第20話 愛情、努力、勝利。
それはターヤの病室に、アクラが訪ねてきた日。
わたしとターヤがすごろくをしていた。
そしてアクラが来て、アクラが来て。
手品を披露しあって、カジノに誘われた。
その日、アクラがターヤの病室から帰ってからのこと。
「カジノねぇ」
「あなた、行ったことあるの?」
わたしの呟きにターヤが反応する。
「ないわね。未成年だし」
「前世でも?」
「ええ、ないわね」
マジシャン友達は行っていた気がする。
カードの扱いがうまいから雇ってくれたとかいう話だった。
「……勝てる見込みあるの?」
ターヤがわたしの心配をしてくれる。
「やっぱり不安?」
「不安というか、不思議なのよ。相手はあの王子様だし、場所はカジノよ」
「そうね」
「今まではあなたがセッティングした場所で、あなたが提案したゲームで戦ってきたわ。それが相手の土俵に乗り込んでゲームするのよ」
「今までと、全然違うわね」
「でもあなたは平然としているわ。それが不思議なのよ。何か策でもあるの?」
確かに今までと違って不利な状況だ。
「今のところ策はないわね」
だからといって落ち込んでいる暇はない。
落ち込むことに脳内エネルギーを消費するのはもったいない。
策を練らなければ。
「……とうとうあなたが負けるのね」
「まだ負けていないわよ。それにまだ1日あるわ。その間に準備ができるかも」
「準備?」
「ええ。敵地に乗り込むんだから、相応の準備をしないとね」
わたしは考えていた。
カジノで戦うなら、何の種目だろう?
カード、ルーレット、ダイス、スロットマシン、ダーツ、チェス、などなど。
いろいろ考えられるけど、全てに対策を仕込むのは難しい。
ターヤも同じことを考えていたようだ。
「1日で準備が間に合うの?」
「難しいとは思うけど、やれるだけのことはやろうかしらね。で、」
わたしはわざと言葉を区切った。
「で?」
「ターヤとしては、どっちに勝ってほしいの?」
わたしが勝ったらアクラはターヤのお見舞いに行くのを禁止。
アクラが勝ったらわたしがターヤのお見舞いに行くのを禁止。
「……どっちでも良いわよ」
「言うと思ったわ。素直じゃないわね」
わたしに勝ってほしいくせに。
そんなところも可愛いけど。
「何よ、その顔? にやにやしちゃって」
「なんでもないわよ」
「まったく……」
ターヤはふてくされてしまった。
しかし、ここは愛を確かめるチャンスである。
「ねぇ、ターヤ」
「何よ?」
「わたしに勝ってほしかったら、協力して欲しいことがあるの」
「協力してほしいこと?」
わたしはバッグの中からカップとダイスを出した。
ダイスを混ぜる用のカップとカジノで一般的に使われるダイス。
子供の遊び用のさいころとカジノのダイスでは、大きさや材質がちょっと違う。
「さっきすごろくをしていたときに、イカサマをするって言っていたじゃない?」
「そういえば、そうね」
すごろくをしていたらアクラが来て中断してしまったのだ。
「今から、ターヤにダイスのイカサマを教るわ」
「わたしが、イカサマを?」
わたしはダイスをターヤに見せた。
ごく普通のダイス。
「今から、ダイスで1の目を出すわ」
「そんなことできるの?」
「ええ」
わたしはダイスをカップに入れる。
からからからと回転させてから、テーブルの上にカップを伏せて置いた。
そしてカップを開ける。
そこには1の目のダイス。
「え? すごい……」
「どうやったと思う?」
「ダイスに仕掛けでもあるの?」
ターヤはダイスを手に取って見てみる。
しかし何の変哲もないダイスである。
「分かりやすいように透明のカップでやるね」
わたしは透明のカップを取り出した。
さっきのカップと同じサイズ。
「用意が良いわね」
「マジシャンですから」
わたしはターヤからダイスを受け取る。
そしてターヤに見やすい角度で説明する。
「それ、何の仕掛けもないダイスよね?」
「ええ。まず、1の目を出したいときは、1の目を下にしてカップの底に滑らすわ」
「ふむ」
わたしはダイスをカップに入れる。
ターヤは真剣な表情でわたしの手元を見ている。
「そしてカップを周すわ。このとき、軸をぶらさないように周すわ」
「軸?」
「ええ。カップの中心に軸が刺さっていると思ってね。この軸をぶらさないようにして周すと遠心力でダイスの目が変わらないのよ」
わたしはカップを周して見せる。
ダイスはからからからとカップの底を動いているが、目は底の方に1を向けたまま。
「ほんとだ……」
「そして、このまま、ひっくり返す!」
わたしはカップの回転を維持したままひっくり返した。
ダイスはカップの中で周りつつも、目は1を上にしたまま。
そのままでテーブルの上で静止した。
「す、すごい……」
「これで、出したいダイスの目を自由に出せるの。仕掛けは無いわ。腕裁きだけよ」
「おお……!!!!」
ターヤは手を叩いて驚いていた。
さっきまでふてくされていた様子は消えてしまっていた。
「これをターヤにできるようになってほしいの」
「……」
「……」
「……」
「……ターヤ?」
「これってさ……」
「うん」
「めっちゃ難しくない?」
「難しいわよ」
わたしは今、さらっとやって見せたけど。
実際にはめちゃくちゃ難しい。
軸をぶらさないようにして周すなんて簡単に言ったけれど、人間の腕はそこまで精巧に動かせない。
どうやったってぶれてしまう。
ぶれてもダイスの目は動かないようにしないといけない。
しかも、その回転を維持したままカップをひっくり返して、テーブルの上に置かないといけない。
「こんなの、わたしにできるの?」
「やってみる?」
ターヤはわたしからカップとダイスを受け取ってやってみた。
「1の目を出してみるわね」
「うん」
わたしの見様見真似。
ターヤが出した目は3だった。
「これ、本当にできるの?」
「う~んと、練習次第?」
わたしは、この日はこれで帰った。
ターヤがちょっと練習してくれていたら嬉しいな、なんて思っていた。
まぁ、ターヤができなかったらダイス以外の種目でなんとかしようと考えていた。
まさかターヤが徹夜で練習しているなんて思わなかった。
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