第188話 同じ日に

俺はなんのかんの、香椎玲奈が忘れられない。

それはこの約三カ月で身に染みてよくわかった。

スマホを買った。このなんて事ない出来事を口実にもし、香椎さんが許してくれるなら、謝って、よーく謝ってアドレスを交換してもらえないかお願い出来ないかな?

そんな事をぼんやり考えていた。

身勝手で、みっともない。それでも火に焼かれても火に集まる虫のような気持ちで、その日はいつもの帰り道をのんびりのんびり帰った。

そこでバッタリ会った同級生からの、


『香椎玲奈に彼氏が出来たってよ?』



って、話。


はは、そりゃあそうだよな。

あんなに魅力的な女の子は絶対居ない。

俺が一番知ってるだろ。

そもそもそうゆうつもりで立ち去ったんじゃん?

香椎玲奈に相応しい漢!…残念ながら俺ではきっとない。



想定通り!県内最高峰の天月高校で俺の『月』は、『本物』に出会った。

俺みたいな『普通』がメッキが剥がれて失望される前に離れた…

古来より手に入らないものの象徴『月』を手に入れた勇者が居る。


香椎さんが幸せならそれで良いじゃん。



はは。



俺は家に帰る。


ピコーン!


宏介?

そう言えば、さっきのロイン?


昼間に宏介からロインが来てて。

そのロインはちょっと用事があるから今日夜家来ない?ってロイン。



今来たロインは?



おれもうだめ



何事?!

明らかに雰囲気がおかしい?!



俺は家へ帰ると、すぐに着替えて宏介の家へ向かった!

俺も、俺も整理する為に、話聞いて欲しい…。




宏介の家へ行くと宏介ママが居て、


『承くん、なんかあったのかな?宏介すっごい落ち込んでるの…。

話聞いてあげてくれない?』


『もちろんです!その為に来ました!』



宏介ママは遅くなっても気にしないで?大声出したって、喧嘩したって泣いたって良いからお願いね?って。



部屋の前に立つ。


『宏介?』



『…。』


泣いてた方がマシだ…それくらい酷い顔をしている宏介が居た。

もう暗いのに電気も着けず、スマホで下から照らされるだけ。

表情はいつもの無表情が笑顔に思えるほどの『虚無』

いつも冷静でクールな眼差しは『空虚』

部屋の真ん中であぐらをかき、俯いてる姿は『絶望』



とにかく、初めて見る親友の姿に俺は動揺が隠せない。


『宏介!』



『…ああ、し、承か…。』



やっと認識したみたい。

ぶつぶつなんか言ってるけどせかさずに待つ。



『…じ、じ、じつは、か、かしい、香椎さんが彼氏で、出来たって噂が出てて…。』


俺も聞いたよ。

…宏介?子供も頃みたいに吃りが出ている?


『まままだ、本当かわかなないじゃないか。承?』



『…俺も聞いたからそうなんだろう。

そんなことより!どうしたの!宏介!』



やっと宏介の瞳に光が灯る。

…絶望の光だったけど。



『…さ、さ、皐月が…ね?

他の…男と…付き合い出したって…。


昨日、昨日、昨日初めてシタんだって…。



ははは!

ちょっと何言ってるかわからない。』


???



確かに最近忙しくて会えないって聞いてたけど?

卒業式の日にそこから見える図書室でキスしたって…キスして三島さん泣いちゃったって惚気てたじゃん?


え?そんな事ある?

誤解じゃ?…いいや、誤解でここまで傷つかない…。

決定的な何かがあったんだろう?


俺は、宏介ママにお願いしてお茶を入れて貰った。

もう暖かくなってきたけど暖かいお茶。

部屋を明るくして、お茶飲みながら、ゆっくり聞いた。


宏介は重い口を必死に開いて、まとまらない話を続ける。

いつも理路整然として俺が理解しやすく話してくれる宏介が、つっかえつっかえまとまらない話を吃りながらする。

まるで初めて会った頃の吃音を気にして斜に構えてた頃の様な姿。


そう、小さい男の子が必死にわかって欲しくて泣きながら話してるような光景だった。



話自体は、たまに聞く様な話し。

地味美人だった三島皐月はかねてから自分はカースト上位の女の子だと思ってて、高校入学を機に高校デビュー!

髪を切り、メイクを派手にして、制服を着崩す。

清楚だった娘が急速に派手な女の子に早替わり!

新しい学校で今までと違う自分、周囲に己を見失い、派手で遊び慣れた男にコロっとイカれちゃった。

…そして今日。昨日そのチャラい男に抱かれたって三島皐月に言われ、もう話しかけてくんなって?




