第23話 第三紀魔法大戦の英雄霊
呪いの解呪者とノア・カーティスを、できる限り結びつけたくない。
オードリー嬢とエミリア嬢に話しかけるとき、だから俺だっていうことが隠せるマスクとかマントがあったらいいんだけど、もちろんそんなものを用意なんてしていない。最悪、カーテンかテーブルクロスを頭から被るか。そう考えながら廊下の角を曲がったとき、それが俺の目に入った。
甲冑が廊下に飾られてた。兜から鉄靴まで一式そろってる。
これ、いけるんじゃないか?
俺は甲冑を着たことがないけど、便利な魔法があるのは知ってる。胸当ての中央に描かれた魔法紋に魔力を流したら簡単に着脱できるんだ。魔法紋には持ち主以外がいじれないように保護鍵がかけられてるけど、調べてみたら一般的な構造だったから外すのは簡単だった。
解錠して、俺の魔力を注入して、「解体」って唱えたら甲冑がバラバラになった。床に落ちたら大きな音がたつから、解体された甲冑をあわてて風魔法で浮かせる。きっと解体の手順があるんだろうけど、そこまでは知らないんだ。
「装着」
その命令で、俺の身体を甲冑が覆った。さて、これで俺は騎士の甲冑を着たことになるんだけど……無理、動けない。というか風魔法で甲冑を支えてないと、首が折れる肩が壊れる膝が砕けるとにかく全身重くてどうしようもない。
魔法で筋力を増強させるっていう手はあるけど、そもそもこの鎧は成人用だから俺には大きすぎる。それに緩衝用の服を着てないし、たとえ筋力があっても自力で動かしたら体のあちこちが絶対血まみれ痣まみれになる。
しかたないから、風魔法で甲冑を床スレスレに浮かせた。その中にいる俺は、外を見るために頭を兜に入れる都合上、足の先は膝当のあたりでプラプラしてる。浮いてる甲冑の中で、さらに俺が浮いてるっていう状態だ。
自分の脚で歩くわけじゃないから直立不動で、風魔法で押してスーッと進んでいく。ときどき腕当や脛当がぶつかってガチャガチャとうるさい。
さいわいオードリー嬢とエミリア嬢は元の場所にいた。甲冑がたてる金属音を耳にして、こっちに顔を向けた二人が、ぎょっとしたように固まる。
いまさらだけど、この格好はちょっと変かもしれないな。学園の廊下を甲冑が移動してたら、そりゃ驚くよね。騎士が甲冑で学園に来ることはほぼないし、生徒の訓練にしてもこんな完全装備で、訓練場じゃなくて廊下にいることはないだろう。
「どなた、ですの」
怯えたように、二人が後ずさる。俺は一歩前に出た、というか二本の足を交互に動かしてるわけじゃないから、両足をそろえたまますべるようにツツッと前に進んだ。その人間らしくない動きがよけいに恐怖心をあおったらしく、オードリー嬢とエミリア嬢が蒼白になる。
泣かれでもしたら大変だから、そのまえに話しかけよう。正体がバレないように喉に魔法をかけて、太くて低い声にした。
――こんにちは、ご令嬢方。私は怪しい者ではありません。お訊ねしたいことがあるんですが、いいでしょうか?
「おい、そこのキーキーわめいている低能たち。俺の質問に答えるという栄誉をあたえてやるから、泣いて感謝しろ」
オードリー嬢が眉根を寄せた。逃げ出さんばかりだったのが、一変して疑わしそうな顔つきになる。
「……ノアさま? なにをしているんです」
一発でバレた!
