第6話 イスヴェニア王立学園入学

 イスヴァニアン王立学園は、王都にある学校だ。初等部には、だいたい八歳あたりで入学して五年間通う。中等部は十三歳くらいからで、学ぶ期間は三年間だ。貴族の子どもは、かなりの数が学園に行ってる。あとは裕福な平民か、特待生だ。特待生は、決められた分野で優秀だった場合、在学中の費用を全額免除される制度らしい。

 通学は、自宅からでもいいし寮に入ることもできる。俺は王都に屋敷があって両親と住んでるから、自宅通学組だ。

 貴族と平民が入り混じるからこそ、学園内で身分による上下関係をつくってはいけない。みんな等しく学園の生徒だっていう決まりになってる。

 入学は、半年前くらいから申し込んで準備するのが普通だそうだ。俺は直前の飛びこみだったけど、そういうこともたまにあるらしくて受け入れてもらえた。授業は、生徒全員が受ける教養課程と、専門にわかれる専門課程とがある。俺は、専門は魔法学を選んだ。

 これまで俺は、魔法と、魔法のために必要で俺に向いてる分野、たとえば物理学や化学、数学あたりは塔で学んでた。それ以外の基本的な勉強は、屋敷で家庭教師から教わった。

 俺が入学するのは、それまでの知識と年齢、それからこっちの希望との調整をとって、中等部の一年ということになった。


「中等部は、半数くらいが初等部からのもち上がりだね。少なくとも私が通っていたころは、そうだったよ」


 父さまの話をきいたとき、少しほっとした。ほとんどが初等部から上がってきた生徒だったら、疎外感がハンパないだろうってビクビクしてたのだ。

 だってさ、せっかく学園に行くなら友だちを作りたいじゃないか!


 そう、俺には友だちがいない。


 塔にいるのはほとんどが大人で、一番若い研究員が十代の終わりくらいのはずだ。ずっとそんな環境にいたから、俺には同年代の友だちがいなかった。

 だから入学して、広い部屋で学園の説明を受けて、自分の教室に案内されたときは、内心ウキウキしてた。まわりはみんな似たような年ごろなんだよ、こんなの初めてだ。

 イスヴェニア学園は制服制度をとってる。上は黒に近い藍色のジャケット、同色のベストに白のシャツだ。首には縞のネクタイかリボンタイを結ぶ。色は自由だけど、縞の太さに決まりがあるらしい。下は黒もしくは明るいグレーのパンツやスカートで、好きなものを着ればいい。制服は型だけが指定されてて注文先は自由だけど、仕立て屋はだいたい決まってるらしい。

 教室で、座る場所は自由だった。適当に後ろの席に腰を下ろしたら、隣の子が話しかけてくれた。やったね!


「はじめまして、僕はボブ。中等部からの入学組なんだ、これからよろしくね」

「この俺が、なぜ卑俗な輩と『よろしく』しなければならない」


 ハッと鼻で笑った。

 ……やってしまった。

 サヨウナラ、俺の楽しい学園生活。

 ガヤガヤしてた教室が静まり返った。俺に集まる視線は、恐れが視半分、非難が半分だ。ごめんなさい呪いのせいなんです、本当は俺もボブに「こっちこそ、よろしく! 俺も中等部からだし、仲良くできたらうれしいな」って笑い返そうとしたんです!

