第263話 空いた溝

香椎さんとの約束そっちのけで小学生時代の親友あっちゃんとの再会で頭いっぱいだった俺。

待ち合わせ時間になっても来ない俺をずっと心配してくれた香椎さんに申し訳無くて申し訳無くてたまらない。


夜にロインで、


承 香椎さん、今日は本当にごめんなさい。このお詫びは必ずします、心配させて、待ちぼうけさせて本当にごめんなさい。


玲奈 わかったよ。大丈夫。


承 来週時間無いかな?お詫びに何かさせて欲しい、本当に申し訳無いです。


玲奈 わかったってスタンプ


…このあとスタンプでしか返事して貰えなくって…

スタンプって言語と間違うニュアンスを感じさせるんだね…?


翌日も一往復半、翌々日も一往復半でロインは途切れる。


日中のロインもそんな反応で。

今日はひとりで帰り道、長い橋の上を,まっすぐ進みながらも未だかつて無い香椎さんの反応の悪さにもう一度自分を振り返る。


困った…。

自分のしでかした事ながら香椎さんにこんな対応された事無い…。

怒りや拒絶で無く虚無って感じ。

…そうだよな…きっと、香椎さんの事だもん、クッキー焼いたら終わりじゃ無くて色々と…

自意識過剰かもだけど俺が喜ぶものとか?きっとなにか用意してたろ?

人が喜ぶ姿を見るのが好きな娘は準備に手間を惜しまない…。


それをすっぽかして、遅いって心配してたら俺がぼんやり家に帰るの目撃して、走って追いかけて、古い友人に再会したって興奮しながら言われて、自分の事なんか忘れられてたらどんな気持ちする?


俺最低だ。

そりゃ、香椎さん虚しくなるわ。それどころか嫌われても仕方ない…。


なんで、俺ロインで済ませようとした?

昔なら、スマホ持って無かった頃の俺なら去年のクリスマスみたいに家の前で待ち、謝ったはずだ。

それをロインでなんとかしようなんて考えた…いや、考えてすらいない。

もう待ちぼうけの日から2日経った。


当日ならまだしも今更…。


今更ってなんだ?


気づいたらやれば良い。


これが宏介たちの言ってた最近の俺、大人になった俺なんだな。

唐突に理解した、俺らしく無い!



俺は、気付くの遅いし、鈍いし、本当にダメな男。

コンプレックスも多いし、弱点も多い。

香椎さんに許してもらえないかも知れない、それでもこんな終わり方は嫌だ!

そう思うなら会いに行こう、会うまで待てば良いじゃ無い!


昨日はバイトがあったけど今日、明日なら大丈夫!

去年のクリスマスと同じ手段、去年より気付くの遅れて行動が遅い。

マイナス尽くしだけど、俺やらなきゃ!



そうと決まれば一直線に香椎家前、公園入り口で待つ。

1時間経った。

香椎さんどんな気持ちで待ってたのかな?俺には推測しか出来ない。

でも、自分がいかに酷い事をしたかって事だけは痛感出来る。



2時間経った、18:00頃。

香椎家は電気点灯してないから、誰も帰って来てない。

客観的に不審者だなぁ、2時間も人のお宅の前で…。

ストーカーっぽい…。



19:00

誰か車で帰って来た?

どうしよう?声かけてみる?


!!

ひょっとして同乗して無いかな?


目を凝らすけど暗くなったこの時間では判別がつかない…!


でも?


若い女性のシルエットが助手席から降りて来た!


身体は勝手に動き出す!


『玲奈さん!』


?『女の子の名前間違えるのは絶対やっちゃダメなミスだよ?

…あれ?承くんだよね?どしたん?』



助手席だと思ったけど外車だったから運転席だった。

帰宅したのはお姉さんの優奈さんだった…。




『入って入って!』


『いや、あの。』


『もう!素直に入らないと私声出すよ!あーれー!って!』


『時代劇じゃないっすか?!』


優奈さんは強引に俺を玄関に押し込む。

香椎家3回目…。


『今日ね、玲奈はパパ、ママとご飯食べて帰るから?帰るの遅くなるんだよ?聞いてない?』


そうなんだ…。


優奈さんは言わずと知れた玲奈さんの3歳上のお姉さん。

この辺だと超美人才媛姉妹として有名なんだよね。

玲奈さんとほぼ同じ背格好ながら陽気でセクシー、気まぐれ、わがままって玲奈さんに聞いてる。


『はい、少年。コーヒーは砂糖無しのミルク少しで良いんだよね?』


『あっはい。』


『ラッキーだね?まだ玲奈のクッキーあるよ、食べて行きな?』


『いえ、俺、食べるわけには…。』


お姉さんは目をぱちくりして、


『え?君の為に作ったモノでしょ?』


ああ…。

涙出そう…。

加害者側の俺が泣いてどうする。



『いえ、あの、実は…。』


俺はお姉さんに事のあらましを説明した。

俺が他に気が行って、約束すっぽかして、玲奈さんを心配させた上でないがしろにしてしまった自分の最低なしでかしを頭を何度も下げて吐き出した。


…お姉さんも今は優しいけど玲奈さんにした事を聞いたら怒るかな?軽蔑するかな?でも誰かに叱って欲しい、怒られたい。

俺は懺悔した。


お姉さんはため息ひとつ、



『それは怒る…って言うか…悲しい、虚しいかな。』


『…はい、申し訳ありません。』

お姉さんに謝って済む訳じゃないけど謝っちゃう。


お姉さんは優しい瞳で、


『玲奈ね、承くんの事をよく話すの。

コーヒーのミルクもそれで聞いた。』


だから知ってたんだ…。

お姉さんは続ける、


『玲奈ね、このクッキー楽しそうに楽しそうに作ってたの。

るんるん♪って本当に言ってたからね?

私が大量に摘み喰いしたら怒られちゃったw

それでもいっぱい作ってた。

…承くんがいっぱい食べるって思ってたんじゃ無い?』


『…。』


何も言えない、言えるわけが無い。


『玲奈言ってた、

『やっぱり綺麗な最高の物を見せたいし、食べてもらいたいよ…。』

って。』


『…。』


ヤバい本当に泣きそう…。

俺クズ男…。


お姉さんは少し笑いながら、


『玲奈は現実主義者な癖に妙に理想を追い求める女の子なのね。

要らない気を使って、何でも背負い込んで、人の事に一生懸命になって、

いつもいつも無駄に忙しくしちゃって、同級生に配慮し過ぎてキズついて、男の子のフリ方に苦しんで、来すぎるロインの処理に1時間以上かけて…』

『でも!でもそこが!』


お姉さんの話し俺聞いてられなくて割って入っちゃう。

失礼だったな…って思ってると、

笑いながらお姉さんはわかってるって言って、


『だがそれがいい!んでしょ?

玲奈はね?君の影響をすごく受けてる。

今回は貸しだよ?香椎だけに!』


やべぇ笑えん。


お姉さんは玲奈さんに似た表情で笑って、


『しょうがない、妹の為、義弟の為、お姉さんが一肌脱いでやろうかな?

秘策があるよ!』


お姉さんも秘策とか言うんだなぁ?


『用意するモノはね?

…わかった?』


『…はい!』


お姉さんに言われるがまま、俺は了承する。



お姉さんはドヤ顔で言い切った!



『明日の同じ時間ここへ来てください、

本物の玲奈をお見せしますよ!』

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