第8話 魔法の演習授業

「ワシは、物理魔法演習を担当するキャメロンだ」


 入学二日目、午後には魔法演習の授業があった。

 生徒たちは、中庭の芝生で間隔をあけて一列に並ぶよう指示された。魔法が誤って発動したとき、できるだけ被害を抑えるためにだろうな。

 キャメロンっていう先生は、細くて鋭い目と大きなワシ鼻をした、歳をとった男の人だった。背が低くて背中が曲がってて、灰色の髪がわさわさ伸びてる。

 魔法を本業にしてる人は、たいてい髪を伸ばしてる。魔力は身体に宿るし、髪や爪は簡単に切り離して触媒にできるからだ。


「今日は、諸君らがあつかう魔法の種類を確認する。入学前に魔法種とレベルの申請はされておるが、実際に使っているところを見ることも必要だからの」


 この授業には、おなじ組の生徒が全員いた。専門に魔法学を選択した場合、魔法の属性を基準に組分けされるからだ。俺は属性はどれでもよかったけど、なんとなく物理で申請してた。

 魔法紋は、おおまかには放出する魔力の量によってレベル分けされる。最初の魔法紋はレベル一からレベル三までで、ここにいるほとんどの生徒がたぶんこの段階の魔法紋を刻んでるんだろう。


「これからいう魔法を使える者は、レベル一で三分間発動させるように。そのあと違う魔法に移る。魔法を三分間保つことができない場合は、絶対に無理をせず止めること。見栄を張っても、いいことは一つもないぞ。最初は火魔法じゃ。発動には、充分気をつけるように!」


 キャメロン先生の号令で、火魔法を使える生徒が呪文をつぶやきだす。魔法紋は、開きたいタイミングで、本人が呪文を唱える必要があるんだ。


「きたれ、火魔法。火よ、我が手の上に現れよ。発動せよ」

「火の魔法を使います。右の人差し指の先に、三シィエムの長さで、三分間燃え続けなさい。発動しなさい」


 みんな似たような呪文だけど、本当は「これじゃなきゃいけない」っていうのはないんだ。魔法紋のレベル一には汎用性のある呪文が刻まれてるから、持ち主があらかじめ入力されてるのをおぼえて使ってるっていうだけだ。

 呪文は「魔法の種類」が最低限の条件で、「場所」や「規模」、「持続時間」、「温度」、「動き」っていうふうに細かく指定すればするほど厳密に魔法を使うことができる。ただし条件が増えると制御が大変になるし、魔力を食う。指定がなければ、魔法使いの思い描く魔法に近いものが発動はするけど、調整が効かないうえムダな魔力を消費しがちだ。どちらも一長一短なのだ。

 指先くらいの火を三分間具現化させられたら、最低限のレベル一の火魔法が使えたっていうことになる。レベル一の最大は、火の大きさなら大人の背丈を超すくらい、時間なら半日くらいだ。

 レベル二以降は、魔法紋が開放する魔力量が大きくなるのと、応用的な使い方が本格的にできるようになる。火っていっても、分厚い火の壁にしたり、料理や鋳造に使ったり、小さな火花をたくさん作ったりと、発現のさせかたは本人次第だからね。

 どんな魔法にしたいかを想像して、どうすればそれを実現させられるかを考えて試せる。それが魔法のすごくおもしろいところなんだ!

 火魔法を使える生徒は、三分の二くらいいた。俺は、手のひらに握り拳くらいの火を発動させた。


「次は、水魔法だの」


 水魔法のレベル一の最弱は、涙くらいの水滴を三分間発動させ続けることだ。


「うっぷ!」

「きゃっ、こっちにかけないでよ」


 一人の生徒が、自分の顔に大量の水を浴びせかけた。散った水が隣の生徒にかかって、怒られる。

 そうなんだよね、魔力をちゃんと制御できないと、思ったようには魔法が発動しない。ただ魔力を多く使えばいいってわけじゃない。だからレベル一っていわれて、レベル一の分だけの魔法を使うのは、初心者には重要な訓練なんだ。

 俺はキャメロン先生にいわれた魔法を出しながら、意識のほとんどを同級生たちの魔法に集中させてた。

 呪いのなかには、魔法に関わるものもある。それにそもそも呪いは魔力とからんでるから、この授業でわかることがあるかもしれない。

 でもなあ、「魔法の発動が早くなるが威力が落ちる」呪いと、「魔法の発動が遅くなるが威力が上がる」呪いって、普段のその人の魔法を知らないと判断できない。そういや水魔法といえば、「『水』に関連することばを口にすると靴の中が濡れる」っていうのがあった。地味にいやな呪いだな。とりあえず生徒の中に足元が濡れてる人がいないか目を凝らしてみたけど、わからなかった。

