第203話 香椎家の戦い【side香椎玲奈】

私の婚約(仮)が暫定的に決まった後、当然家族会議になるよ。

パパもママもお姉ちゃんも痛ましい表情をしている。

私はそれを微笑み、励ます。


『婚約(仮)したけど私結婚なんてする気は無いよ?

まだ16だもん!

時間稼げれば良いんでしょ?本当に結婚させられそうになったら私ダッシュで逃げるよ!』


パパ『…玲奈。』


ママ『うん、そうだね、無理に付き合わせる気もないしね?

本当にどうしようもなくなったらママとパパが『なんとか』してみせる!』


ママが軽く状況を整理する。



姉『…。』

あのうるさいお姉ちゃんが一言も喋らない。目を瞑り、ただしっかり聞いてる。


パパ『…。』

パパも同じ。


ママはうちの家業である貿易会社の不振、松方さんの会社との長年の付き合い、そこの手のひら返し、昨今の状況を淡々と説明した。

…そう言えば、少し前からパパの帰りが遅くなったり、休みで家に居る事が少ない事を思い出す。

会社は会社、玲奈の未来を売り渡す気は無い。

でも商売に、会社経営は綺麗事だけでは無い。

使えるものは使うし、その為に玲奈を利用するのをパパに勧めたのはママなの。


ちょっとショックだったけどママの目を見てママも辛いんだ、パパも辛い。

うん、私わかるよ。目でママに返す。


何があっても玲奈をあんなミシェランの白いやつみたいな奴には嫁がせないよ!

ママは笑いながら言う。

パパとお姉ちゃんは黙ってる。




ママ『…優奈(姉)、玲奈、明日からママはパパを補佐する為に会社で久しぶりにパパの秘書をします。

優奈を妊娠するまでママはずっとパパと二人三脚でパパのパパのパパから続いた会社を守り育ててきたの。

でもね、ママの理想、夢だった家庭をパパは叶えてくれて、ママを家庭に入れてパパはずっと頑張ってきたんだよ。』



パパ『…。』

パパは優しい、悲しい目でママを愛おしそうに見つめる。


ママ『パパ、明日からよろしくね?

だから、ご飯とか適当になっちゃうし、裏の温室とかも最低限になるから食事レベルはさがっちゃうかな?がまんがまん!』


ママはピアノ教室のお休みを決めて、趣味の温室で植物や家庭菜園を減らす事を宣言した。

ママはおっとり微笑んで冗談みたいに言った。

さ、解散!


ママは手を叩くと家族会議終了を告げた。


パパはお風呂入っちゃって?

もう夜だからお姉ちゃんは玄関鍵かけておいて?

玲奈はカーテン閉めて?




パパがお風呂に入ってる間に私とお姉ちゃんはもう一度居間に呼ばれた。




ママ『優奈、玲奈。

あなたたちも動揺してるだろうけど、気をしっかり持ちなさい。』


ママが凛々しい!

お姉ちゃんが生まれる前、ママはバリバリのやり手秘書としてパパを公私ともに支えていたとは聞いてた。



ママ『いい?

よく会社が潰れた時、無能だ、時流が読めない、今までの実績にあぐらをかいて…なんて罵る人が居ます。』


お姉ちゃんと目を合わせてママに2人で頷く。



ママ『バカな会社経営者っていうのもまま居るんだけどね?