 泣きたい気持ちとは裏波に、俺の顔は偉そうな表情を浮かべてる。


「えっと、僕のあいさつが気に障ったのかな……」

「気に障る? 障りがあるほど、俺がきさまごときを気にするものか」


 ボブはまだ話しかけようとしてくれた、なんて性格がいいんだ。けれど俺は、けんもほろろに返してしまう。

 さすがに青ざめて固まってしまったボブの肩を押すようにして、彼の後ろから少年が現れた。


「イスヴァニアン学園の生徒に、身分の上下はないはずだろう?」


 ゆるく波打つ金髪に明るい緑の目をした、みとれるくらい整った顔の少年だった。彼は、俺をとがめるというより、考え違いをやんわり指摘しようという口調だ。俺に恥をかかさず、穏便にまとめようっていう気持ちが伝わってくる。よくできた、いい人だなあ。


「俺が、いつ身分の話をした? 卑俗かどうかは、人としての器の話でしかない」

「君と彼は、初対面にみえたけれど」

「俺以外の人間など、みな卑俗で低劣だ。もちろんきさまもな」


 教室にいる生徒たちの温度が、さっきの暴言の比じゃないくらい下がった。サーッて冷えたのが、肌で感じられそうなくらいだった。

 少年はまだなにか言おうとしたけど、先生が入ってきたから、みんな着席した。俺の左隣は、怯えたようなボブ。怖がられて空席になった右隣に、話しかけてきた少年が座った。すごい、勇気があるな。俺だったら、いきなりこんなこと言い出すヤツの横なんて絶対に嫌だぞ。

 教室には十五人くらいの生徒がいた。


「諸君、王立イスヴェニア学園に入学おめでとう。私はクラークという。この組の担当教師だ。授業はそれぞれ専門の教師が教えることになるが、組として動いたり、相談があるときは、私が受けもつことになる。私の専門は武術だから、剣技や体術の授業をとったら担当することになるな」


 クラーク先生は、三十代半ばの、大柄で顔も体もゴツゴツしてヒゲを生やした男の人だった。実戦で鍛えてきました! っていうかんじがする。

 先生は少し遠い目をして、「今年の担任には、なにかあったら腕力か魔法で生徒の対応ができる者が選ばれてな……」とつぶやいた。

 呪いか、呪いのせいか。こんなところにも影響が出ていたのか。

 入学する少し前に父さまが、お茶会の参加者には十三歳に近い歳の子どもが多かったって教えてくれた。第二王子が十三歳で、お茶会に出席していたからだ。王子は中等部から学園に入学する予定だった。だから彼と親交を結ばせたい多くの家が、子どもを参加させていたそうだ。当時の俺は入学するつもりはなかったし、両親がティリーを王子と親しくさせたいわけでもなかったから、気にしてなかった。あのままお茶会が進んでいたら、あいさつくらいはしたのかな。

 当然、この学園のその年頃の生徒が呪われている確率は高い。だから、いざというとき対応できる先生が担任になったんだろう。そうすると、クラーク先生は武術がすごく強いのかもしれない。


「まず、同級生を知ることから始めよう。右端から、名前と簡単な自己紹介をしてくれ。ああ、家名は必要ない」


 平民は家名をもってない場合が多いからだろう。貴族同士でも、家格に差がありすぎると遠慮が生まれるかもしれないしな。

 そういうわけで、一人ずつ立って自分のことを簡単に話すことになった。

 それが、混沌と混乱の時間の始まりだった。

 一番初めの生徒は、おとなしそうな女の子だった。


「ご機嫌よう、調子はどう? 自己紹介、やろうかい!」


 彼女は、半分歌うみたいに語呂よく語りだした。


「名前はノーマ、内気でノロマ。正直最初にしゃべるのは最悪。それでもやるのが淑女の最善。これからよろしく、みんなで親しく。盛り下がった? そういう空気! 当然だ? それこそ好機! サヨナラ体面、お役目御免!!」


 ノーマ嬢は、座るなり両手で顔を覆った。いやいやをするように頭を左右に振る。耳は真っ赤になってる。これ、自分からウケをねらった自己紹介じゃない気がする。

 呪われた人候補、一名みつけましたー。

 そんなかんじで、普通の自己紹介と変わった自己紹介が、だいたい半分くらいの割合で進んでいった。普通のだと「ジェフリーといいます。王国の歴史と火魔法に興味があるから、趣味が合いそうなら気軽に話しかけてください」だったり、気弱そうで眼鏡をかけた子が「エミリアです……。あの、入学できてうれしい……です……」ってがんばって言い終えたりというかんじだった。

