第97話 ハグして欲しい【side香椎玲奈】

(手強い!承くんは決して馬鹿じゃ無いし、人の気持ちに敏感な漢だよ。でも恋愛って概念が薄すぎる?)


私は少し思考を巡らす、数秒で数年前のことをポンポンといくつか思い出してみる。

もっと直接的にアプローチしかない!


『まあ…そんな感じかなあ?

前に望ちゃんの誕生日プレゼントの時みたいにお出かけしない?

明日か明後日ラーメン食べに行かない?』


今日は金曜だから土日どっちか!

確かラーメン好きなはず!街の駅前のラーメンが大好物って望ちゃんが言ってた!これなら!


『ごめんね、明日用事があって、明後日は伊勢さんと街ラーメン行く約束しちゃったんだよ!ついでに衣装の布も買いに行く。』


『なんで?

いや、確かに…街で週末布買うって言ってた…2人で?!』


『うん、ラーメン食べて、布買って、甘いもの食べて、なんか奢るくらいでデートとかじゃないよ。』


(それをデートと言うんじゃ?)


聞けば応援団に協力の条件だったんだって。あのしんどい頃敵に回らずに協力してくれただけでもすごく助かった。これは譲らざるを得ないよ。

昔のこともあるから敵に回ってもおかしくなかったもんね。



(どうしよう?このままじゃ引き下がれない!)


夕方で雰囲気は良いのになあ。

美術室はさっきまで大道具がパネルを作っていた為、部屋の中央は机が退かされていて真ん中が広い。

巨大パネルはまだ色が塗られていないから白黒の武将『慶次』がこっちを見ている。

承くんの趣味全開で下書きは私がしたんだよ?今みんなで配色決めて細部を書き込んでるところ。

前言撤回!やっぱり雰囲気良くないよ!慶次がガン見してる!




…真ん中が広い…?


閃いた!!


下品じゃなくって、合法的に手を繋げて、ハグに自然に持ち込む秘策!!



私は承くんに声をかける。


『まだ完全じゃないけどひとまずクラスが収まって私嬉しいよ!』


『良かった!』


『本当に嬉しくて、!』



そう言うと私は承くんの手を取り、クルッと回って見せた。

承くんの目をしっかり見つめて、必殺笑顔!

(ありがとう!承くん!大好きだよ!

手を取って?適当でいいよ!

2人でなんか適当に踊ろうよ?)



承くんは顔を真っ赤にして私の手を握り返してくれた。

映画で見たダンスみたいな?本当に適当にターンしながら教室を2人で回る。

承くんを軸に私がくるくる回ったり、承くんと両手を繋ぎながら2人で遠心力で回ったり、何もせず手を繋いでハジからハジまで歩いたり。

承くんのタオルがペチペチ顔に当たるから私はそのタオルを掴んで教卓に投げつけたり、2人で笑いながらダンスとは呼べない即興のダンスごっこをした。


承くんの手は私より一回り大きく、暖かい男の人の手。私の手をどう思ってるかな?

そんなに固くないと思うんだけどラケット握ってるから指とか硬いかな?もしがっかりしてたら悲しいな…男の子と手を繋ぐことなんて想定してなかった。ダンスなんて誘わなければ良かったな…。もっとハンドクリームでケアしたり、気をつけておけば良かった…。


楽しい気持ちの中で頭の隅に芽生えた小さい不安は瞬く間に私の意識を侵食してった。

(楽しかったな…失望される前に手を離そう…。)



そっと手を離した瞬間。



グッと腰に手を回してクルッと一回転させられた?

今更ながら男の子って力強い。

承くんがニコって笑って、


『楽しいね!

俺…香椎さんの手好きだな…小さくて、すべすべしてて、指長くって、手のひらがモチモチしてて!』



〜っっっ!!!

キュンときた!胸が、体の芯が切ない!


(もうダメだ…大好きが止まらない…!!)


さっきの弾むようなダンスから私のメンタルが影響してるのかな?ゆっくりお互いの感触を感じるように手を繋ぎ、ゆっくり回ったり、相手と離れてお互いに手を引き合って戻ったり。



私は入り口の方へ、承くんを誘導した。

なんで入り口?中央の方が踊りやすくない?承くんの疑問が手に取るようにわかる。


入り口近くでクルッと一回転した私は手を伸ばし、片手をドアの鍵へと伸ばす!




ガチャ!!



施錠する。本当はダメ。前にも言ったかもしれない。

室内で何かあるといけないから使用時は鍵かけないことになってる。

それって「中で悪いこと」させない為の処置だよね。

中で悪いことって言えばなんだろう?

