第5話 囲碁はしません。

ある日、それはわたしがターヤのお見舞いに行ったときのこと。

わたしはちょうどターヤの部屋のドアを開けるところだった。

わたしが開けるより早く、部屋のからドアが開けられた。

部屋の中から出てきたのは男の子だった。

いい感じの男の子。

可愛い系の顔ではあるけれど、イケメンと言っても差支えない端正な顔立ち。

町ですれ違ったらその日一日が嬉しくなるようなレベル。


「ど、どうも」


男の子は軽くお辞儀をして、わたしの横を抜けていった。

わたしはターヤの部屋に入る。


「やぁ、ターヤ。今日も可愛いわね」

「あら、入れ替わりであなたが来たの」


わたしの特異な挨拶は触れてもらえなかった。


「さっきの人は?」

「名前はナハト。入院仲間よ」

「あっ、患者さんなのね」

「入院している部屋が近いの。たまに廊下ですれ違うから挨拶していたら少しずつ話すようになったのよ」

「どんな話をするの?」

「他愛もない話よ。今日、お見舞いに来てくれた人がくれたお菓子が美味しかったとか」

「毎日サリネという可愛い子がお見舞いに来てくれるとか?」

「あなたの話題をしたことは一度もないわ」

「……話題にしても良いのに……」


ターヤの口からわたしの話題が出るところを想像すると、嬉しいものがある。

ターヤも日頃からわたしのことを口にしていないのかしら。

わたしはしょっちゅう学校の友達にターヤの可愛さを伝えているのだけれど。

それにしても、口にするって言い方は言葉にするって意味だけど、いやらしくないかしら?


「いつもは適当に喋ってばかりだったけれど、今日は珍しくゲームをしたわ」

「ゲーム?」

「ナハトがお見舞いの品として友人に持ってきてもらったそうなの。囲碁を」

「囲碁!?」


この国にも囲碁はあったのか……。

わたしの前世は日本だから囲碁を見る機会はあったけれど、こっちに来てからは存在も忘れていた。

囲碁。

二人で交互に盤上に石を置いて、自分の石で囲んだ広さを競うボードゲーム。


「あなた、囲碁を知っているの?」

「ええ、まぁ……。ルールは知っているわよ」


相手の石を囲ったら取れるってことくらいは知っている。

整地もできる。

前世の小さい頃に本を読んで覚えた。

対局相手があんまり見つけられなかったから、そんなにのめり込んではやらなかった。


「珍しいわね。私はさっぱりだったのよ」

「だった?」

「さっぱりだったからナハトに教えてもらっていたのよ」

「そ、そんな楽しいことをしていたの!?」


ターヤに手取り足取り密着して教えてあげるなんて……。


「まぁ、楽しかったわよ」

「ぐぬぬ……」


羨ましい……。

わたしはほぞを噛む重いだった。

ターヤに「楽しかったわよ」って言わせるなんて。

一度だけ見たナハトという少年に嫉妬心がめらめらと湧いてきた。


「あっ、囲碁セット、そこに置きっぱなしね」


ターヤは指差す。

客用のテーブルの上に碁盤と碁石が置いてあった。


「これ、さっきまで使っていたの?」


「そうよ。ナハトが持って帰るのを忘れていたのね。あなた、ナハトの部屋に持って行ってくれないかしら?」

「わたしが?」

「ええ。あなたが」

「ここに来たばっかりなのに、すぐ帰れと?」

「2145室よ。ここから帰る途中にあるから、ちょうど良いわよ」


ターヤはわたしをすぐにでも帰らせようとする。

いつものことである。

しかし今日は理由が強い。


「よし、せっかく囲碁セットがあるから、わたしと一局しましょう!」

「いやよ」


流れを変えようと提案したのに一蹴されてしまった。


「なんでぇ?」

「わたしはルールを覚えたばかりの初心者なのよ。どうせ、あなた強いんでしょ?」


…………どうだろう? ルールを知っているくらいで上達するために頑張ったことはない。


「いいじゃない。わたしと遊びましょうよ!」


わたしが強いかどうかは実際に遊んで確かめれば良い。

そう思ったのだが、ターヤは別のひらめきを得ていた。


「あなたがナハトに勝ったら遊んであげるわよ」

「え!?」


まさか一緒に遊ぶために条件を付けるとは思わなかった。

いつもなら嫌々ながらも押せばOKしてくれるのに。


「私と囲碁をしたかったら、ナハトに勝ってきてね」


ターヤはわたしを体裁よく追い出そうとする。


「ナハトって強いの?」

「プロ一歩手前って言っていたわよ」

「めちゃくちゃ強いじゃない!?」


ルールを覚えただけのわたしとは天と地ほど差がある。


「というわけで行ってらっしゃい」


ターヤはわたしを追い出すように手を振った。


わたしは渋々、囲碁セットを持ってターヤの部屋を出る。

こうなったら仕方がない。

なんとかしてナハトに勝つ方法を考えなければ。

しかし、相手はプロ並みだという。

ルールを覚えただけの初心者に勝つ見込みがあるとは思えない。

どうしようこうしようかとあれこれ考えながら廊下を進む。

自分の鞄を覗いて使えそうなものを探す。


「これで行ってみるか」


2145室に到着。

こんこん。

ドアをノックする。


「はい?」


部屋の中からナハトの声がした。


「石拾いをしましょう!」


わたしは宣戦布告をした。





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