 大気魔法では、一定方向に弱い風を起こすことが求められた。


「土魔法は、この箱に入っている砂をあやつって外に出すことが課題じゃ」


 たしかに、いくら土魔法を使うからって、目の前の土を動かして芝生をボコボコにしちゃダメだよね。

 土魔法では、一つ発見があった。みんなが「土の魔法を使う。対象は見えている箱、砂を……」みたいに唱えるなか、こんな呪文が聞こえたんだ。


「土魔法。箱の砂がすべて外に出る。発動」


 砂が、掘り返されたみたいにガボッと持ち上げられて、箱の横に山形に盛られた。


「ワットじゃな。君は、専用紋を持っているのかね」


 キャメロン先生が、肩幅の広いずんぐりした生徒の前に立った。


「はい。俺は土魔法の適性が高かったから、農地を耕せるように専用紋を刻みました」


 ワットはさらっと言ったけど、これはなかなかすごいことだ。

 一般の魔法紋は、魔法を効率よく使えるようにするためのもので、呪文や魔法の規格が決まってる。だけど、規格にはない魔法や特定の魔法を頻繁に使う場合は、その魔法専用の魔法紋を構築したほうが効率がいい。それが専用紋といわれるものだ。

 専用紋は注文主に合わせて一から作られるんで、かなりの高額になる。遊び気分で発注できるものじゃない。だからワットは、レベルが高くて独特の土魔法が使えるんだろう。機会があったら、専用紋をみせてほしいなあ。


「土魔法を使える人間は、これで全員か? では雷魔法に移る」


 雷魔法では、右手全体にピリピリっとした刺激を起こさせられた。これは肉眼では確かめられないくらい弱いから、キャメロン先生は生徒の手にふれていった。

 代表的な物理魔法の魔法種は、これくらいだ。そのなかでも今回はわかりやすいものが選ばれてる。おなじ火の魔法でも、火で火を防御したり、火の効果を打ち消したりするものだってあるからさ。

 キャメロン先生は、魔法を発動させた生徒一人ひとりを丁寧にみてアドバイスをしてた。だから雷魔法の確認が終わったときには、けっこう時間がたっていた。

 そろそろ授業が終わりそうだから、他人の魔法に集中させてた意識を解放した。

 まわりがザワザワしてた。

 あれっ、俺が注目されてる? だけど俺、ずーっと口を閉じてたよ。誰にもひどいことを言ってないよね。

 キャメロン先生が、俺の前に立った。そういえば、先生が俺のところに来たのはこれが初めてだ。


「ノア、魔法を止めてよろしい」


 んっ? 指摘されて気がついた。

 みんなの魔法がおもしろくて気をとられて、一回使った魔法を消すのを忘れてた。だから俺の周囲では、小さい火と、流れ続ける水の筋と、風と……とにかく授業中に指示された魔法がぜんぶ発動したままだった。

 わははー。いやあ、うっかり、うっかり!


「なにを見ている、虫ケラども」


 みんな、ピャッと俺に背を向けた。だけど近くの生徒たちが、「最初に出した火、ずっとおなじ大きさで三十分以上燃えてたよね」って話してるのが聞こえた。おっ、いいところに着目したね! 魔法は、一定の魔力で安定した発動を続けるのはそこそこ面倒なんだよ。それに気がつくとは目が高い。

 俺は、レベル一の魔法なら何日か使い続けられる。だけど、これくらい小さな火に抑え続けるのが少しだけ手間だったりする。

 ほかにも、「物理魔法をぜんぶ発動するって、ありえる!?」とか、「しかも同時に使い続けてる」とか、「詠唱してなかったよな……?」なんて声もあった。


「塔の秘蔵っ子が学園に入学したというのは、本当だったのじゃな。ノア、君は塔ですでに魔法を研究する側だときいておる。しかも固有魔法の使い手……大魔法使いじゃ」


 はーい、そうです、大魔法使いです。といっても、たいしたことはできません。

 秘蔵っ子っていわれてるのも知ってます。でもそれは、小さいころから塔に通ってるっていうだけなんだけどね。俺が魔法紋なしに魔法を使ったから、塔は否応なしに受け入れざるを得なかった。追い出されなかったから、そのまま居座ってるだけっていうのが真相だ。

 キャメロン先生のもともと大きくない目が、しわに埋もれるくらい細められた。


「学園は、学びたい人間に門戸をひらく。その理念は揺るがない。じゃが、学園で魔法学を学ぶことで、君が得るものはあるのかね?」

「俺の志を、きさまに語れと? 話すだけムダだな。きさまにできるのは、よけいな詮索をしないことだけだ!」


 先生にまで、こういう口のききかたをしてしまうんだよなぁ。

 呪いの持ち主を探すためなんです、でもそうは言えないんです。それに授業はおもしろかったです。普通だったらこういうふうに魔法を学んでいくんだって体験できるのは、楽しいです。それに、同年代の魔法をみるのはすっごく興味深いです。生意気な口をきいてごめんなさい。どうかキャメロン先生の魔法の授業から追い出さないでください!

 俺が心の中で必死に願ったからなのか、それとも生徒の気持ちを尊重してくれたからなのか、キャメロン先生は俺にこれからの授業を受けるなとはいわなかった。

 その日の授業がぜんぶ終わったあと、教室から出ようとしたら、アルバート王子が「さよなら、ノア」って声をかけてくれた。ほかの同級生たちは俺を遠巻きにしてたから、ちょっとうれしかった。

 気持ちがほっこりした俺の返答は、「声をかけるな、ウザい」だったけどね……。

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