 変わってるのだと、こんなのだ。


「やあ、オレはジュリアス。さっき自己紹介してたジュリア嬢、名前が似てるよしみでオレとつき合わない? フフ、そんなにびっくりしないでよ。オレの両親はバーケンデールにいる。雪が深い地方だけど、湖が多くてスケートをしたらおもしろいんだ。みんな気が向いたら来てくれよ。ところでジュリア嬢の後ろの人、そうそう薄茶の髪に黄水晶の瞳のお嬢さん。素敵な色だね、オレとつき合わない?」


「ベッツィです……膝。将来、魔法使いと騎士のどちらに進むかで迷ってます……膝。剣技の先生が担任で、とてもうれしいです……とくに膝の裏が六十度に、もういやっ! ……膝」


 ほかにも、言ってることはマトモでも自己紹介の間中肩をごきごき動かしてたニック、話しながらずっと眠そうに目をこすってたケイト、妙に教室のあちこちに視線を走らせるナンシーなんかがいた。

 つっこむ人間は誰もいなかった。

 入学前、全員の生徒に「表立ってはいえないけれど、ある魔法がアレになってソレして、学園内に呪われた人がいるかもしれないんで、そこんとこヨロシク」みたいな忠告があった。だから同級生たちが奇行を披露するたびに、同情するような空気が教室に流れた。

 こういう自己紹介にみんなが慣れてきたころ、一人の男の子が立ち上がった。顔も体もびっくりするくらいまんまるで、手もプクプクしてる。ズボンのポケットから、棒に刺さった丸いキャンディがみえてた。

 俺は、クラスメートたちが変わった振る舞いをするたびに、頭の中の呪い一覧とつきあわせてた。だから彼をみたとき、ひょっとしたらって思った。ただのふくよかさんかもしれないけど、もしもこの子がグラン・グランの被害を受けてるなら、たぶんそれは――。


「ぼくはトレヴァーです。みんな、きいてください。ぼく、呪われてます!」


 爆弾発言だった。

 教室にいる人間のだれしもが、これまでの自己紹介の最中に、「この子がおかしなことをしてるのは、もしかしたら例の呪いかな?」、「でも、呪われてるって本人に言っちゃいけないんだよね」と思っていたところに、この宣言だ。クラーク先生があわててトレヴァーの口をふさごうとしたけど、そのまえに彼は大声で言った。


「ぼくの呪いは、『まるいものを食べると、まるくなる』です!」


 予想してたとおりの呪いだった。

 トレヴァーの告白と同時に、俺の魔力が少し震えた。だからわかった、彼は嘘をついてない。人前で公言したから、彼の呪いはもう解けない。そして精霊との契約どおり、いま俺からトレヴァーの分の呪いが外れた。


「ぼくは、隣にいるパティの幼馴染です。ぼくは、パティと、将来もいっしょにいるつもりです。パティも、そうだっていってくれました。だけどぼくの親は、ぼくを別の女性を婚約させたがっています」


 呪いの内容に続いて、身の上話が始まった。度肝を抜かれた同級生たちは、緊張で震えるトレヴァーの声に耳を傾けることしかできないようだった。


「その女性は、事情があって、太った人間がすごく苦手なんです。彼女はぼくの気持ちをわかってくれて、二人して婚約を阻止しようとしましたが、うまくいきませんでした。ぼくは、太ろうという努力をしましたが、どれだけ食べてもやせっぽっちのままでした。でも、呪いのおかげでこの体型になれたんです! おかげで彼女の『太った人とだけは結婚したくない』っていう訴えを、あちらのご両親はききいれてくれました」


