第14話 左右どちらの手でつかんだでしょうか?

「王子様、王子様。手を貸してもらえますか?」


わたしはアクラに手招きをした。


「むっ、なんだ?」


アクラは疑問を口にしながらも、わたしに手を預けてくれた。

わたしは両手でアクラの右手を包んだ。


「はい、手を開いてみて」


アクラはわたしに言われた通りに右手を開く。

そこにはプリムラの花があった。


「お、おおっ……いつの間に?」


アクラは驚いていた。

プリムラ・マラコイデス。

またの名を化粧桜。

花びらの小さい赤い桜のような花。


「プリムラの花言葉は『運命を拓く』よ」

「それ、本当なの?」


ターヤが疑ってきた。

以前、でまかせで花言葉をしゃべったから信用がない。


「これは調べたから本当よ」


前回突っ込まれた後に、反省していろいろな花言葉を調べたのだ。

偉いでしょ。


「君、なかなか面白いね」


アクラはわたしのことを褒めてくれた。


「どうも」


わたしは感謝を告げたが、ばちばちの雰囲気は崩さない。

目の前にいるのは恋敵なのである。


「手品が得意なのかい?」

「ええ。まぁ」


わたしは警戒を忘れないまま、返事をした。


「それなら私も一つ見せようかな?」


そういうとアクラは辺りをきょろきょろし出した。

何かを探しているようだ。


「どうしたの?」


ターヤが訊く。


「これを使わせてもらおうかな」


そう言って、アクラはテーブルの上にあったサイコロを手にした。

さっきまでわたしたちがすごろくをしていたサイコロだ。


「サイコロを使うの?」


わたしがアクラに尋ねる。


「ああ、今からこのサイコロを上に投げる。それを私がキャッチするから、左右どちらの手にあるか当ててほしい」

「なるほど」


わたしはアクラがやりたいことを理解した。

ターヤも分かったようだ。

よく見るゲームだ。

動体視力を試すやつ。


「じゃあ、いくよ」


アクラはサイコロを上に投げた。

天井すれすれに上がったサイコロは音も立てずに落下を始める。

サイコロがアクラの眼前に来たとき、アクラは両手を大げさに動かしながら、サイコロをキャッチした。


「さぁ、どっちの手にあるかな?」


アクラは両手を握ったまま、ターヤの前に突き出す。


「こっち?」


ターヤはアクラの右手を選んで指差す。

わたしも同意見だった。

動体視力には自信がある。

今のは、はっきり見えた。

アクラは右手でサイコロをつかんでいた。


「残念」


アクラはそう言うと大振りの動きで右手を開いた。

そこにサイコロは無かった。


「あれ? はずれちゃったか」


ターヤも自信があったらしく、外して驚いていた。


「正解はこっちでした」


アクラは左手を開いて見せた。

そこにはサイコロがあった。

さっき投げたものと同じサイコロ。


「なるほどね」


わたしは納得した。


「おや、何に納得したんだい?」

「このゲームを100回やって100回当てさせない自信はある?」


わたしは挑発を入れてみる。


「いや、100回はさすがに疲れるよ」

「でも、あと1回はやってもらえるかしら? 今度はわたしが手を選びたいの」

「あと1回だけだよ」

「ええ。お願い」


もう一度だけアクラにサイコロを投げてもらうことにした。

さっきはわたしとターヤの二人に向けてしてもらったが、今度はわたしの眼前でしてもらう。

アクラは軽く手を振ってサイコロを上に投げた。

さっきと同じように天井すれすれまで近づく。

そしてゆっくりと落下を始める。

一回目のときと同じ軌道を描いて、アクラの眼前にサイコロが来る。

アクラは両手を大げさに動かしながら、サイコロをキャッチした。


「さぁ、どっちの手にあるかな?」


アクラは両手を握ったまま、わたしの前に突き出す。

わたしにははっきりと見えていた。

アクラは確かに右手でサイコロをつかんでいた。


「こっちだね」


わたしはアクラの右手を選んで、自分の両手で包んだ。


「こっちで良いんだね?」

「ええ。わたしはこっちにあると思うわ。だから先に左手を開けてもらえる?」

「左手を?」


アクラはわたしのお願いに動揺していた。

冷静を取り繕っていても、脈拍が上がったのが包んだ手から伝わる。


「わたしは右手だと思うから、先に左手を開けて。左手にサイコロが無かったら右手にあるってことよね。逆に左手にサイコロがあったら、わたしの負けってことだし」

「……」

「さぁ、左手を開けて」

「……仕方ない」


アクラは左手を開けた。

その手には何も無かった。


「わたしの勝ちね」

「そうだな。……見事だ」


アクラはわたしの両手を振りほどいた。その右手にも何も無かった。


「あれ? サイコロは?」


ターヤが疑問の声を上げる。


「右手でキャッチして、袖を通して隠したんでしょ?」


わたしが手品のトリックを推察する。


「正解だ」


アクラは上着の内側からサイコロを取り出した。


「それで、相手が右手を選んだら右手を開いて見せている隙に、左手でサイコロを回収した。これは逆の手でもできる。相手が選んでからサイコロを持つ手を決められるから負けることはないって仕掛けね」

「素晴らしい。それを見破った上で、自分も選んでいない方の手から開けさせるなんてな。良い発想力だ」

「それはどうも」


ともかくわたしがアクラから一本取った形だ。

ここからうまいこと交渉して、勝負に持ち込みたい。

そんなことを考えていたのに、アクラに先手を取られる。


「良かったら、私のカジノに来ないか?」

「カジノ?」


アクラは怪しい提案をしてきた。


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