第2話 表


 あれから私は王子との出会いイベントは無事に完了し、着々とイベントをこなしていた。


 絵柄が美しいと人気のイラストレーターさんが作画されていたこともあり、かなりやりこんだゲームだったことがラッキーだった。

 どれだけやりこんだかというと、第二王子ルートだけを全エンド、一言一句間違えずに言えるくらい、と言えば伝わるだろうか。



「そろそろクライマックスかぁ。階段から突き落とされるんだよね。そこをたまたま通りかかった王子が助けてくれるの楽しみだなぁ」


 今、悪役令嬢様のベアトリーチェ公爵令嬢に階段から突き落としてもらうべく、足取り軽く現場となる場所──階段の踊り二階と三階の間のスペースへと向かっている。  

 ここまでくれば、あともう一息。私の足の怪我を心配した王子がつきっきりでお世話をしてくれるラブラブイベント突入である。


 ベアトリーチェ様も予定の場所に、予定通りに現れてくれたことでスムーズに意地悪が始まった。まぁ、ゲームの内容より意地悪は生ぬるいし、殺気立ってないのは気になるけれど、とにかく突き落としてくれれば万事解決なのである。

 最悪、予定通りにいかなかったら自分から落ちる? なんて考えたこともあったが、そんなことしたらヒロイン失格だ。ちまたで有名だった悪役令嬢小説の悪者になってしまう。


 そんなことを考えながら、いつものことながらパンチの足りない意地悪は繰り広げられていく。本当にこれじゃイジメなんて呼べない。せいぜい意地悪と呼ぶのが限界だ。


「貴女、(今はまだ)ローレン様の婚約者は私でしてよ! それなのに、べたべたと引っ付きまわさないでくださる!」

「「そーよ、そーよ! お邪魔虫なのよー!」」


 それでも、ベアトリーチェ様はまだまし。取り巻き二人の棒読み感と言葉のチョイスが、なぜ? である。


「そんな。私はただ、お友だちとして……」

「だまらっしゃい! 貴女ごときが話しかけていい相手じゃありませんのよ!」

「「そーよ、そーよ! 空気を読みなさいよー! KYケーワイよー!」」


 KYって……。確かに空気読んでたら王子と親しくなんてなれないから、読まなかったけど、今時だれもKYなんて言わないから……。


 心のなかで突っ込みながらも、このままでは階段から落ちられないんじゃ……という不安にかられていれば、二階から王子の声がした。


「ベアトリーチェ、やめるんだ。ミリー大丈夫か?」

「まぁ! なんてこと! 愛称で呼ぶなんてどうかなさってますわ! そんな子より、どうか私のことをリーチェと……」

「「そうですわー、そうですわー! その子じゃなくてベアトリーチェ様を呼ぶべきですわー!」」


 取り巻きのおかげで、どうも場が絞まらない。どうするべきかなぁ。さっさと突き落とされて、お世話されちゃうラブラブイベントしたいんだけど。


 あぁ、それにしても本当にかっこいい。本当に最高の王子顔。


 どうせいつも通り、ベアトリーチェ様と王子で戦いを繰り広げるんだろう。そう油断していた私は王子の顔を堪能して待つことにした。

 ほら、時間は有限だから。年を重ねていけばキラキラ感は薄れるだろうし、そうなる前に少しでも多く摂取しないと。


「ミリスさん! ミリスさんったら、聞いてますの!?」


 どうやら摂取に夢中になりすぎていたみたいだ。私はいつものちょっと困ったような笑みでベアトリーチェ様の方を振り向こうとすれば、ぐらりと身体が傾いた。

 昨夜、脳内アルバムの王子の顔を眺め、R指定がつきそうか妄想を明け方近くまでしていたのが原因かもしれない。めまいに負けた身体は階下へと向けて落下していく。


「ミリーっっ!」


 王子の焦った声に、珍しい表情? とスローモーションのように見える視線を王子に向けば、シャッターチャンスだった。当然のように心のシャッターを数回切ったとき、私は気がついた。私を受け止めようとする王子に。


 いっ、いけない! 王子の顔に傷がつくなんてことは絶対にあっちゃダメ!


 私は必死に視界の隅にあった手すりへと手を伸ばす。どうにかそれを掴んだものの、落ちていく身体の勢いは止まらない。


 グォギッッ──。


 鈍い音と共に激しい右手首の痛みが走る。すると、手の感覚がよく分からなくなり、手すりから指が離れてしまった。


 ゴトッゴトゴトトトトトト……。


 ぐるりぐるりと視界が回り、下へと落ちていく。痛みはあるものの、私は心底安堵した。これで、何よりも宝である顔を傷つけずに済む……と。


 下まで落ちきったことで、落下は止まったものの、目が回っているのと、痛みとで気を失いそうだ。だが、時間は有限。王子の珍しい表情をこの目に焼き付けな──。


 ぐるぐると回りながら暗転していく意識のなか、私が見た王子の表情は青ざめ、この世の終わりなのでは? という何とも珍しいシャッターチャンスなものように見えた。


 


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