第268話 予定日とお節介な男
毎日ドタバタ!
バイトも忙しい。
いよいよバイト先の最高権力者奥さんの出産が近い。
景虎さんは毎日オロオロ。あんな度胸ある人でもそうなっちゃう。
無理も無い。
基本的に景虎夫妻が主力で後はバイトで賄ってるこの店。
俺もそもそも奥さんの妊娠発覚で人手増やすからって採用して貰った。
奥さんはつわりや体調がそんなに悪くならないタイプらしく、来月中旬が予定日なのにまだ働く。
景虎さんの方が不安になって、休んでほしい…!って漏らしてる。
でも、油で滑って転んで…とか怖すぎるから流石に先日からお休みになったんだけど奥さんはお店が心配で心配でたまらないらしい。
心配かけないように売上を上げなくっちゃですね?って景虎さんに言うと、
景虎『心配しすぎなんだっつの。』
悪態をつく。
景虎さん夫妻にお世話になってる俺は、大好きなふたりの為に少しでも力になりたいって思った。
そしたら、
景虎『なあ、承?平日の朝から昼間ちょっと手薄なんだ。
誰か平日の朝から働ける人心当たり無い?』
『平日朝…?うーん。』
景虎『承の知り合いは高校生だよな。いや仕方ない。
本当皿洗いと雑事だけで良いんだけど朝からってなかなか居ないんだよ。』
朝は割と奥さん景虎さんにプラス大学生1名とかでやってて、ランチ始まる頃バイトが1,2名出勤してくるみたいな感じだもんね。
…奥さん不在の余波がここにも…。
その日の勤務は元ここでバイトしてたって人や景虎さんの知り合いが多く来店した。
終わり際そんな話をしてた。
景虎『そうそう、今普通に働いてるけどさ?あいつ暴走族上がりで働くとこ無いからうちでしばらくバイトしてたんよ。
最初は挨拶もまともに出来なくって…!』
そんな話しを聞いてるうちに、胸に引っかかってる事が俺は気になって仕方ない。
ダメ元で聞いてみた、
『景虎さん、ダメ元なんですけど…』
☆ ☆ ☆
2日後、放課後。
紅緒『また!また男に会いに行くの?!』
『違う男だよ。』
紅緒『違う男?!』
本当に人聞き悪い…。
目を白黒させる紅緒さんがおかしくて俺は頭をポンポンってして出かける。
出かけると言っても、普段の下校ルート。
新川町に戻り、そのまま北エリアを抜けて川を下り我が家から15分ほど、
元あっちゃんの家付近へ向かう。あっちゃん家…誰か住んでんだな?
この話しはあっちゃんにした方が良いのか?それとも自分の家だったとこ他人が住んでたら嫌かな?判断がつかなかったから話さない方が良いんだろう。
目的地に着いた。
緊張する。ここは俺には全く馴染みがない家、以前来た時も香椎さんと一緒だった訳で…。
ほぼ知らない人に会う時やっぱ緊張する。
俺はバイトの時みたいに髪をいじり、気合いを入れる!
明るい、陽気なしっかりした自分であれ!これは接客!俺は意を決して呼び鈴を鳴らす。
?『はい?どなた?』
『お久しぶりです、よしひろくんの同級生で前に香椎さんと来た、立花と言います。』
?『たちばな?香椎さんと?ああ、去年?』
『よしひろくん居ます?』
名前はギリギリ覚えていたけど漢字わからない。
ここは元同級生の不登校生徒の保利くんの家。
中3の修学旅行の班俺と保利くん一緒だったんだ。
60話 勝負の年 参照
保利母はぶつぶつ言っている。
保利母『香椎さん…香椎さんも薄情よね…前はたまに来てくれたのに高校生になったらもう来なくなって…。
あの子…気を持たせて…!』
前来た時も思ったけど…この母もちょっとアレなんだよなぁ。
保利母『卒業式後春休みに来た後はもう来ないからね?もう!』
香椎さん、卒業式後来たんだ…あの娘はすごい。
この母は息子さんの事だけ考えてちょっと気が病んでるのかもだけど香椎さんが悪いわけじゃ無いだろ?少しムッとするが今日はそこじゃ無い。
『よしひろくんに会いに来たんですけど?会えますか?』
保利母『よしひろに何の用事?』
まあ、そうなるよね?
『僕のバイト先で人手が足りないんです。
もしよしひろくんが手が空いてたらどうかな?って思って。』
保利母『は?うちのよしひろが高校も行かずに?暇だって言うの?』
お母さん?お母さんこわ!
『いえ、そうでは無いです。職場が困ってて保利くんの力を借りたいなって思ったもんで、話し聞いてもらえないかな?って。』
保利母『よしひろはね!本気になれば天月だって県高だって入れるんだから!バカにしないで!
制服見ればわかるよ!東光程度でしょ!バイト?闇バイトみたいなもんじゃ無いの!通報するわよー!』
やべぇ。会えない、会っても断られるは想定してたけど前段階でここまで拗れるとは思いもよらない!引き上げるか?!
