第106話 完璧対女王【side小幡千佳】

午前からあったアドバンテージはほぼ無くなった。

まだわずかに勝っているが、2位の赤との差は15点。

最後のリレー次第で優勝が決まる。

リレーの不利を考えてリレー前に勝負を決める勢いで戦っていたのだけれど午後の応援合戦から流れが変わってしまった。

もちろん騎馬戦などみんな頑張ってくれたんだけど応援合戦、400mハードル、1000m走と赤が強く点差は縮められてしまった。


(どうしよう、ここに来て不安が強い…。)


私がみんなを巻き込んで練習に付き合わせて、みんなの努力と犠牲でここまで来たのに…私、自信が無い…!

400mハードルでは敗れたばかりだし。

私が不安そうに見えたのかみんな声をかけてくれる。


田中『今年これだけ盛り上がったのは女王と香椎さんが大いに盛り上げたからでリレーまでに勝負決まってたらリレーがただの消化試合になっちゃうとこだったよね?最後盛り上がって最高でしょ?』


宏介『戦う前に策を巡らし、万全に準備を整えて、下調べをしても戦場では五分になって当然ってどこかの武将が言ってた、最後は戦ってみないと解らないもんだよね?』



青井『体育祭なんて最後は全力で競争だろ?

そんな不安な顔するな!俺がなんとかして見せる!』



今日の青井の奮闘ぶりは凄まじいの一言。出場競技は全て勝っている間違いなく青のエース!

心強い、そうよね?青井なら!



小幡『頼りにしてる!青井お願いね?』


各学年男女計6人でスタート位置へ向かう。


陣地で各組盛り上がって各組の応援歌を歌い始めている。

さながら応援合戦のラウンド2ってところかしら。


3年女子、2年女子、1年女子、1年男子、2年男子、3年男子(アンカー)の順で走る。トラック1周200m。


私は第一走者。いよいよスタートだ。

相手は当然、


香椎『いくよ?』

小幡『いくわよ?』


お互いタイミング被って笑っちゃう。

笑った後はもう目は合わせない。

勝てないなんて考えない、今の私の全部!明日なんてもうどうでも良い!



位置について!



よーい!!



ばん!!!!


スタート!


スタートは五分!



私と玲奈は同じフォーム、同じタイミングで一歩を刻む!

鏡に映したような錯覚があった。

でも、それもバックストレートまで。

100m地点前で1歩、2歩差が開く。


息をするのがもどかしく、苦しくなってきた。

最高速はほぼ変わらないはず、それなら精神論になるけどマラソン大会の立花くんみたいに我慢勝負!って思ってたんだけど…。


玲奈の持久力、我慢強さはペースを全く下げさせない。

青の陣地前でみんなが何か言ってるのはわかるけど耳に入らない。


玲奈は自分の陣地の声援に反応してる?


そんな余裕があるの?!


バックストレートが終わる、もう50mくらいしかない!

玲奈との差は3秒くらい、必死に必死としか言いようがない私は全力を出し切ってなお3秒は差を付けられ玲奈の後塵を拝んだ…。


なんとかバトンを手渡し、崩れそうになるのを青井が抱き止めてくれた…。

ちょっと脇の下に手を入れないで!でも息切れで声出ない…。


玲奈はチラッと私を見ると…自陣へ走って行って、掠れた声で自分の組を鼓舞し始めた?!

(なんて娘なの?!)


香椎『走っていてもみんなの声伝わるよ!同学年は名前でも苗字でもあだ名でも全力で呼んで!』


2年女子は五分五分で差はそのまま赤、青、黄で推移している。

まだ息切れで声の出ない私に次走走者の望(赤)が話しかける。


望『本当は先輩と香椎先輩倒したかったんですけど?

香椎先輩も色々あったし兄ちゃんを男にしないとなので手加減なしで行きますよ!』


赤のバトンが望に渡る!軽やかに、風のように疾走する望!

早い!うちの1年女子も早いはずだけどさらに2秒は差がついて、1年男子へバトンが渡る。


1年男子は少し追い上げたような?でもほぼ変わらず五秒近い差がついている。


(このままじゃ負けちゃう!このままじゃ!どうする?どうしたら?!)


玲奈は走り切った後自分が出来ることは応援だと走った足ですぐ自陣へ向かい、鼓舞して、応援を促した

私はここでみっともなく息切れで喘いでいるだけ。


もうすぐ2年男子にバトンが渡る。

私は正座のままお尻を地面につけた女の子座り?みたいな体制で地面に座り込んでいた。



『私の…私のせいだ…私と玲奈の差が…そのまま今の差で…。』


口に出すとそれはもう止まらない。

自責、後悔、羞恥、憐憫、執着、悲哀、嫉妬、いろんな感情、それもあまり良くない感情が自分の中から溢れ出る。

それは溺れてしまうほどの質量を持っていて、視界が涙でぼやけていくのを他人事みたいに感じていた。


2年男子にバトンが渡る。

2年男子も必死に走るが差は縮まらない。


『私なんかが…玲奈に勝てるわけない…私のせいだ…みんな、ごめん…私が足を引っ張った…。』


俯きそうになる私を後ろから脇の下に手を入れて無理やり立たされた。

(…横乳触られた!)



