第82話 それぞれの夏

中学生活最後の夏休み。

夏を制するものは受験を制すなんて言葉があるけど、俺の志望校は隣駅の駅前にある『公立東光高校 普通科』自転車なら20分くらい。

偏差値も49位の普通の共学。まあ多分大丈夫なはず。

我が家の経済的に私立はキツイし、特別目的があるわけではない。もう一つランク上げると偏差値も4くらい上がって自転車で40分くらいかかるから東光は丁度良い。


特別受験勉強!って気合を入れるでも無く夏休みを過ごす予定。

宏介は塾の夏期講習へ行ってるから土日しか遊べない。

元々田中くん、佐方くんは塾へ行ってる。

なんか卒業したら別々の道へ進むって言うのが実感できる。


そんな俺の夏休み、もっぱら一緒に過ごしたのは青井と完くんだった。


最初は青井だった。夏休み初日早速遊びに来た青井はひーちゃんを構った後で真面目な顔をして言った。


『なあ立花、頼みがあるんだけど。俺の勉強を少しだけ見てくれないか?』


『え?!』


青井の口からテストの愚痴以外で勉強の話が出るのは初めてだった。

なんで?


『立花さ、東光志望だよね?』


『うん、東光。普通科。でも青井は?』


『俺も東光行きたいんだ。出来るだけ邪魔しない、本当にわからないとこだけ手が空いた時に教えて欲しいんだ。頼む!』


『俺の頭じゃたかが知れてるけど…?』


『俺より全然良いじゃん!俺の平均偏差値は39だから。』


キツイんじゃ?でもそんなことは言えない。


『キツイのはわかってる、1学期少し委員長に見てもらって呆れられた!

でも、俺少しでも上を目指してできたら立花と同じ高校行きたいんだ!頼む!』


委員長って香椎さんの親友の小幡さんの事。


俺の出来る範囲なら!俺は承諾した。

じゃあ明日来る時は勉強道具持参してきてよと伝えた。

俺も高校不安だから青井が同じ高校だったら心強いし楽しくなりそう!


次の日、朝9時青井が我が家へ来た。何故か完くんを連れて。


『あれ?完くん?』


『お馬鹿の勉強を見てくれると聞いたので恥ずかしながら俺も見てもらえないかなと思って。立花くん頼む!』


完くんは本当に勉強がダメ。本当にフィジカルに極振りした脳筋。

野球部で活躍したけど強豪校から誘いが来るほどでは無かった為高校進学を考えると最低限度、本当に最低限度の学力が必要。

完くんはこれから秋に始まる強豪校の野球部のトライアウトを受けまくってなんとかそこへ進学したい。そうすると一般入試で入る事になる(トライアウトで合格してればよほどの点でなければ入学出来るらしい)しかし、そのよほどの点数らしいのだ。


『青井くんに昨日会って立花くんが見てくれるって聞いたから…お願い立花くん!』


もう完くんは友達だと思ってるから俺は青井ともども引き受けた。

ただ俺の学力だとアレなので土日には宏介たち頭良いチームに補足してもらう形になった。


平日午前は基本3人で集まって勉強をした。青井も1学期から少し勉強してたらしいけど正直キツイ。

俺の家の客間で青井と完くんとたまに雑談しながら勉強をする。

俺の部屋だと漫画とか気が散っちゃうから。

青井が語り出した。


『1学期にさ、委員長に少し勉強見てもらったんだけどさ。』


『うん?』


『完くん知ってる?頭良い奴の勉強って理論的なんだよ?』


『へー!すごいね!理論的に勉強ってできるんだ?』


『??

ちょっと何言ってるかわからない?』


青井も完くんもやべえな。完くんも感心しないで!

今まで直感でなんでも答えていたらしいよ?


そんなわけで3人で出来るだけ勉強した。俺も大して出来る子では無いから良い復習になった。主に中1、中2の内容をメインで。

土日はどっちか休みにして1日は宏介や田中くん、佐方くんにわからないところを教えてもらった。

夏休みの宿題も同時進行で行った。


気分転換にみんなで釣りに行ったり、完くんブートキャンプなる頭おかしいフィジカル強化メニューをこなしたり夏休みを勉強と遊びとフィジカル強化に費やした。

でも今までで一番夏休み中勉強した。それは2人もだった。


『そういえば、香椎さん地方大会でもベスト4で全国大会出場だって!』


『マジで?すっげ!』


あの頑張り屋さんはまだ引退させて貰えないらしい。

応援には行けないけど健闘を祈る。

8月下旬、全国大会では流石に相手が強く、1回戦で敗退だったらしいけど我が校としては空前の快挙だ。


勉強は少ししただけじゃなかなか結果はついてこない。

青井も完くんも頑張ったがこれで大丈夫とは断言できない、2学期も要努力だ。


ラノベのラブコメなら花火だ、夏祭りだとか一緒にお出かけイベントとか夏休みは距離を縮める絶好の機会だけど香椎さんは忙しく、モブみたいな俺では夏休みに接点など無い為休み期間中に香椎さんに一度も会うことは無かった。

それだけに1月半ぶりに香椎さんの顔が見れるのが楽しみ!

夏休みが終わるのは残念だけど香椎さんの顔が見れる!



そんな事を思ってたら2学期初日寝坊した。

急いで家を飛び出す!遅刻はしないだろうけどギリギリになりそう!


2学期は体育祭、文化祭と大きいイベントがある。

この二つが中学生活最後の大型イベントになる。香椎さんも気合が入ってる事だろう。

(あ、学期が変わるからまた席替えがある…香椎さんの隣にはもうなれないかな?)


香椎さんに会える嬉しさに気を取られ思い出した現実。

(香椎さんの隣の席楽しかったなあ。もう2度と無い…よなあ?)


大体始業式の次の日が席替えだから今日が最後の隣かも。

まあ仕方ないよね。


学校へ着く。結構ギリギリだった。


久しぶりの教室。

きっと全国大会へ出場した香椎さんの周りには人だかりが出来ていて隣の俺の席に座れないほど人に囲まれているかも知れない。


あれ?


そこにはおかしな雰囲気のクラスメイトと顔色の悪い香椎さんがポツンと1人でいる光景だった。


(???

香椎さんが人に囲まれていない?なんで?)

隣の席に座る香椎さんに声をかける。



『おはよう、香椎さん久しぶり!元気?』


『おはよう立花くん、元気…では無いかな?』


引き攣った顔の香椎さんの顔色が悪い。

周りの視線が不愉快、なんかヒソヒソ話してる。

めっちゃ感じ悪い。



俺の斜め前は修学旅行で多少話せるようになった二村さん、香椎さんの前の席に座る二村さんが俺の方へ振り返り吐き捨てるように言った。

この子も美人だけどこんな形相で話する子だったっけ?



『立花くん、香椎に絡むと君もハブられるよ?』


『いや、元々ぼっちだし?』

(何が起こってる?)



こうして波乱の2学期が始まった。

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