第9話 野球をします。わたしがピッチャーね。

その日、ターヤのお見舞いに行くと、病室に見知らぬ男がいた。


「……誰?」


わたしは敵意剥き出しで訊いた。

やたらとガタイの良い男。スポーツマンかな? 年齢はわたしやターヤと同じくらいだけど、その大きな体格のせいで妙に威圧感がある。


「そんな怖い顔しないでよ。わたしの友達よ」


ターヤに注意された。


「どうも、ハツカです」


男は名乗った。

低くてもはっきり聞こえる良い声だった。

これはモテそう。


「……どうも、サリネです」


わたしも名乗った。


「そういえば、あなたそんな名前だったわね」


ターヤが冷たいコメントを浴びせる。


「ひ、ひどい……ほぼ毎日来て顔を合わせているのに……」


そういえばターヤはわたしのことを「あなた」としか呼んでくれない。

たまには名前で呼んでほしい。

なんなら「ダーリン」でも良い。


「ハツカは私の小さい頃からの友達なの。家が近いから、よく遊んだものよ」

「ああ、まぁ」


ハツカは小さく相槌を打った。

面白くないな。

ハツカに直接非があるわけではないが、わたしにはターヤと過ごした日が少ない。

わたしに対抗できる武器は無いだろうか?


「わたしなんてこの世界に産まれる前からターヤと出会えるって決まってたし!!」

「あなたはわたしをいじめるために産まれたんでしょうが」

「?」


わたしの見栄もターヤに冷静に突っ込まれる。

ハツカは何のことだか分からないという顔だった。

しかし、厄介だな。

こんなにターヤと仲良い関係の男がいるだなんて。

羨ましい。

というか妬ましい。

なんとかして追放できないかしら?

わたしは腕を組んで考え始めた。

すると、ターヤが口を開いた。


「ねぇ、ハツカに何か手品を見せてくれないかしら?」

「ふぇ?」


唐突に言われたせいで、妙な声で返事をしてしまった。


「彼女は手品が得意なのよ」

「へぇ」


ターヤがハツカのために説明する。


「何かできるでしょ?」


ターヤがわたしに要求する。

無茶振りのような気もするけれど、信頼の証と受け取っておこう。


「仕方ないわね。あなた、手を貸してくれる?」

「あ、うん」


わたしはハツカの右手を両手で掴んだ。

大きな手。

かなりごつごつしている。

鍛えられている筋力を感じる。


「あなた、スポーツをしているのかしら?」

「ええ、まぁ、野球を」


ハツカがそう言うと、ターヤが補足を入れる。


「ハツカはうちの高校の看板プレイヤーよ。全国大会にも出て、将来はプロ入り確実って言われているの」

「そんなに!?」

「まぁ、それはそうなんだけど」


ハツカは謙遜していた。

しかしわたしは危機感でいっぱいだった。

こんなハイスペックな男がターヤの幼馴染だなんて……

こいつはターヤのそばから追放しないといけない。

そう決意したわたしは、ハツカの手を包んで握らせた。


「勝負よ」

「え?」


わたしの宣戦布告にハツカは驚きの声をあげた。


「手を開いてみて」


ハツカは言われた通りに手を開いた。

そこにはブラックベリーの花があった。


「えっ、すごい……いつの間に握っていたんだ?」


ハツカは手品に驚いていた。

しかしわたしの意識はそれどころではない。


「その花は挑戦状代わりよ。ターヤをかけて、わたしと勝負しなさい」

「……え!?」


ハツカは唐突に勝負を挑まれて困惑していた。

そりゃそう。


「あなた、また変な勝負を挑んで……」


ターヤは呆れていた。

しかしわたしは停まるわけにはいかない。


「ブラックベリーの花言葉は『負けられない勝負』よ」


わたしはハツカに敵意剥き出しで指を突き付けた。


「それ、本当?」


ターヤに花言葉を疑われる。


「適当に決まっているじゃない。花言葉なんて一つも知らないわ」

「ええ……」


ターヤは何とも言えない呆れ声を出していた。


「花言葉なんて適当で良いのよ。どうせ昔の人が花を売るために適当に決めた言葉なんだし。大事なのは花を渡した人がどういう気持ちを込めて送ったのかよ」


ちなみに後で調べたところによると、ブラックベリーの花言葉は嫉妬。

人目を避けるように生えていて、食べると苦さだけが残るという性質から花言葉が付けられていた。

案外、適当ではなかった。


それはそうとして。


わたしはハツカを連れて公園に来た。

もちろんターヤは連れてきていない。

二人で広場にやって来た。


「それで、何の勝負をするんだ?」


ハツカは面倒くさそうに訊いてきた。

わたしは張り切って答える。


「あなたが野球部ということだから、野球にしましょう。ピッチャーとバッターなら、どっちが得意なの?」

「……バッターだけど?」

「じゃあ、わたしがピッチャーね。今から、わたしがボールを投げるわ。3ストライク以内にヒットが打てたらあなたの勝ちということで」

「は?」

「まぁ、1対1だと守備がいないから、ノーバンで内野を越えたらあなたの勝ちで良いわ」

「おい、バカにしているのか? 俺は全国でも名の知れた球児だぞ? そんな条件で素人の女に負けるわけがないだろ!」

「恋にはそれくらいの障害を越える心意気が必要なのよ」


もちろん。

わたしは余裕で勝つつもりだけど。



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