第7話 最後の1個は思った以上に堅かった。

石拾いゲームが始まった。

ナハトがケースの中から石を取り出す。

黒石を1個。

分かりやすいように碁盤の上に並べる。


「まずは1個なのね」


わたしは確認の意味を込めてナハトに言う。


「ああ。これで僕の勝ちはゆるぎない」


ナハトは堂々と言い放つ。


「そうなんだ?」

「ああ。ほら、君の番だよ。早く拾いな。10秒以内なんだろう?」

「そうね」


わたしは黒石を3個取り出した。

ナハトは続けて2個取り出した。

わたしは4個取り出した。

ナハトは1個取り出した。

わたしは1個取り出した。

ナハトは4個取り出した。

わたしは2個取り出した。

ナハトは3個取り出した。


「君は数学は得意かい?」

「ええ、まぁ。得意な方だけど?」


数学は特別得意だった。

しかし、前世に比べたら今はどの教科も得意だ。

教科書を読んだだけでありとあらゆることが理解できるし、忘れることもない。

テストだって出題者の意図が透けて見える。

持って生まれた頭脳が違うと、勉強ってこんなに楽しいものになってしまうんだ。

本当にこのサリネの身体に転生できて良かったと思っている。

それはそれとして。


「数学が得意なら気付いているだろう? 僕がどういう石の取り方をしているか、分かっているんだろう?」


ここまでのプレイングを振り返ると、わたしとナハトが取った石の数は、

1 + 4、2 + 3、3 + 2、4 + 1。


「足して5になるように取っているわね」

「そうだ。僕は最初に1個取り出した。その後、たして1になるように取っている。これがどういうことか分かるかい?」

「数式で書くなら 1 + 5nね」


二人で取った石の数の合計は

6、11、16、21、26、…… と5ずつ増えていく。

わたしとナハトは会話をしながらでも手では石拾いを続ける。


「そうだ。1~4個の石を拾うという条件なら、先手の僕は常にこの1 + 5n という状態を作れる」

「そうね。あなたはずっと、わたしの取った石に対応した数の石を取っているわね」

「ああ、そして君は知らなかったようだが、囲碁で使う黒石の数は181だ。このまま続けると、どうなると思う?」

「181番目の石を取るのが、あなたになるわね」


6、11、16、21、26、…… 161、166、171、176、181


「そう、つまりこのゲームはもう僕の勝ちさ。黒石が全部で181個の場合、先手を取った方に必勝法が存在する。これは覆せない」


ナハトは余裕の表情を見せた。


「なるほどね」


わたしは適当に相槌を打った。

そんなことは分かっているのだ。

分かっていながらこの勝負を持ちかけている。


わたしは4個取り出した。

ナハトは1個取り出した。

わたしは2個取り出した。

ナハトは3個取り出した。

淡々とした繰り返しが続く。


取り出した石は全て碁盤の上に数えやすいように並べてある。

現在の合計は161個。

わたしは黒石を2個取り出した。

ナハトは黒石を3個取り出した。

これで合計166個。


「そろそろ終わりが近付いてきたね」

「そうね」


わたしは4個取り出した。

ナハトは1個取り出した。

これで合計171個。

181個まであと少し。


「僕が勝ったら、君は今後ターヤに近付かないということで良いんだよね?」

「勝ったらね」


わたしは3個取り出した。

ナハトは2個取り出した。

これで合計176個。

残り5個。


「さて、君の最後の手番だよ」

「どうかしら?」

「負け惜しみかい? もう、君にも終局が見えてきた頃だろう?」

「そうね。どう終わるかは見えているわ」


ゲームを始める前から、こうなることは予想していた。

ここまでわたしの思惑通り。

そして終局までいける。

わたしは黒石を1個取り出した。

残り4個。

つまりナハトが4個取り出せば勝ちだった。


「え?」


ケースの中に手を入れたナハトが驚きの声を上げる。


「どうかしたのかしら?」


わたしはわざとらしく訊いた。

「石が、ひっついて、取れない!!」


そう、黒石の最後の一個。

わたしはあらかじめ接着剤でケースの底に貼り付けておいたのだ。


「手番は10秒以内だよ」


わたしは宣告する。


「貴様……」


ナハトは歯をきりきりと言わせて、わたしを睨みつける。

その間もナハトは指できりきりと石をひっかいて取り出そうとする。

しかし黒石はそう簡単にはがせない。


「9……8……7……」


わたしはカウントダウンを始める。

一手10秒。

最初に決めたルール。

そのルールは最後のこの状況のために付け足した。


「く、くそうっ」


ナハトは悔しい声を上げながら、必死で指を動かす。

しかし黒石はケースの底からはがれない。


「6……5……4……」


わたしは等間隔で数字を読み上げる。

けっこう強力な接着剤だ。

ちょっとやそっとでははがれることはない。


「ど、どうして、こんな……」


ナハトは焦りからくるいら立ちを隠せない。

顔も面白いくらい真っ赤だ。


「3……2……1……」


制限時間の終わりがさしかかる。

0になったら問答無用でナハトの負け。


「ち、ちくしょう!}


残りの黒石は4個。

ナハトが4個取れば勝ちだった。

しかしナハトは3個しか取ることが出来なかった。

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