 トレヴァーが、隣の席の女の子を立たせた。自分はそのまえに片膝をつく。丸いお腹に右膝がめりこんだ。


「パトリシア・マグライエン嬢。どうか、トレヴァー・ヘンダーソンと結婚してください」


 ふわふわした茶金の髪のパティ嬢が、うれしそうに微笑んだ。彼女は、ふっくら焼けたパンみたいな手のひらに指を乗せた。


「パトリシア・マグライエンは、トレヴァー・ヘンダーソンさまのお申し出を喜んで受け入れます」


 突然の呪いの告白に続いての打ち明け話、そして求婚劇という怒涛の流れに、みんな呆然とするしかなかった。だけどパティ嬢がトレヴァーにうなずいたとき、近くの席の女の子が拍手をした。

 拍手はどんどん増えていって、教室中が二人を祝福した。


「おめでとう、トレヴァー!」

「ありがとう、名前を知らない人!」

「次に自己紹介するクロードだ」

「ありがとうクロード、わが親友!!」


 トレヴァーはまわりの人間と抱き合ってる。パティ嬢は女子たちにかこまれて祝福されてる。

 たぶん二人は貴族だろう。姓をもってる平民もいるけど、婚約関係でもめてるなら貴族の可能性が高い。昔は婚姻は家同士の結びつきだから個人の感情が入る余地はないっていう風潮だったけど、いまはそうでもない。それでもトレヴァーのところみたいに、こだわる家はまだまだあるんだな。

 いくらパティ嬢が「はい」って返事しても、家長が許さなきゃ正式に婚約はできない。だけど幼馴染で本人たちは好き同士で、計画を練ってたみたいだから、そのあたりはなんとかなりそうなのかな。そうだといいな。


「パティ、あとで詳しく教えてよ!」

「ええ、マーシャ。これからも頼りにしてるから」


 教室の一角が盛り上がってて、うらやましい。俺だってトレヴァーにおめでとうを浴びせたいけど、席に座ったままで我慢なのだ。だってさ、どう考えても暴言を吐く自分しか想像できない。だからお祝いに行かないのが、俺なりのお祝いなんだ。寂しい。

 俺の右隣の少年も座ったままだった。この俺に注意したくらいだから、人見知りってことはないだろう。むしろ、こういう場には入っていきそうにみえてたけど、どうして動かないんだろう。


「めでたい話に盛り上がるのはわかるがな、そろそろ自己紹介にもどれ」


 婚約祝いはいくらでも続きそうだったけど、クラーク先生が割って入って解散させた。

 まだ興奮が醒めないなか、自己紹介が続いていく。俺の隣のボブは、ベールス地方の出身だった。たしか牧草地が多くてのどかな土地だ。

 俺の番が来て、立ち上がった。


「ノアだ」


 手短にすませた。短いにもほどがある。でも、これ以上続けたら絶対クラスのみんなの神経を逆立てることを俺は言う。だから、最低限にしようって思ったんだ。でも俺が明らかに軽蔑した視線で同級生をねめつけて、ドカッと椅子に座ったら、ボブがガタガタ震えた。他の生徒たちも似た反応だった。

 しゃべっても、おなじだったかもしれない。

 次は、右隣の勇気ある少年だ。


「私はアルバートだ。この学園で皆と学べることを喜ばしく思っている。同級生には、個性的な人間が多いようだ。この学園にいるあいだ、少なくとも飽きることはなさそうだと確信したよ」


 みんながどっと笑った。アルバートは、「すべての生徒にとって、有意義な学生生活とならんことを願う」ってしめくくった。

 アルバート。十三歳。初対面の人間に注意をする勇気があって、人前で話し慣れてて、どうみてもものすごく育ちがよさそうで、にじみでる貫禄さえある。

 ……俺、顔をよく知らなかったんだよ。

 俺の右隣さんは、イスヴェニア王国の第二王子、アルバート・イスヴェニアだった。

 俺は初対面の王子さまに、「きさまは俺より卑俗で低劣だ」と言い放ったことになる。人生、終わったかもしれない。

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