第12話 ボールを器に入れて転がらないようにしましょう。
「それで、あなたが勝ったの?」
わたしがハツカに勝った次の日。
わたしは意気揚々とターヤのお見舞いに来ていた。
「ええ。余裕の勝利だったわ」
「……ハツカの球を打ったの?」
わたしはターヤに昨日のゲームについて話していた。
「いいえ。相手のフォアボールで相手の勝ち」
「……は?」
「ハツカは4球投げて、4球ともストライクゾーンに入らなかったのよ」
「ああ、ぶれるゴム球だったっけ?」
「ええ。ぶれやすいゴム球よ。ちゃんと練習しないとまっすぐ投げるのも難しいのよ」
「でも、あなたはちゃんとストライクゾーンに入れていたわよね? しかも2球同時に」
「それはね。ハツカに渡した球に細工がしてあったの。わたしが使ったブレ球よりもっと激しくぶれるゴム球を使わせたの」
「ええ……」
ターヤは苦虫を噛みつぶした顔をしていた。
あのときハツカはわたしがどう打つかを必死で考えていたようだ。
バッターボックスやわたしの使うバットもやたら気にしていた。
しかし仕掛けがあったのはハツカの手元のボールの方。
「ハツカは最後までボールの仕掛けに気付かなかったわ。わたしがストライクに投げ入れることができたのだから、自分にもできると過信したのでしょうね。『おまえ、よくこんな球をストライクに投げられるな』なんて負け惜しみを言って去っていったわ」
という策略でわたしは見事勝利したのである。
「あなた、良い性格しているわね……」
「でしょう? やっぱり結婚するしかないわね!}
「良い意味に受け取るな」
ターヤは呆れた顔でツッコミを入れてくれた。
「まあ、そういうわけでハツカに勝ったんだし、ご褒美ちょうだい」
「なんでわたしがご褒美をあげるのよ。何も頼んでいないし、わたしにとって良いことは何も起きていないわ」
それはそう。
「じゃあ、たまにはターヤがわたしとゲームをしよう。わたしがターヤに勝ったらご褒美をちょうだい」
「急に何を言い出すのよ?」
「良いじゃない。わたしが勝ったらターヤの髪ゴムが欲しいわ」
「髪ゴム? そんなものが欲しいの?」
「ええ、ターヤが着ていた服とかも欲しいんだけど」
「……何に使うのよ?」
「ん~、いろいろと?」
「なんか怖いからダメ」
やっぱりダメか。
「そう言うと思ったわ。だけど髪ゴムくらいなら良いでしょ?」
「まぁ、良いわよ。あなたが勝ったらね」
「ターヤは何が欲しい?」
「そうね……シュークリームが欲しいわ」
「シュークリーム?」
「意外な注文だった」
「病院食は飽きたのよ。味の薄いものばかりだし。わたしが勝ったら勝ってきてくれる?」
可愛いご褒美だな。
「もちろん、OKよ。種目はこれにしましょう」
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ボールバランス
プレイヤーそれぞれの頭の上にゴムボールを乗せる。
先に落とした方の負け。
~~~~~~~~~~
「このぶれるゴムボールを使うのね」
「そうよ」
昨日、ハツカのとゲームに使ったボールもある。
全部で12球。
赤や青の色とりどりのゴムボール。
「ぶれやすいボールとぶれにくいボールがあるのよね?」
「そうよ。だからターヤがボールを選んで良いわ。わたしが使うボールとターヤが使うボールの2球を選んでね」
それくらいしないとフェアじゃないだろう。
でもターヤはどの球がぶれやすいか分からないから、完全に運の勝負だ。
「先に聞いておくけど……」
「なにかしら?」
「あなた、イカサマするの?」
「いや、今回はするつもりはないわよ。ただ、ターヤが良いボールを選べるかどうかの運ゲーよ」
今回はイカサマを使ってまで勝とうとしていない。
勝っても負けても良いからね。
「本当に運だけの勝負なんでしょうね?」
ターヤに対する信頼はないようだ。
「大丈夫よ。ほら、選んで」
わたしはターヤにボールを選ばせる。
ターヤはボールをじっくり見つめる。
やがて、ターヤはわたし用に赤のボールを選んだ。
そして自分用に青のボールを選んだ。
「それじゃあ、始めましょうか。せーの、で頭の上に置いてね」
「了解」
わたしとターヤはボールを頭の上の構える。
「行くわよ。せーの」
わたしは赤のボールを頭の上に乗せる。
ターヤは青のボールを頭の上に乗せる。
わたしは頭の上でボールを静止させる。
ターヤが頭の上に乗せたボールは一秒も静止することなく転がっていった。
「あ、あれ?」
わたしは思わず笑い出しそうになる。
「そんなに難しいかしらね?」
わたしは頭の上のボールを揺らしてアピールしながらターヤに訊く。
「……」
「もう一回やる?」
「……やる」
その後、何回もやり直してやってみた。
ボールを代えてチャレンジもしてみた。
しかし、結局ターヤは1秒も頭の上にボールを乗せることは出来なかった。
もちろんわたしはイカサマなんてしていない。
ターヤがぶれにくいボールでチャレンジすることもあった。
しかし全く乗せることが出来なかった。
「……」
「私の惨敗よ。……持って行きなさい」
ターヤは悔しそうに、わたしに髪ゴムをくれた。
「……ありがと」
なんか可哀そうに思えて素直に喜べなかった。
翌日。
わたしはいつものようにターヤのお見舞いに来た。
「ターヤ。プレゼントよ」
「プレゼント?」
わたしはシュークリームをターヤに見せた。
ケーキ屋さんのちょっと良いシュークリーム。
「さぁ、一緒に食べましょう!」
「あれ? でも昨日、わたし負けたわよね?」
わたしが勝ったら髪ゴムをもらう。
ターヤが勝ったらシュークリームを買ってくる。
「勝負とは別よ。友達が食べたいって言ったスイーツを一緒に食べようってだけよ」
「あなた……存外、良い人なのね……」
「たまには器の大きい女をアピールしてターヤに好かれようと思ってね」
「下心は隠しなさいよ……器が大きいんじゃなくて、器の穴からいけないものが漏れ出ているじゃない……」
というわけで。
わたしとターヤはいつものように楽しくおしゃべりしながら、美味しくシュークリームを頂いたのであった。
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