「はあ? ノアだと、それは誰だ」
「この学園でそんな尊大な口調の方は、ノアさま以外にいないでしょう」
「きさまは、学園の人間すべてを知っているとでもいうつもりか」
「違いますけれど、ノアさまですよね。どうして甲冑なのですか。まさか、わたくしたちを脅そうというおつもり?」
「たかが学園の生徒二人を脅すために、甲冑を持ち出すバカがいるか!」
「現に、甲冑を着て質問に答えろと脅してる方が、目の前にいらっしゃいますけど!?」
うーん、分が悪い。
まさか、こんなにすぐ俺だとわかってしまうとは。ここはさっさと用件を済ませて、甲冑の中身についてはうやむやにしてしまおう。
「黄巻バネヅタが、箒スズメを好んでいるのは知っている」
「……は?」
「その種類を教えろ。職人としてか? 個人としてか? それとも作品だけを好いているのか。このバカのなにがいいのかを言え」
「なぜ、わたくしがこのような子を好きだという前提なのです!」
「そ、そうですノアさま。オードリーさまがわたしを好きだなんて、おかしいです……っ」
「あなたは黙ってなさい!」
「ふぁいっ!」
エミリア嬢にまでノアだと看過されてしまった。しかたない、誤魔化すために、もう一歩攻めてみよう。
「ノアなどという小僧と間違われるのは我慢ならん。ワシは第三紀魔法大戦の英雄霊だ。きさまらごときが目にすることなどかなわんほどの高潔な魂なのだ」
「急に一人称が変わりましたわね」
細かいところは気にしないでくれるとありがたいな、オードリー嬢。
「でも……あの、ノアさま、その甲冑はヴァルドの乱以降のものですよね。第三紀魔法大戦より二百年以上あとの様式なんですが……」
もっと細かいことをいう人がいた! エミリア嬢、どうして甲冑の年代に詳しいんだよ。思わず兜をギギギッて彼女のほうに向けてしまったじゃないか。
「ひっ。騎士装束や馬具の歴史は、宝飾品を作る上で参考になるんですう!」
なるほどね。俺とティリーは強い騎士が好きで、物語を読んだり絵を楽しんだりしてるけど、年代をそこまで意識してはいなかった。見た目で、どの王の時のがカッコいいとか、どの国のが変わってるとか、そんなことをしゃべるくらいだった。
「先の時代に生きた者が、現代において後の時代の装束をまとってなにがおかしい!」
「おっ、おかしくありませんね!」
「よくもワシを侮辱したな。罰として、騎士の悔獄に連れ去ってやる」
騎士の悔獄は、騎士として不名誉だった者が死後に堕ちるといわれているところだ。「ワシ」は第三紀魔法大戦だかヴァルドの乱だかの英雄霊ということにしたから、おかしくはないだろう。この芝居自体がおかしいということは、見ないふりをしよう。
右腕を伸ばした。風魔法を使ってるけど、これあんまり効率がよくないな。重いっていうのは、重力が働いてるからだ。だったら重力に作用する魔法のほうが効率的かもしれない。それって、どういう魔法になるんだろう。星の力なら天文学か? 俺、そっちはあんまり勉強してないんだよな。ここが塔だったら、思いつきを話せばノッてくる魔法狂がゴロゴロいるのになぁ。
少し塔が恋しくなりながら、エミリア嬢の肩に手をのせた。手を上にあげるのと同時に風魔法で彼女の体を浮かせる。スカートを巻き上げないように、靴の裏にだけね。そのままだと体の均整を崩しそうだから、肩にかけた手で重心の調整もする。これで、はた目からは俺が肩をつかんで持ち上げたみたいにみえるだろう。その状態で、今度はギチギチと兜をオードリー嬢に向けた。
「ワシは愚劣なおまえらと違い、心が広く慈悲深い。ゆえに選択肢をやろう。この女の技能。この女の心。この女が生み出すもの。どれか一つは残してやる。さあ、そこの黄巻バネヅタ、きさまが選べ」
「こんな茶番、つき合っていられないわ」
オードリー嬢はすっかり冷めた表情を俺に向けてる。エミリア嬢は、俺がなにをしたいんだろうって不思議そうだ。どっちも、俺の英雄霊設定をまったく信じてくれてない。つらい。
オードリー嬢の目は、大きくて目じりが上を向いてて勝気そうだ。その水色の瞳が細められた。
ピンクのくちびるが、小バカにするようにフッと曲げられた。
「そもそも、なぜ選ぶ必要がありますの。どれ一つとして、あなたがもっていけるものはありません」
「なんだと」
「すべてわたくしのものです」
なるほど。
すごく意外だった。でも、オードリー嬢はそういうことだって思えばいいのか。
彼女の答えに満足したから、鎧の指を開かせた。エミリア嬢の体は魔法で着地させたけど、彼女はぺたんと座りこんでしまった。びっくりしたんだろうなあ、ごめんなさい。
「きさまの虚栄など、ワシの前では霞もおなじじゃ。しかしその愚かな蛮勇に免じて、騎士の悔獄は許してやろう。ワシの慈悲深さに感謝しワシを敬うがいい」
退場の言い訳を口にして、まっすぐ立ったままスルーッと後退した。渡り廊下から離れると、鎧の踵を中心に一八〇度回って二人に背を向ける。魔法の操作にだんだん慣れてきたから、重い甲冑が氷の上をすべるように快調に進む。あっ、エミリア嬢を吊り下げてた右腕を下げ忘れて、水平に上げたままにしてた。
「あなた、本当に、いったいなにがしたいんですの!?」
背中で受けたオードリー嬢の非難が、もっともすぎて耳に痛い。
廊下を曲がったら、腹を抱えて笑ってるアルバートがいた。やつは、声を出さないように身を二つに折って苦しそうにしてた。楽しそうでよかったね、ムカつく!
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