ここでは言えないほど、俺はブチ切れた。

自分の知ってる限りの語彙で三島皐月を罵った。

徹底徹尾見下げて呆れて、罵倒した。


『宏介、今から家行って、家族にお宅の娘さん身も心も汚れエロガッパですよ!って言いに行こう!』


宏介がそれで少しでも気が済むなら一緒に暴れてやるし、宏介が気が済むなら一緒に泣いてやるさ!俺の心情にいつも寄り添ってくれた。


宏介は俺が怒っても、悲しんでも、忘れようぜ!って励ましてもそんなに反応しなくって。

(立場が逆なら、きっとすぐに正解に辿り着いたんだろうなあ、遅くなった、ごめん宏介。)



俺はここでやっと、やっと宏介が何を語りたかったかわかった。




『…俺察しが悪くって時間かかったわ。

ごめん宏介。


聞かせてよ?嫌な事ばかりじゃ無かったんだね?楽しい、幸せな記憶がどれだけあったのか…いまさらだけど教えてよ?』



宏介の目から滂沱と涙が流れ出る。

これまで空虚だった宏介から感情が渦を巻く様に吹き出す。



そこからの宏介は堰を切ったようように言葉が溢れ出す。

小5のクリスマスパーティーで隣に座った三島皐月との馴れ初め。

(ああ、俺が香椎さんを意識した日…。)


日々重ねていく思い出と交流。

中学生を機に交際がはじまり、駅前や河川敷公園でのデートやターミナル駅で買い物したり、一緒の高校へ行こうねって一緒に勉強して、合格して!

卒業式の日そこの図書室で初めてキスして、入学式に手を繋いで一緒に行って…。


そんな素敵な日々を、あふれるような感情とともに聞いた。

宏介は照れ屋だからここまで詳しくは話してくれなかった。


腹が立つし、裏切られた、もう二度と逢いたく無い!

…でも、好きだったんだよ!まだ整理なんてできない。

嫌いになんかなれない。


悲鳴のような小声で宏介は慟哭する。

俺はそれを黙って聞くだけ。

それ以上はしてはいけない。



話を進めるうちに炭火のように表面は燃え尽きて白くなっていくが中は依然燃え盛っている、宏介の炎はゆっくり消えていくのだろうか?


21:00。3時間位たったのか?

宏介は話を終えた。


『…す、すまない、俺明日は休む。

でも明後日からは元通り。でも明日だけは多分返事とかできない。』



『いいよ、2日でも、3日でもいいじゃん。』


はは!じゃあまた!

俺は家へ、帰る。





ただいま!飯?今日は良いかな?

俺もう寝るわ!疲れたー!




寝れるわけがない。

やりきれない、親友の気持ちを思うと。


奇しくもあのクリスマスパーティーに始まった宏介と俺の恋が同じタイミングで終わった。


俺は…想定してたし、覚悟はしてたけど…宏介は…。



ピコーン!


紅緒さんからのロインが何件か溜まってた…。


誰かと話したい気分だなあ。




ロインを打ちかけて、おれの打つスピード遅過ぎてイラつく。

いいや、電話しちゃえ。




『紅緒ですけどど?どどうしたの?立花くん?』



『紅緒さん、ロイン返事できなくってごめんね。』



『いいよ!それより、どうしたの?

…私の声聞きたくなっちゃった?』



『…あのね…。』


俺はぼかして、親友の話なんだけど…

宏介の話をした。

親友の恋が終わってしまって、俺は何もできなくて、今までそばに居て返事出来なかったって話。


『ううぇ、ううええぇぇん、辛かったね?親友くんも立花くんも…。』



『…俺は良いんだよ…。』



『ううううぅえん、わかるよ、立花くんもなんかあったんでしょ?』



むう、鋭いなあ。

でもさ?本当に宏介の事がショックすぎて俺のダメージは小さい。

先述の香椎さんが彼氏できるかも?って想定してたこと、香椎さんの幸せが一番だから!


紅緒さんが泣いてくれたせいかな?なんか冷静になってきた。


『ありがとう、紅緒さん、本当にありがとう。

また明日!学校で!おやすみ!』


『うん、おやすみ。』



俺、変わらなきゃ。

もっと漢にならなきゃいけない。




俺さ、前々から考えてた事があるんだ。

部活もしてないし、時間はある。

紅緒さんもだいぶ落ち着いてきて、最近は突飛な事もしないから放課後の話す時間も減らして良いと思うんだ。


俺の弱点を補いたい。

経済力とコミュニケーション能力。


ぼっち気質というか…人当たり?協調性?弱点だよなあって思ってる。

経済力…うちの経済事情…スマホ買って貰ったけど家計大丈夫かな?月額いくら…?


それでね、俺アルバイト始めようと思うんだ!

世間勉強と実益を兼ねて!急がないけど何処か良いところ無いだろうか?

自分を変える為にも!


こうして俺はアルバイトを探し始めたんだ。

何かを、自分を変える為に。



☆ ☆ ☆

見切り発車でスピンオフ


『寝取られ宏介』


初めました。

親友の宏介くんが主役の不定期更新の外伝です。

そちらもお付き合い頂ければ幸いです。

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