第206話 ひーちゃんの夏休み。

立花光の朝は早い。夏は日が昇るのが早いからなおさら早い。

立花承の弟の立花光、通称ひーちゃん、4歳。

幼稚園も夏休み!



4時半には起きて毎日の日課、新聞を郵便受けから出して、お父さんの席に置くと半袖、半ズボンに着替えて麦わら帽子をかぶって家を飛び出す!


『おはようございます!』


近所の人たちに出会うと必ず挨拶をする。

みんなにひーちゃんの挨拶は元気だね!って褒められてひーちゃんの挨拶は毎日どんどん元気になっていく。



幼稚園と小学校の間の駐車場には毎日ラジオ体操をする小学生のお兄さんやお姉さんが居る。

ひーちゃんのにいちゃんやねえちゃんはもっと大人だけど小学生はひーちゃんにとってすっごいおにいさん!


6:30のラジオ体操までみんなが遊んでるのを端っこで見てるんだ。

でも隠れんぼやだるまさんが転んだだとひーちゃんも入れるからひーちゃんはそれをずっと待ってる。



ラジオ体操が終わると解散、家は近い。

ひーちゃんは急いで家へ帰る!



にいちゃんもねえちゃんもまだ寝てる!

ひーちゃんの兄ちゃんは鼻炎持ちの為口を開けて寝てる事が多い。

起きるといつも


承『喉乾いたー。』


と言ってうがいして、コップ一杯なみなみと注いだ冷えた麦茶を美味しそうに飲む。

ひーちゃんは兄がコップ一杯を一気に飲むのを見るのが好き、いや憧れてる。

ごくりっ!ごくりっ!ゴクリ!!で飲んじゃう。



ひーちゃんも真似する。

こく、こく、こく、こ、、くん。

一息じゃとてもコップ一杯飲み干せない。



ひーちゃんはコップを一息に飲み干すにいちゃんがに憧れるし何度見てもカッコいい!


だからね、




承『うーん、ひーちゃん?おはよ…。』


ひー『にいちゃん!おはよう!ぷぎちゃだよ!』



ひーちゃんは麦茶が上手く言えない。

『ぷぎちゃ』になっちゃう。


承は本当は寝起きだからうがいしてから飲みたい。

でも溺愛する弟のひーちゃんが自分が起きるこの6:55ジャストに冷たい麦茶を用意してくれる好意をとても無為には出来ない。



承『…ありがとう、ひーちゃん。』



『にいちゃん!ぼくが飲ませてあげるよ!』


承は困った顔をする。


望『ひーちゃんは優しいね?ねえちゃんはひーちゃんが優しい子に育ってくれてうれしいっ!』


隣で寝てる姉の望である。

お姉ちゃんの望は最近髪を伸ばしてる。先輩の香椎さん、小幡さん、伊勢さんの良いところ取りを目指しているらしいのだがおっぱいはあんまり育っていない。



『にいちゃん!ほら!』


『あ、あ!ひーちゃん!』


寝た状態で並々注いだ麦茶コップを兄の口に付けるひーちゃん。

ごくごく飲んでる所が見たい!にいちゃんに麦茶飲ませてあげたい!

兄は100%の善意に抗えない。

角度が無いところ必死に飲む兄。

しかし抵抗も虚しく2割ほど麦茶はこぼれて承の胸元は酷いありさま。



望『ひひひひ!夏で良かったね?涼しそう!』


最近毎朝こうだから望はニヤニヤしながらベッドでゴロゴロしてこの光景を楽しそうに見ている。


兄は苦笑いしながら寝汗もかいたしって言いながらTシャツを着替えて2階の自室から一階のキッチンへ降りる。

その背中に望がしがみつき、望にひーちゃんがしがみつく。

親亀、子亀、孫亀みたいな光景でキッチンへ行き、朝食を食べるのだ。




朝ごはんを家族で食べると、

父さんも母さんも今日はお仕事。

兄ちゃんはアルバイト。姉ちゃんは部活。


にいちゃんは夕方まで帰って来ないんだって。

ねえちゃんはお昼に帰れるって。


つまらない。だけど好都合!


『ねえ、にいちゃん!ねえちゃん!ひーにすまほ貸して?』


承『えー?』


望『何に使うの?』


言えない…。

ひーちゃんは嘘がつけないのだ。


望『…いいよ、姉ちゃんの使いな?

勝手に電話やロインしちゃダメだよ?』


『ありがと!ねえちゃん!』


承『バイトだから一応持ってなきゃだからごめんな望。』


望『大丈夫!部活午前だけだし!

じゃあひーちゃん!ねえちゃんにちゅうして!』


濃厚なやつをぶちゅっとほっぺにする!

望はご満悦!



9:00

それぞれ家族が出かけたのを見計らってお姉ちゃんのスマホの動画サイトを開きながらひーちゃんは思い出す。




夏休み直前、幼稚園。


先生『じゃあ夏休み明けの9月2週の新川幼稚園お遊戯運動会でこのダンスをみんなのパパやママやご家族に見せようね?夏休みにおうちで練習してきてね?

運動会前はまた復習するよー!』


ひーちゃんは運動会のかけっこ、パン食い競争は心臓の影響で出場出来ない。

だからね?お遊戯のダンスでは先生がせんたー?に指名してくれたのだ!



ポストカードの招待状も先生から何通も貰って一生懸命書いた。

ともだちはみんなママへとかパパへとか2、3通だけどひーちゃんはいっぱい貰った!見てもらいたい人や家族全員に宛名を書いて、ひとりひとり違う言葉でクレヨンで丁寧に丁寧に念入りに描く。

直前にひとりひとり届けよう!特ににいちゃんとねえちゃんはおどろくぞ?

