第8話 頭隠して勝利を落とす。
「じゃあ、わたしの番ね」
わたしは袖に用意しておいた剥がし剤を石に塗りつけた。
やすやすと石を回収する。
10秒以内。
ルール順守でわたしの手番を終える。
「……やってくれるな」
ナハトはいらだった顔で、今にも殴り掛かってきそうな剣幕だった。
対してわたしは飄々とゲームを進める。
「もう取る石はないから、あなたの負けよ」
「おいおいおいおいおい!! こんな勝負、無効に決まっているだろう!?」
「あら? どうしてかしら?」
「石をボンドでくっつけているなんて、その時点でルール無視じゃないか!? そもそも貴様の反則負けだろ!?」
「ルールは順守しているわよ。そもそも4つしかなかったもの」
~~~~~~~~~~
石拾いゲームのルール
1.碁石のうち黒の石を全て使う。
2.プレイヤーは交互に1~4個の石を拾う。
3.石が拾えなくなったら負け。
4.一手は10秒以内に終えなければならない。
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「それでも。貴様だけ石がくっついていることを知っていた。これはフェアな勝負ではない!! 最初から僕に勝ち目はないじゃないか!!
「いや、あなたに勝つ手段はあったわよ」
「は?」
ナハトはけんか腰の声を出す。
「わたしは、ゲームが始まる前にちゃんと訊いたのよ。『ゲームの前に石の数を確認する?』って。でもあなたはそれを拒否した」
「な!?」
「わたしが黒石の数を知らないと思ったんでしょ? だからあなたは石の数を確認しなかった。黒石の数を確認して181だとわたしに知られるのを避けた。それがあなたの敗北の理由よ」
「……やってくれるな」
「あのとき、石の数を確認しておけば良かったのにね。そうすればゲームを始める前にルールを修正できたのにね」
ちなみに石の数が180個だと後手の必勝ルートがある。
ナハトが石の数に気が付いて後手でプレイすることもできた。
ちゃんとナハトが勝つ手段も用意してあげていた。
それでもナハトは負けた。
わたしに必勝法があることを気付かせたくなかったから。
数分間会話して見て、わたしのことを甘く見た。
わたしが黒石の総数を知らないと見誤った。
見誤った結果、黒石の数を予め数えることを避けてしまったのだ。
「そもそもわたしだってこの条件にしたら、先手必勝ルートがあるくらい知っていたのよ」
知っていて、あえてしらない振りをしていた。
そうすればナハトは黒石の総数を確認しないと判断したから。
「騙したな!!」
「勝負ってそういうものでしょ?」
勝負とは、自分にしかないアドバンテージを作ることが大切なのである。
「この色ボケが……」
「あなたまでそんな言い方するの?」
ともあれ、こうしてわたしはナハトとの勝負に勝ったのである。
「というわけでナハトに勝ってきたわ」
わたしはターヤの病室に戻ってきた。
ナハトに書かせた契約書を見せる。
契約書には『私、ナハトはサリネに勝負で負けたため、今後一切ターヤに近付かないことを約束する』と書いてある。
「あなた、鬼なの?」
わたしの勝利までの華麗なる策略を聞いて、ターヤはあぜんとしていた。
「凄いでしょ」
わたしは鼻高々だった。
「ある意味凄いわよ」
「恋と戦争にはあらゆる戦術が許されるのよ」
イギリスの劇作家ジョン・フレッチャーを引用した。
この世界にフレッチャーはいないので通じるはずもないが。
「それにしても、ボンドと剥がし剤なんて都合の良いものを良く持っていたわね」
「ああ、これね。ターヤに見せる手品用に持ってきていたのよ」
わたしはボンドと剥がし剤を見せる。
「それを持っていなかったら、どうやってナハトに勝つつもりだったのよ?」
「そのときは石拾いゲームじゃなくて、別のゲームにしたかも」
なるべくフェアに見えるようなゲームで、かつわたしが確実に勝てるゲームで挑んだことだろう。
「なんて言うんだろう……あなたって、褒めていないけれど頭良いのね」
「素直に褒めてくれてもいいのよ?」
「褒める気にはならないわよ」
「頭撫でてくれたりとか、キスしてくれたりとか」
「褒めることはあってもキスすることはないわよ!?」
うまい具合にキスしてもらえる流れになったと思ったんだけどな。
失敗、失敗。
もう少し作戦を練らないとな。
「やっぱりデートして良い雰囲気を作らないとな……」
「それで、今日はどんな手品を見せてくれるの?」
ターヤはわたしの話の流れをぶった切る。
「そうね。もとはと言えば手品を見せに来たんですもの。ちょっと待ってね。準備するから」
すっかり後回しになってしまったが、わたしはターヤのお見舞いに来たのである。
別に恋敵を潰しに病院に来たわけではない。
わたしはいそいそと手品の準備をする。
そのとき、りーんごーん……りーんごーん……という音が聞こえてきた。
院内放送。
面会時間終了の合図。
この音がしたら、お見舞いに来ている人は帰らないといけない。
「あら、もうこんな時間なのね。さっさと帰って」
ターヤに冷たくあしらわれる。
「そんなぁ……」
わたしは渋々帰り支度をする。
わたしとターヤの関係がボンドのように、ひっつく日は遠い。
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