第7話 大魔法使いと呼ばれる者

 入学した翌日、俺はどよーんとした気分で学園の門をくぐった。

 だってさあ、昨日は王子さまに横暴きわまりない態度をとったわけだよ! いくら生徒に身分差は適用されないっていったって、限度があるだろう。というか相手が王子じゃなくたって、人としてあの対応はダメだ。

 これからの中等部での人間関係が不安でしょうがない。

 胃のあたりを押さえながら、教室に入った。

 なんか歌ってる人とか、窓のところで両腕を広げて「うるわしい朝だ!」って太陽にあいさつしてる人を避けながら席に着く。俺は、遠巻きにされてるかんじ。わかる、下手に関わって、ののしられたらたまらないよね。そういうのがスキな人ならともかくさ。不敬罪に巻きこまれたくもないだろうし。


「おはよう、ノア」


 そんな俺に、奇特にも隣からあいさつしてくれた人がいた。アルバート王子だった。えっ、どうして。


「君は中等部からの入学かな」

「不快だ。人に訊ねるまえに自分から話せ」

「たしかに、そうだ。私は中等部からの入学で、知り合いは少ない。せっかく隣の席になったんだ、君と親しくできればうれしい」


 手を差し出された。右手を握り合うのは、イスヴェニア王国では敵意はないことを示す一般的なしぐさだ。


「初等部にいなかったことが、親しくする理由になるわけがない。だいたい、そんな生徒ならこの教室にも多くいる。そいつらを相手にしてろ」

「なるほど、それは道理だね」


 俺は手をとらないのに、アルバート王子は右手を引っこめない。それから、やわらかく笑った。うわあ、なんか王子の後ろに花がぶわっと咲いたみたいにみえた。もちろん錯覚だけど、それくらいきらびやかだったんだ。


「はっきり言ったほうがよかったか。私は、君と仲良くしたいんだ」

「意味がわからんな」


 これは、俺の本心とセリフがほぼ一致した貴重な瞬間である!

 本心をさらに補足するなら、(なんで!? あの態度でどうしてこうなった! この王子さま、わけがわからないーっ)だ。


「君といると、楽しそうだ」

「俺は、まったくそう思わん」

「私のことを知らないだろう。試してみてもいいんじゃないかな」


 アルバート王子、どうした。なんで俺にグイグイくるんだ。えっ、ひょっとしてののしられるのがシュミとか、そういう人なわけ。


「君は、人の反感を買う言動をとりやすいね。でも、私はそういうところが楽しそうだといっているわけではないよ」


 いや王子、人の心を読まないでほしい。あと、きさまはムカつくって率直に言ってもらってけっこうです。なにより本人が自覚してマス。


「ただノアに興味をもったんだ。友だちになれればいいと思ってる」

「俺には不要だ」


 嘘です、友だちすごく欲しいです!


「おなじ組で、隣の席だろう。これからよろしく頼む」


 強引に手を握られた。振り払ったけど、花がワサワサ咲いてる笑みが返ってきただけだった。まぶしすぎて、めまいがした。なんだこの笑顔、王家伝来の武器なのか。

 しかしさ、友だちは欲しいけど、うれしいというより裏がありそうでコワイよ。だって、どう考えても好感をもってもらえる要素がない。

 仲良くなろうって喜ばせておいて、あとで冷たくするとか? 俺がみんなにひどい態度をとってるから、その報復として? でも、そんなことをしてアルバート王子になんの得があるんだ。俺をおとしめたいだけなら、わざわざ機嫌をとるような真似をしなくてもほかに方法があるだろう。

 どう考えても、なぜ彼が俺を友だちにしたがってるのかが理解できなかった。



*****



 その日、最初の授業は、魔法の歴史についてだった。


「イスヴェニア王国は魔法大国だといわれてますが、それは国の成り立ちにまでかかわってきます。みなさん、すでによく知っているでしょうけれど、おさらいを兼ねて話しましょう」


 若い男の先生が坦々と説明したのは、イスヴェニア王国の建国の逸話だった。


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 イスヴェニア王国の国土は、広くて肥沃だ。

 千年の昔、豊かなこの土地をめぐって、多くの豪族たちが絶えず争いを起こしていた。

 戦乱の火が上がり続ける地に、あるとき一人の魔法使いが現れた。魔法使いは圧倒的な力をもっていた。そこで豪族たちの中でもとりわけ強い勢力を誇る三つの部族の族長たちが、魔法使いを自分の側に引き入れようとした。