びっくりするぞ?その光景を想像するだけでひーちゃんは笑みが抑えられない。



『いくぞー!』


それは数年前に流行った歌。

小さい子が一生懸命に踊ってる動画。

あのぴーまんに似た野菜の歌。



ひー『あしたもはれるかなー♪』



ひーちゃんは動画を見ながら必死に歌い踊り、チェックする。

お姉ちゃんに聞いたらセンターはグループの花なんだって。

花?お花がどうしたんだろう?でもお姉ちゃんは勘がいい!

だからひーちゃんはそうなんだ!って言って離れた。


ひー『はーれたそらにたねーをまこー♪』


踊っては、フォームを確認してまた踊る。

歌も毎回きちんと歌う。

やりすぎて胸が苦しくなっちゃうと皆んな心配しちゃうから休み時間をきっちり取る。

踊るのは楽しい!うまくいくと特に!

でも上手く踊れる所をお父さんやお母さん、にいちゃん、ねえちゃん、じいちゃん、ばあちゃんに見せたらどれだけ喜ぶかな?


そう思ったらひーちゃんの小さな胸は高鳴る!



うん、夏休み前の練習通りできてる!

バッチリだけどもっと格好良くおどるぞ!

ひーちゃんの小さい努力は続いた。



☆ ☆ ☆

昼前に部活から帰った望は疲れてうつ伏せで寝ちゃってるひーちゃんを見つける。

ぎょっとして慌てて呼吸を鼓動を確かめる。ほっ、大丈夫。



望『もう、心配させて!』



ねんねしてるひーちゃんの寝顔は控えめに言って天使。

心臓の弱い弟を溺愛する姉はこの純粋な天使のような弟が心配。

時々本当に天使でいつか神様が連れ去ってしまうんじゃ無いか?って本気で思っちゃう位。



望『ひーちゃん何を見てたんだろう?パケット使い過ぎて無きゃいいけど…?』



再生履歴を見てみると10件もあの野菜の童謡を再生していた。

そして、側にはたくさんのポストカード。


一枚をつまむ。



『おねえちゃんへ


9月○日、しんかわようちえんでおゆうぎうんどうかいがあります。

ひーいっぱいがんばるから、ぜったいにみにきてください。

なにをするかはひみつです。

てにすはそのひおやすみしてください。


いっしょうけんめいおどるよ!

たちばな ひかる』


おどるよ!って書いちゃってる!


ひー『ぷふー。すぴー。』

ひーちゃんは無邪気な顔で寝ているよ。


望は瞬間で涙腺が決壊した。


望『…くっうううえぇぇっ。ひー。』


もし、私がいつかママになったとして、赤ちゃんが産まれてひーちゃん位可愛いなら絶対虐待なんて起きない。

うちの弟が1番可愛い!姉バカは世界に宣言したい位だった。

年が離れてるからなのか?望のブラコン化はとどまることを知らない。



夕方、兄帰宅。


承『ただいまー!』


『おかえりー!にいちゃーん!』


望『おかえり、兄ちゃん!』


一通りじゃれたあと、望はひーちゃんが離れた隙を狙って兄に今日の話をする。


承『お遊戯運動会?夏休み明けって母さんが言ってた。

それでスマホを?』


だからね、明日動画撮っておくから兄ちゃんのスマホかして?

…仕方ない踊ってるとこ見たい…。



翌日、また兄姉は出かける。兄はバイトだけど姉は実は家に隠れてる。


望のスマホを今日も借りて、あの野菜の歌を歌いながら踊る!

念入りに何度も何度も。

その光景を泣きそうになりながら承のスマホで録画する望。


そしてまた、招待状ポストカードを描きながら寝てしまう。


そこには



『おにいちゃんへ


9月○日、しんかわようちえんでおゆうぎうんどうかいがあるんだよ。

ひーはせんたーをやりますぜったいにみにきてください。

ひみつだけどそのひみせてあげるよ!

そのひはあるばいとおやすみしてください。


ぼくがんばっておどるよ!

にいちゃんいつもありがとう。


たちばな ひかる』


ひー『ぷひゅ。ぴゅー。』


にいちゃんいつもありがとうにジェラシーを感じながらも兄がいつも頑張っててお小遣いやバイト代で望や光になにかと買ってくれてるから納得しかない。






こそっと家を出て駄菓子屋さんで時間を潰し、素知らぬ顔で家へ戻ってきた。


ひー『おねえちゃん!今日早いね!やった!』


ひーちゃんの歓迎っぷりにさっきまで隠れていた罪悪感が刺さる。



午後は一緒に動画を見たり、古いゲームをしたり兄ちゃんが戻るまで姉弟でのんびり過ごしたんだよ。


15時頃兄が戻ってきて、職場のお土産の試作メニュー『漢のパンケーキ』を3人で食べた。


甘さを抑え、クリームを半分にしてボリュームを倍にした景虎さんの試作。


ひー『ふわふわ!ふかふか!』


望『美味しい!でもクリーム減らさなくてもよくなくなくなくない?』

望は冷蔵庫からmyメープルシロップをびしゃがけしてニッコニコ笑顔で食べ出した。


よくなくなくなくない?ひーちゃんは姉は難しい言葉を知ってるなあ?って思った。

ぼく知ってる!おねえちゃんは成長期ってやつで勉強も運動も成長してて!身長も伸びて、髪も伸びて、顔も丸くなった。



明日はにいちゃんもねえちゃんも家にいる。

毎日楽しいし、明日も楽しみ!ひーちゃん夏休みを満喫中!






⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

後でひーちゃんの踊る動画を見た承。



承『くっ!うっ、うぇ!』


こっちも兄バカなので涙腺瞬間決壊だったよ。


望はにやにやしながら


望『兄ちゃん?泣きすぎー!』

※お前が言うな。

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