める。

優しい、綺麗な声で。

雪だるまは冬の妖精の一種だと、冬にしか生きられない冬と一緒に世界中を旅する雪の妖精なのだと。

ひーちゃんはいつしか話に引き込まれる…。

いや俺たちも気づけば香椎さんの創作ワールドに引き込まれる。


望『…ええ話しや…。』


香椎さんの話しの中で

雪の妖精はヨーロッパからアフリカ、インド、東南アジア様々な所を旅してここ日本へ辿りつく、ここ新川町で自分たちにそっくりな三人の兄姉弟に出会った…。


ひー『…!

ぼくたちだ…!』


目をキラキラさせて、ひーちゃんは俺と望の顔を見る。

俺たちは頷く、


香椎『でもね、雪の妖精は雪がたくさん無いと力が無くなっちゃう…。』


ひー『そうなの!ゆきだるまさんたち!ないてる!』


ひーちゃんの悲痛な声が橋の下で反響してより悲しく伝わる。

ひーちゃんはそのくりくりおめめを涙でいっぱいにして香椎さんにすがりついた。


ひー『かしちゃんがゆきだるまさんにくわしくてよかったよぉ!

おしえて!ゆきだるまさんを!たすけるほうほう!』


香椎さんは目を瞑り首を振る、目を開けてゆっくり、優しくひーちゃんでもわかるように、


香椎『雪だるまさんは雪が無いと生きて行けない。』


ひー『…そんな…でも?ここにはゆきがまだあるよ!』


橋の下は除雪で投げ落とされた雪の塊がまだけっこう残っていた、それを見て希望をつなぐ泣きかけひーちゃん。

泣きかけひーちゃんを優しく撫でながら香椎さん劇場は続く、


香椎『ひーちゃん、なんで雪だるまさんたちはこんなに泣いて、痩せちゃうまでここに居るのかな?』


ひー『…?』


香椎『ひーちゃんが居たからだよ。ひーちゃんが大好きだからギリギリまで側に居たんだよ?』


ひーちゃんは泣きながらゆきだるまに必死に話しかける、


ひー『ゆきだるまさん…!

ぼくがひきとめたから?ぼくのせいでゆきだるまさんないてるの?やせちゃったの?

…しょうはあんなにおおきかったのにこんなにちいさくなって、ひかるはぼくといっしょでちいちゃくてからだがよわい…。

のぞみはおっぱいもげた…。』


『ぶふっ!』

香椎『ぴゅ!』



シリアスな場面に「おっぱいもげた」ってワードが遠慮無く俺と香椎さんの笑いの沸点を突破した…!悲しいシーンのお笑いってなんでこんなに面白いんだろう?

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