 魔法使いは族長たちに、他の部族を制圧したあかつきにはどのような国を作りたいのかと訊ねた。

 一人目の族長は、卓越した部族が他を率いて、一つの大きな力になるべきだと憤怒していた。


「なによりも強く、どこよりも広く、いついかなるときも豊かな国を作ってみせよう」


 二人目の族長は、終わらない争乱のせいでつのる民人たちの怨嗟を深く憂えていた。


「信じるに足るものがあり、愛するに足るものがあり、そこで生きるに足るものがある国を作りましょう」


 三人目の族長は、さまざまな人びとが理不尽な理由で滅んでいくさまを長いあいだみてきた。


「力なき者が害されず、力ある者もまた害されることのない国を作ろう」


 魔法使いは、三番目の族長を選んだ。

 族長は魔法使いとともに大地を平定し、イスヴェニア王国の初代国王となった

 初代国王は、己とともに戦った魔法使いを重用して、魔法を国中に広めた。

 これがこの国の始まりであり、また魔法が盛んな理由でもある。


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「初代イスヴェニア王が望んだのがどんな国だったのかについては、当時から現代にいたるまでさまざまな議論を生んでいます。さて、みなさんはどう思いますか?」


 先生は生徒たちを四、五人に分けて、話し合いをさせた。俺が入った班がどうなったかは、まあお察しの通りだ。

 学園では、こんなふうに魔法のことを学ぶんだなあ。

 イスヴェニア王国には、魔法を学んだり研究する場所がたくさんある。学校ならイスヴェニア学園を筆頭に、初心者向けから専門的な機関まで国中に設置されてる。民間の魔法組合が訓練場を設けてもいるし、神殿が魔法を教える場合だってある。

 入学前に調べたら、イスヴェニア学園では初等部の第四学年で魔法学の基礎を習って、第五学年で希望者が魔法紋を刻んで使い方を勉強するように組まれていた。魔法紋を刻むのは早くて十歳になってから、一般には十二歳以上が推奨されてるからだ。

 小さい子どもは魔力がそう多くないから、魔法より生きるために使わないといけない。それに子どものころから魔力を使いすぎたら、体の発達が悪くなったり健康を阻害することがある。あと、小さい子が火や雷を使えるっていうのは単純に危ないしね。

 ちなみに、魔法をあつかう施設の中で一番研究が盛んなのは王立魔法学研究所で、通称「塔」だ。最初の研究所が塔のかたちをしてたからっていう理由で、いまもそう呼ばれてる。俺が六歳のときから通っているところでもある。

 俺は、例外的に六歳で正式に魔法を使うようになった。


『ぐるぐるだー』


 小さいころの俺の口癖は、「ぐるぐる」だった。

 人を見ても物を見ても、なにを見ても、『ぐーるぐるぐる、ぐるぐるー!』、『ヘンなぐるぐる』、『ぐるってない』みたいに話してたらしい。さぞ意味不明な子どもだったろう。両親はよく俺を見捨てないでくれたもんだ。

 ずっと俺は、自分の体の中をぐるぐるしてるものがあるって感じてた。そのうち、なんにでもぐるぐるがあるっていうのがわかるようになった。

 自分のぐるぐるをいじってたら、体の中だけじゃなくて外に出せるようになった。でも、ぐるぐるをそのまま出してもすぐ消えてしまうから、あんまりおもしろくなかったんだ。それで、消えないようにしようって試してた。


『できた!』

『おにんぎょー!』


 ぐるぐるを使えるようになった最初の記憶は、庭だ。土をかためて、もこっとした人間みたいなのを作ることができた。五歳くらいだった。三、四体作って、一緒にいたティリーと人形ごっこをして遊んだのをよくおぼえてる。

 「ぐるぐる」でいろんなことができるようになると、楽しくなった。高いところにある物を落として取ったり、ティリーに水でお手玉するのをみせたり、すり傷を治したりしてた。そして冬のある日、寒かったから火を燃やしてあったまろうとして、部屋を燃やしかけた。

 それを知った両親は、大慌てで医者や魔法使いを呼んだ。そのあと、いろんな人のところを回らされたあげく、塔でいわれたんだ。


『カーティス伯爵のご子息は、すでに魔法使いでいらっしゃいます』


 それが六歳のときだった。

 俺が「ぐるぐる」って呼んでたのは魔力だった。魔法紋なしに魔力を魔法に換えられるのは、常識から外れたことだった。しかも俺は魔力に自分が望む属性をつけることができたから、当時はけっこう騒がれた気がする。小さかったんで、あんまりおぼえてないけどね。

 子どもには、魔法紋を刻んじゃいけない。でも、俺は自力で魔法を使えちゃってたんだよね。だから、むしろ魔法を教えないほうが危ないって判断された。それに特殊な使い方だから、俺のことを調べる必要もあった。

