第11話 野球のルールを全部把握している人ってどれだけいるのかしら?

「そろそろ次に行こうぜ」


ハツカが催促する。


「そうね。行きましょうか」


現在1ストライクノーボール。

わたしは次の球をかまえた。

セットポジションから、振りかぶらない。

なるべく素早いモーションで球を投げた。


「な!?」


ハツカの驚きの声が聞こえる。

驚くのも無理はない。

わたしが投げた球は2つだったから。

2つの球が同時にストライクゾーンに向かう。

ハツカは驚いて反応が遅れた。

とはいえ、ストライクゾーンに向かう球を無視できない。

急いでスイングを開始する。

しかし間に合わない。

時速100キロとはいえ、投球開始からストライクゾーンに当たるまで0.55秒。

0.2秒の隙さえ作れたのなら、バットのスイングが間に合うことはない。

ぱちっ、ぱちんっと2つの球がストライクゾーンの壁に当たる。

2つともちゃんと枠内に入った。

ハツカは完全に振り遅れていた。

バットのスイングは2つの球に当たることなく空振り。

一気に2ストライク。

これで合計3ストライク。

わたしの勝ち。


「よしっ!」


わたしは安心した。

どれだけ練習しても2個同時投げで精密なコントロールを維持するのは難しい。

無事にストライクゾーンに入ってくれて良かった。


「おいおいおいおいおいっ!」


ハツカはバットを置いて、わたしに迫って来た。

乱闘も辞さない勢いだ。


「これで3ストライク。わたしの勝ちね」


わたしはすかさず勝利宣言をした。


「いや、そんな訳にいくかよ!! 2球同時に投げるなんて反則だろ!?」


まぁ、普通そう思うよね。

わたし視点からすれば、2球同時にストライクに入れられたことを褒めてほしい。

手品用にめっちゃ練習したんだから。

ただ、ハツカ視点だったらそうもいかないらしい。


「最初にルールを決めたときに2球同時投げは禁止なんて確認していないじゃない」


わたしは冷静に言い返す。


「そんな暴論が通るかよ!? 細かいルールは野球と同じはずだ。2球同時に投げるなんてどう考えても反則だろ!!」

「ちゃんと確認していない方が悪くない?」

「こんな遊びでそんな細かいことをいちいち確認するわけないだろ!?」

「大事なものを懸けているんだから、勝負の前に確認しないとだめじゃない」


勝負の取り決め。

わたしが勝ったらハツカはターヤのお見舞いで病院に来ることを禁止。

ハツカが勝ったらわたしがターヤのお見舞いに行くのを禁止。

かなり重たいものを懸けているのだ。

こっちだって真剣。

相手が確認漏れしそうなことにつけ入るのは当然。

隙を見せる方が悪い。


その後もあーだこーだ言い合ったが、ハツカは譲らなかった。

議論は平行線。


「ともかく俺はこんなの認めないぞ!」

「じゃあ、攻守交代しましょう」


わたしは新案を提示した。


「攻守交替?」

「ええ、あなたがピッチャーで、わたしがバッターをしましょう。延長戦よ」


~~~~~~~~~~


一打席勝負 延長戦


ピッチャーはストライクゾーンに向かってボールを投げる。

バッターはボールを打ってノーバウンドで外野まで飛んだら勝ち。

ストライクゾーンは打席の後ろの壁に書かれた四角で判定する。

ストライク3つでピッチャーの勝ち。

ストライクから外れたボールが4球になるとピッチャーの負け。

ボールは一球ずつしか投げられない。

サリネがピッチャーで1勝したところからスタート。

ハツカがピッチャーで勝利すれば攻守交替して延長。

先に2勝した方の勝ち。


~~~~~~~~~~


わたしは手帳にルールを書いてハツカに見せる。

ハツカはルールに穴がないか、目を皿のようにして確かめる。


「まぁ、いいだろう」


ハツカはじっくり読んだ後、納得してくれた。


「じゃあ、バットは借りるわね」


わたしはハツカのバットを借りる。

やっぱり重いな。

男用のバットをわたしが満足に振れそうもない。

筋肉が足りない。

ましてやボールを打って外野まで飛ばすのは至難の技だ。

わたしは軽く素振りをしてから、ストライクゾーンの前で構えた。


「あっ、ちょっと待った」


ハツカがストップをかける。


「どうしたの?」

「バッターボックスを書いておく。バッターはここから出るなよ」

「ああ、それもそうね」


勝負をフェアにするために必要な確認だ。

ハツカは砂の地面に四角を書いた。

簡易バッターボックス。

ハツカとしては、こういう細かい点も気になるのだろう。

細かい点も落とし穴がないか、気になって仕方がないのだろう。


「よし、いくぞ」


ハツカはマウンドで構えた。


「いつでも良いわよ」


わたしは返事をした。


ハツカは大きく振りかぶった。

ゆっくりとしたモーションから第一球を投げた。

鋭い投球がやってくる。

わたしより速い球。

それに、えげつないほどぶれる。

こんな球を捕えられるわけがない。

わたしはバットを振ろうとしてすぐにやめた。

落ち着いてボールの行方を見守る。

ばちんっっと音を立ててボールが壁に当たる。


「む?」


ボールはストライクゾーンから外れていた。


「今のはボールね」


わたしはハツカに報告する。


「そうだな。ど真ん中に投げたはずだったんだけどな……仕方ない」


わたしはバットを置いて、さっき投げたボールを拾った。

ハツカに投げて渡す。


「よし、次にいきましょうか」


わたしはバットを構えてバッターボックスに入った。


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