?『…うるさいなあ。母さん止めて…近所の目が恥ずかしいよ。』
保利母『ごめんなさい!よしひろが出て来るなんて!上がって!立花くん!』
お母さんの手のひらくるりんぱ!
怖い、依然として怖い展開が続く。
保利家へ入る、よしひろ君の家へ
部屋へ通される。
汚部屋では無い…多少散らかってるけど…大丈夫、普通のオタクの部屋だ。田中くんの部屋に似てるか?
保利よしひろ…小学生の頃2回位遊んだ気がする。
背丈は中位、ややぽっちゃり、少し気難しそうな顔してる…。
保利『…それで、何で?立花くんが?』
『あー。』
何処か話したもんか?
俺は相手に合わせるって言うか、丸投げした、
『色々考えたんだけどお母さんの迫力で飛んだ。
短いバージョンと詳しくバージョンどっちが良い?』
保利『…いや、帰って欲しいんだけど…』
恥ずかしそうに、でも慣れないシチュに戸惑ってる?
俺は続けた、
『短く言うと、
俺バイトしてるんだよ、そこの人手が足りないから誰か居ないって聞かれて、保利くん思い出した。保利くん、バイトしない?』
保利『…ほんと短い…。』
『そう言ったでしょ?
朝からのバイトなんだけど皿洗いや雑品の補充なんかやりつつ?慣れたら食器下げたり?皿洗いも並べてボタンひとつ…』
保利『…いや、やらないよ?』
『やろうよ!』
保利『…なんだよ、高校行かない俺を笑いに来たんだろう?』
『そんな暇じゃないよ!』
俺は不愉快だったら止めても良いって前置きして少し語った。
子供の俺が偉そうにと思われるかもしれない。
俺は彼が引きこもってしまった理由はわからない。
でも、このままじゃいけないってのだけはわかる。
中学までは義務教育だから卒業だってするし、教員や生徒の訪問もあるかもだけどもうそれも無いでしょ?
再度、俺には引きこもってしまった理由はわからない。
でも、コレが外に出る一助になれば、香椎さんも気にしてた。
俺も気になる。幸いバイト先は良いとこ!
賄い美味いし、店長は漢気溢れる良い漢だし!
俺も居るからまったく知り合いゼロより少しは楽だと思う。
店長の奥さんが妊娠して店ぴんち!
だっけ、保利くん、助けて欲しい!
俺はまとまらない言葉を無理やり束ねて保利くんへぶつけた。
保利くんは黙って聞いてくれた。
お母さんが後で聞いてるけど…殺気がする、怖い…!
保利くんはため息をつき、手の震えを見せてくれた。
保利『外へ出る、知らないとこ行くってだけで手震えが止まらないんだ。
この気持ちわからないよね…?』
ごく、わからない。
わかるって言うのは簡単でわかったフリはもっと簡単。
でも、その人しかわからないのも確かな事。
『でも、俺は保利くんを思い出した。保利くんが良いなって思ったからここに来た。』
保利『…何で?なんでそこまで?』
俺はすっと答えが出なかった。
…修学旅行の話をした。
香椎玲奈さんと、一条さんと、二村さんと小石、俺。
…そして保利くんが班だった。
1日目、2日目、軽く香椎さんとロマンスっぽいものがあった事まで話しちゃう。
…後のお母さんの目が!怖いー!
聞いててどう思うだろう?
みんなで笑いあって、普段話さないクラスメイトや他クラスと消灯後も語り合って、笑いあって…
…でも、俺は保利くんが居たら良かったなぁってその時思った事。
うちの班は美人も多くて、話が絶えなくて楽しい楽しい修学旅行だった、でも保利くんが居たらなぁって俺は思った。本当は6人班だったんだもん。
それがずーっと心にわだかまってた。
俺は素直にそう伝えた。
まだ、遅く無い。
出るの怖いのは知ってる、いやそれ保利くんしかわからないよね。
そして、あっちゃんが東光にいること、最近知ったこと、昨日保利くんに会いに行くのって言ったら、
『あいつと釣り行ったの覚えてる?』
って。
でっかい鯉がかかった時の覚えてる?
保利『…あったなぁ。厚樹くんが…覚えてるよ。』
後は、釣りの話しを20分位して、俺は保利家を後にした。
俺の中で育ってる『理想の俺』はもうヘトヘトだった、慣れない事はするもんじゃ無いね…。
翌日、夜、俺カレ。
『いらっしゃいませ!ようこそ!』
よしひろ『…見せてもらいに来たよ。』
保利母『…。』
保利くんは緊張しきりに、お母さんは感無量といった表情で。
景虎『へらっしゅー!!』
保利『へらっしゅーって何?』
『それだけは俺もよくわかんない…。』
保利くんはハンバーグカレーに大層感激して、景虎さんと少し話しをして帰った。
俺は明後日朝シフトに入った、新しい後輩の指導とフォローの為である。
俺、後輩ができました!
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