 それ以来、俺は塔で魔法を学んだり研究してる。

 塔に行き始めたころ、ヴィクトリア塔長は何度もこう言った。


『ノア・カーティス、たしかにそなたは魔法使い、しかも大魔法使いです。けれど、そなたが子どもであることもまた事実です。それを忘れてはなりません。そなたもですが、とりわけ私たち大人がです』


 俺は普通の魔法使いじゃなくて、大魔法使いって呼ばれる種類の人間だった。

 大魔法使いっていうのは、普通じゃないかたちで魔法を使う人のことだ。俺みたいなやり方は、他の人はできないからね。かといって、大魔法使いがみんな魔法紋を必要としないわけじゃない。その人固有のやりかたで魔法を使う人間を、この国では大魔法使いっていってる。呼び方だけのことで、「大」がついてるからって他の魔法使いより上っていうことはない。

 いや、もちろん大魔法使いの中には、歴史に名が残るようなすごい人がたくさんいる。初代の王に力を貸したアレース。魔法紋の仕組みをつくった、魔法使いの祖っていわれるミナーヴァ。自然の力を借りて魔法を駆使した「愛されし者」。その弟子で、付与魔法の基礎を築いた糸のモルタ。

 最近の偉人だと、もちろん新しい魔法をこれでもかってくらい生み出した豊穣のグラン・グラン。俺個人としては、箱に魔法を封じるなんてせずにいてほしかったグラン・グラン。

 いい使い方ばかりじゃなくて、帝国を滅ぼしかけた大魔法使いだって何人かいる。

 有名な大魔法使いは本人たちがすごかったからで、名前を残さなかった大魔法使いの方が数はずっと多い。つまり、「大」魔法使いだから優れてるっていうわけじゃないんだ。

 塔の人たちは、子どもの俺の健康にすごく気をつかってたみたいで、魔法を使う量や時間は厳しく制限された。


『ベイリー! またノアを遅い時間までつき合わせましたね!』

『やー、だって、キリがいいところまでやっときたいじゃないですか。ノアも喜んで賛成したし』

『ベイリーおよびノア、規則を破った罰です。一〇日間、塔の使用は午前一〇時から午後二時までに制限します。それ以外の時間帯は立ち入りを禁じます。ノアはそのまま帰宅すること。ベイリーは、他部署に派遣します。そこで仕事を手伝いなさい』

『うそぉ! やめてください塔長、どれだけ研究が滞るかわかってますっ? キミだっていやだよね、ノア!?』

『子どもを巻きこむんじゃねえ。なんなら腕にモノをいわせてやろうか、アン?』

『ギャーッ、塔長の傭兵顔が出たー!』


 まあ、ヴィクトリア塔長が決めた規則を守る人ばっかりじゃなかったけどね。とくにベイリーとか、ベイリーとか、ベイリーとかな!

 そのおかげか、いまのところ俺は体が弱かったり、同年代とくらべてすごく成長が遅かったりするということはない。そりゃ騎士なんかにくらべたらひょろひょろだけど、まだ成人してないんだ。毎朝ティリーと走ってるし、そのうち筋肉がついてムキムキになって、背だっていっぱい伸びるはずだ!

 そういう経緯だから、俺が魔法を使うときは魔法紋も呪文もいらない。属性に縛られることもない。ちなみに魔力量は人よりかなり多い。

 そんなふうに子どものころや塔でのことを思い返してるあいだに、授業は進んでた。


「弱い者っていうのはわかるよ。でも、どうして強い者まで保護される必要があるんだ」

「初代王は『力ある者』って言ったけど、それが強い者になるわけ?」


 俺の班でも議論が盛んだ。

 俺だって、自分の意見を出そうとはしたんだよ。だけど、「鈍才どもに教えてやる。涙して感謝しろ」って言っちゃった時点で、ああもうこれは話さないほうがいいなって心の中でため息をついたんだ。

 隣の班にはアルバート王子がいた。

 王子だからよく知ってる話題だろうし、話すのは慣れてそうだから、上手く仕切るんだろうな。どんなふうに進めるのかなってみてたら、彼はどうやら脇役になろうとしてるみたいだった。他の生徒に主導権を握らせたり、話させたり、考えを述べるようにうながしたりしてた。

 自分が前に出るんじゃなくて、聞く方に回ることができるのか。王子が自分の意見を通させたかったら、ひとことで済むだろうに、そうしたいわけじゃないんだ。

 授業は、それぞれの班でまとめた意見を発表して終わった。アルバート王子の班は、彼じゃない生徒が代表して発表して、俺的には王子への尊敬度が上がった授業となったのだった。

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