例えばいじめ、暴力、備品や教室の破壊、窃盗とか犯罪行為だよね?

でも多分まだある。

性行為やそれに該当すること。

それらをさせない為に密室にさせない約束があるんだと思う。

それはそうだろう、神聖な学舎で破廉恥なことをするようなやからはどうかしてる。



そう、

今日は承くんの想いや熱に当てられ私はとっくにどうかしてる。

自分でもわかる、自分にこんな事言いたくないが客観的に見て私は発情してる。



承くんがっかりするかな?私恥ずかしい女の子だ。



鍵をかけた私をびっくりして目をまん丸くして見る承くん。私はそのままダンスを続ける。

鍵をかける為手を伸ばした私を承くんが引っ張って自分の方へ戻す。


私はその引っ張る力に逆らわず、むしろ自分から勢いをつけて承くんの元に戻る。


承くんと手を繋いだまま、承くんに引っ張られ、私は勢いをつけて承くんの胸に飛び込む!


直前でブレーキをかけて、私はスポッと承くんの胸の中に収まる。

今私は承くんの胸の中で片手で支えられている。

(私、承くんにハグされてる!)

私は承くんの体温と胸板の厚さ、骨の太さと逞しさを知った。

承くんもきっと私を感じているはず。願わくば女の子的魅力よ伝われ!



視線が交差する、私は好き!って想いをこめた視線、承くんは動揺しつつ熱を持った視線。

私は承くんの胸からくるんと飛び出す。

ホッとした雰囲気と残念って感じを醸し出す承くん。

でも承くんの目の色が変わった。

熱に浮かされたような、情熱的な瞳で私を見つめる。


ダンスごっこも当然情熱的にあるかと思いきや、お互い意識しちゃってちょっと身体を離すようになっていた。


承くんは私を見つめた後、私を自分の方へ引っ張った。私も承くんの胸に飛び込んだ。今度は綺麗にハグになった。

承くんの抱き締める力が少しだけ強いけどそれすら嬉しい!

(ハグ?抱きしめる?なんでも良い!幸せ…)

くんくん、くんくん。承くんの匂い!

自分の顔が、ふにゃってなるのを感じる。



なごり惜しいけどまた2人は離れる。


(次、次のハグで2人の関係は変わるな…。)

なぜかわかった。

ハグの後は当然…!

唇の感触を確かめる。大丈夫!



もう一度ふたりは視線を交差する、お互いに情熱的な眼差しで相手を愛しそうに見つめ合う!


片手を繋いでお互い反動をつけて離れる!!


そしてこの後伸び切ったところでまた反動を付けてお互いが引っ張り合い急接近!!してハグからの…!!!!






ガチャ!バン!!


『こら!使用中は鍵かけるなって言ったろ!!』


片手を繋いで反動を付けるタイミング、1番広がった状態で美術室責任者にして私たちの担任柳先生が鍵を開けて入ってきた…!

私と承くんはフリーズした。お互いが手を伸ばして引っ張り合うポーズは第三者の目からは芝居かかっていて大層面白かったらしく。柳先生は笑い転げていた。



『あははははは!すっごいポーズ!

いや、先生さ!美術準備室見えるところまで来たところでさ、鍵ガチャってかける音したのに誰も居ないから中で生徒がキスとかえっちい事とかしてたらどうしよう?って心配してたんだよ。』



ぐぬぬぬ!先生!恨むよ!


『まさか!ダンス!ダンスしてるとわw

それは恥ずかしいだろうけどよ?鍵はかけない約束だからな?

もう7時近いから帰った、帰った!』


こうして、私たちは美術室を出された…。

まあ抱きしめ合ってる所や唇を重ねている所に乱入されていたら大問題だったから、不幸中の幸いなのだが…納得いかないよ!!



『ダンス楽しかったね、でも見られたの恥ずかしかった!』


(あのまま行けばキス!キス確定だったのにー!

なんとか下校一緒に!そこで!)




当然、一度手放した流れはそうそう帰ってこない。

承くんは宏介くんち寄ってくって言って校門出てすぐの宏介くんちへ入って行った。

(逃げられた…!)


これテニスもそうなんだよ?勝負所逃すと試合持ってかれちゃう。



私の気持ちの持って行き場が無い!ハグしたのに負けた気分!

試合を決定付ける場面だったのに1セットしか取れなかった時みたい!


私は渋々1人で帰る。

満足感と不足感がごっちゃになった不思議な感覚。

そこに伊勢さんが話しかけて来たんだ。


続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る