第10話 一打席勝負ってピッチャーが有利なのかな?

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一打席勝負


ピッチャーはストライクゾーンに向かってボールを投げる。

バッターはボールを打ってノーバウンドで外野まで飛んだら勝ち。

ストライクゾーンは打席の後ろの壁に書かれた四角で判定する。

ストライク3つでピッチャーの勝ち。

ストライクから外れたボールが4球になるとピッチャーの負け。


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わたしは手帳にルールを書いた。

ハツカにルールを見せて確認する。


「これで、いいかしら?」

「ああ、まぁ、問題なさそうだな」

「じゃあ、ストライクゾーンはこれで良いかしら?」


わたしは公園の塀にマジックで四角を書いた。


「良いだろう。普通の大きさだ」


ハツカにOKをもらった。


「じゃあ、バットはあなた自身のを使ってね。ボールはこれを使うわ」


わたしは使用するボールを見せた。

手品用のゴムボール。


「……硬球じゃないのか?」

「だって危ないじゃない。わたしプロテクターもないし」


わたしは全身を大の字にしてアピールした。

なんならわたしはスカートなのだ。

運動する格好でないのは仕方がない。

全て即興で用意しているゲーム。


「なるほどな。だからそんなに自信があるのか。圧倒的に俺が有利なルールかと思ったけれど、これなら硬球より飛びにくいものな」

「そういうことね」


それだけじゃないんだけどね。


「試し打ちして良いか?」


ハツカはわたしに提案してきた。

おっと慎重だな。

いきなり、さぁやるぞ! で始めようと思っていたのに。

意外とクレーバーだ。

断った方がわたしが有利な気もするけど、ここで断るとフェアじゃないしね。


「はい、どうぞ」


わたしはゴムボールを3つ、ハツカに渡した。

ハツカはノックの要領でゴムボールを打った。

ボールは気持ちの良い放物線を描く。

ホームラン級の当たり。

ゴムボールは硬球より飛びにくいとは何のことやら。


「よし、問題ないな」

「そうみたいね」

「怖気づいたのか? 勝負をやめるか?」

「いやいや。ちゃんとわたしが勝ってあなたを病院から追放してあげる」


勝負の取り決めは、わたしが勝ったらハツカはターヤのお見舞いで病院に来ることを禁止。

ハツカが勝ったらわたしがターヤのお見舞いに行くのを禁止。


「じゃあ、始めていいぞ。投球練習は必要か?」

「いや、必要ないわ。始めましょう」


わたしの球筋を予め見せるわけにはいかない。

ハツカはこれを野球の実力勝負だと思っているのだろう。

わたしにとってこのゲームは情報戦だ。


「マウンドはこのくらいで良いかしら?」


わたしはハツカから15メートル離れる。


「まぁ近い気もするけれど、それで良いぞ。それくらいじゃないと届かないものな」


ハツカは優しさを見せる。

野球の公式では18メートルだったかな。

わたしはその場に線を引いて即席マウンドを作った。


「それじゃあ、行くわね」

「おう、いつでも来な」


ハツカはバットを構える。

これが全国レベルの迫力か。

なかなか鬼気迫るものがある。

わたしは大きく振りかぶる。

そして第一球を投げた。


「んっ!!」


わたしは鋭く息を吐いて、右手からボールを放った。

推定時速100キロのゴムボールがストライクゾーンに向かう。


「む?」


ハツカはタイミングよくバットを振る。

しかしボールはハツカの手前で大きくぶれた。

スライダーとかシュートのような分かりやすい変化球ではない。

振り子のように左右にぶれる。

わたしの投げたボールはそのままストライクゾーンの枠内に当たった。

ハツカのバットは空を斬る。


「ふぅっ」


わたしは安堵の溜息をついた。

よしよし、ちゃんとストライクゾーンに入った。

コントロールに問題はなさそう。


「なんだ、今の? あんな変化球があるか?」


ハツカがわたしに疑問を投げた。

ハツカが疑問に思うのも仕方がない。

左右に10センチ以上ぶれていたんだから。


「これはね。手品用のゴムボールなの。握り方や投げ方で様々な変化球を投げられるわ」


わたしは種明かしをした。

ちょうどターヤに見せる手品のために、こんな特殊なゴムボールを持ってきていたのだ。

素人が投げてもえげつない変化球が投げられる。

いくら全国区のバッターでも、こんなブレ球を初見で打つのは難しい。


「なるほどな。だからこんな勝負を挑んできたのか」

「そういうことね」


それだけじゃないけどね。


「しかし、そうくると分かっているなら問題はない。次は打つさ」


ハツカはバットを構えた。

自信満々な様子は崩さない。


「今のブレ球を打つ自信があるの?」

「ああ、せいぜい時速100キロの変化球だ。そんなに遅い球なら、どんなに変化しようとも当てられるさ。俺のスイングはそれくらいの速さはある」

「でしょうね」


さっきくらい変化すると予め分かっているなら対応できるのだろう。

あのくらいのブレ球だったらどうということはないらしい。


「それにしても驚いたぞ。女手でもちゃんとした球を投げるじゃないか。ストライクゾーンにもちゃんと入ったし」

「そういう技術もボールを投げる手品に必要なのよ」


それなりに鍛えているのだ。

並みの女子より運動神経は良い。

ともあれ、これで1ストライク。

わたしが勝つためにはあと2ストライクも必要だ。










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