青井『そんな顔するなって!

いつもみたいに偉そうに命令すればいいだろ?』


小幡『青井?ごめん、私が玲奈に負けたから…。』



青井『まだ!まだ負けてない!俺がなんとかして見せる!

その代わり!』


青井の目は強く輝いてる!

信じたくなるような瞳の色!


小幡『なんとかしてくれる?

…その代わりなに?』


このピンチをなんとかしてくれるならなんでも言う事聞くわ。

照れ臭そうに青井は言った。





青井『俺が勝ったら!勝ったらさ、ほっぺにちゅーしてくれ…。』




小幡『ほっぺでも唇でもしてあげるわ!濃厚なやつをぶちゅーっと!』



青井『そうゆうんじゃねぇんだよ…。

わからねえかなあ?


まあいいや!見てろよ?

その不景気な顔を嬉しくってたまらない笑顔にしてやるよ!!』



きゅーって胸が締め付けられる!青井のくせに!

でもこの状況をなんとかしてくれるなら…青井にならちゅー位!!

胸に希望の火が灯る!


アンカーにバトンが渡る!

外町くんが走り出す!

約五秒遅れて、青井にバトンが手渡される、


『先輩!』


青井『任せろ!』


青井はすごい勢いで加速する!

見てわかる!勢いが違う!


私は泣きそう。

100m走(1位)、大玉送り(1位)、50m走(1位、完撃破)、応援合戦(応援団長3位)、騎馬戦(1位、最多撃破)、400mハードル(1位)、組対抗リレー(アンカー)とタフな競技ばかり青井はエントリーして、その全てで中心になり結果を出してきた。

きっと疲労もピークなはずなのに私を負けさせないって…なんて心強いんだろう。

男の子に心強さを感じたことは一度も無かったから自分の感情が整理できないみたい。



外町くんは早い!でも青井がじわじわ追いかける!

歓声がすごい!実況が全く聞こえないくらい歓声が響いてる。


レースはバックストレートに入り、各組陣地前を通り過ぎる!

外町くんが気持ちよく走る!!青井はそれをじわじわ詰める!


『外町!後ろ!青井来てんぞ!!』


びっくりして少し後ろを見る外町くん、その僅かな減速を青井は好機とばかりに追い上げる!!


差は僅か!外町くんも必死の形相!青井も歯を食いしばって凄まじい!


じわじわ迫る青井!

外町もなりふり構わず疾走する!



それでも青井がじわじわ詰める。あと20m!

あと10m!


ほぼ差が無い!2歩の差!


青井!青井!勝って!お願い!


小幡『青井!!お願い!!!!!』



祈りながら私も声を出す!

青井と目が合う。


青井と外町くんはほぼ同時にゴールした!


ほぼ同時!でも、でも僅かに外町くんが早かった…。


外町『っっっ!!!』


外町くんのガッツポーズに赤組が爆発する!

赤組がコースに乱入して外町くんをもみくちゃにする!


『赤組!すぐ陣地に撤収しないと勝ち点剥奪しますよ?!』


赤組は行儀良く陣地へ戻る。




青井?


青井は力尽きて、四つん這いになっていた。


小幡『…おつかれさま。青井格好良かったよ?

そんな格好してないで?

恥ずべきことなんて一つもないよ?みんなのとこ帰ろう?』



このリレーで勝負が決した。点数見る必要は無く、赤組の優勝。

悔しい、悲しい。でも今はぽっかり胸に穴が空いたような気分。


青井は顔を上げない。


青井『…みんなに合わせる顔が無い…。』



そんなこと言わないで?

私の方が合わせる顔ないわよ…。




このあと閉会式があり、あらためて赤組の優勝が告げられた。

赤組は笑ってる人、泣いてる人が入り混じり、私の青と黄も泣いてる人が居た。


クラスMVPは団体競技で勝利が多かった私たち3−3

個人MVPは望(赤)と青井(青)だった。



青井は興味無さそうに受け答えしてた。


うちの学校では閉会式後にフォークダンスをして全てを流して、椅子やテントを片付けて各クラスでSHRして終了って日程。


私はフォークダンスなんて気分じゃなくってサボって書紀くんと教室へ戻り、昨日から書きかけの手紙を書き続けた。


クラスのみんな各人へ当てた手紙。7割はもう準備のことや、ここまでの感謝を丁寧に書いていた。

本当は今日勝って、100m走1着だったね!とか君のおかげで優勝できたとか感謝の手紙を書きたかった。

書記くんの記憶と私の記憶を照らし合わせながら、私はみんなへ手紙を書いた。

泣きながら、嗚咽を漏らしながら。

感謝と謝罪を刻み込むように書き連ねた。

気付いたら青井、田中、宏介も教室に居た。


誰も何も話さない、ただ私の鼻を啜る音と書き進める謝罪の手紙を書く音だけが響いていた。






青組は敗れた。

私のせいだ。


□ □ □ □


決着です。

小幡さん頑張りました。小幡さん側に感情移入しちゃって書いてて悲しい。

青井決めセリフで分割しようか迷ったけど小幡さんが泣きながら手紙書くシーンまで切らないことにしました。


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