それでも…お店や会社を経営してて黙って滅びていく人は居ないし、どんな小さなお店でも、大きな会社でも本気で死に物狂いで頑張ってるの。』



ママの真剣さがビリビリくる。

いつもおっとりしてるママがこんなに迫力あるなんて…。



ママ『あなた達に迷惑がかかってるのは本当に申し訳ない。

でも、でもね?今回の件でパパは本当に死に物狂いで駆けずり回って、頭を下げて回って全国津々浦々まで足を伸ばしてそれこそ魂を削るような日々を送っていたの。』



ごく。口なんて挟めないよ。



ママ『さっきの話に戻るけど、真面目にいい仕事してても『あの世界的伝染病』の影響で営業がままならなくなり廃業に追い込まれるお店がある。

丁寧な仕事を安いお値段請負ってくれて重宝されてた業者が『戦争による原油高騰』でコストをあげざるをえなくて、その値段じゃ頼めない…って潰れてしまう。

何代も続いた老舗が一件の事故で評判を落とし倒産してしまう。

…日本には…いやこんな小さな街にだってたくさんあること。』


子供の頃近所に小さなお店がたくさんあった。それは今そんなに残っていない。



ママ『…インターネットが普及して、SNSが普及して、今は何でもわかる時代。

第三者は後から『あそこでああしておけば』『これが間違い!』『経営者が無能!』それはもう酷い事を言う。

今までの頑張りも、苦労も努力も無視して。』


ママは続ける、



ママ『もちろん続いてる会社もたくさんある。有能なのかもしれないし先が見えてるのかもしれない。それでも一年に倒産する企業は6、7千、小さいお店なら数えていられない数なんだよ。』




私とお姉ちゃんは頷く。



ママ『それでも、経営者は必死に、必死に頑張ってる。

その反面、頑張ってるなんて関係無く、結果が全てっていうのもビジネスなわけね。

だからもある事だけは、覚悟しておきなさい。』


一呼吸おいて、


ママ『…そして、これだけは、ううん、これを言いたかったのよね。


この先どんな事があろうとも、会社の為、会社のスタッフの為、私と貴女達のために、身を削り、魂をすりへらして駆けずりまわってる

パパを…。

パパをバカにする事、パパを罵るような事、パパの努力や苦労を否定するような事だけは絶対に許しません。

例え貴女たちであろうとね。』


ママの目が真剣。

初めて見るような強い目。



ママ『もし、この先に何があろうとも貴女達には出来るだけ迷惑はかけない。まあ多少はかかるだろうし?生活レベルも下がるだろうけど?

まだ最悪の最悪って程じゃないし?今ならまだ巻き返せる!

…何かあればママがパート掛け持ちでも最悪身体を売ってでも貴女達を大学までは出してみせるよ。』


ママはパチリとウインクして見せる。

うちのママは最高にチャーミングだよ!それは見た目だけでは無い!




ママ『ひょっとしたら、お姉ちゃんや玲奈にもこうゆう事が起こるかもしれない。彼氏さんが危機に陥ったり?旦那さんがリストラされたり、それこそ会社が倒産したり。


…世の中には『話が違う』『こんなはずじゃなかった』って離婚する家もある。その人達を否定する訳だけど、そんなダサい奥さんや彼女になって欲しく無いな、私の娘には。

添い遂げるってそうゆう事でしょ?』


まあ、死ぬほど借金があって子供を守る為とか例外はあるかな…ってつぶやく。




ママ『パパは会社のスタッフの生活の為なら、私や優奈や玲奈の為なら…それこそ自殺して保険金を残して…とか考えちゃう位真面目なひと。

明日からママはパパを仕事面で全力で支える、貴女たちも覚悟しておいてね?

はい!おわり!』



裏家族会議は終わった。


初めてお姉ちゃんが口を開く、


姉『…ママ。ピンチなのにイキイキしてるね…?』


私もそう思ってた。



ママ『ふふー!大好きなパパが私に『力を貸してくれ』って!

大好きな人を、愛してるパパを支えられる。

守られるだけでは無く一緒に戦える。

愛してる人に求められるのは女としての最高の喜びなんだよ?』



ママのドヤ顔は不安なんて何処にも無い。

ああ、夫婦の絆って使い古された言葉ってこうゆう時に使うものなんだ。

いつか…私も…あの男の子を支える日が来るんだろうか?


私は胸がいっぱいで泣きそう…。

横のお姉ちゃんはもう泣いてる!

ダメ!泣いてるの見ちゃったら私も…!



ガタン。



ドアが少し空いていて、そこにはお風呂上がりのパパが居た。



パパ『……っっっっっ!』



パパは声を出さずに泣いていた、ママはそっとパパを抱き締める。

優しく、強く。


ママ『私も、優奈も、玲奈も…ね?』


姉『ああああぁあぁん!パパ!ママ!』

『パパ!ママ!ふええぇぇ!!』



抱き合うふたりにお姉ちゃんも私も夢中で抱きつく。

恥ずかしいんだけど家族で抱き合い声を出して泣いてしまったよ。



私たちはパパとママに守られていたんだ!ってわかっていた事を痛感させられた。文字通り痛いほど。




気づいたらパパがママもお姉ちゃんも私もすっぽり抱いて泣いていた。

香椎家の戦いが始まる。











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