第5話 のんびりカーティス伯爵家
「フッハッ、フッハッ、あと三周!」
「勝手に……やってろ……っ」
「兄さま、ちょっと持続力おちた?」
「体力バカのおまえとくらべるな!」
二日前、父さまは事情がもっとわかるまで休むようにって言ってくれた。でも体調が悪いわけじゃないから、俺は朝の日課を再開してた。
騎士志望のティリーは、毎日鍛錬してる。俺は、用事がなければ朝の走りこみにつき合ってる。魔法を使うにも研究するにも、体力は大事だ。
夏茶会の前から、塔でやることがいろいろ重なって、忙しくて朝の鍛錬を休んでたんだ。そのせいか、いつもよりキツイ。
走りながら、昨日の家族会議を思い返した。
カーティス伯爵家は、やっぱりのんびり屋だった。昨日、父さまが家族、つまり母さまとティリーを集めた。
『噂をきいているかもしれないが、夏茶会の日、王城で多くの呪いが振りまかれた』
父さまはそう説明して、俺に話したことをくり返した。そして最後に、呪われた人間は自分の呪いを特定されることを極端に恐れるから、詳しいことがわかるまでは、疑わしい人がいても問いつめないようにってつけ加えた。
母さまとティリーの視線が俺に集中する。母さまはこげ茶色の髪に緑の目だ。色合いは似てない二人だけど、顔立ちとか、はつらつとしてる雰囲気がそっくりなんだ。
母さまが、なぜか安心したみたいに息を吐いた。
『ノアが反抗期に入ったんじゃなかったのね。反抗期だとしたら、方向性がちょっと恥ずかしいわねって思ってたのよ』
俺、もしかして親に反発して、暴走してると勘違いされてた? ひぃ、それはさぞかし痛い子にみえていただろう。俺の名誉のためにも、誤解が解けてよかった。
『兄さまの中味は、兄さまのままっていうこと? だったら、なんにも問題ないよね』
『おいおい、おまえたち、私の話をちゃんときいていたのか? いくらノアが呪われたとわかったからといって、それを本人の前で口にしてはいけないよ』
一番マズイのは、いまの父さまの発言だと思うよ。
ティリーと母さまが、声をそろえて言った。
『だって、兄さまだし』
『ノアですものねえ』
『まあ、ノアなら思いつめるような性格ではないだろうがなぁ』
家族の俺への謎の信頼が厚い。こいつは魔法が使えるから大丈夫っていうんじゃなくて、呪いのせいで人生を悲観して崖から身投げするとか、そんなことはしないだろうっていう信頼な気がする。
そうだなあ、たとえば精霊契約がなく単に呪いにかかったんだとして、たしかに部屋に閉じこもってシクシク泣くってことはしない気がする。
俺も、のんびりカーティス伯爵家の血を引いているのだ。
昨夜の家族会議以降、ティリーは俺がなにを言おうといいかんじに解釈して聞き流すようになった。もともとティリーは単純なところがあって、だいたいのことは体を動かしたら汗と一緒に流れていくから平気! みたいな考え方をしてるしな。
「よぉし最後の一周、速度を上げようね!」
「この、体力お化け……ハッハッ……がっ」
屋敷の周回を終えると、俺はヘトヘトでティリーは余裕だった。
「兄さまが元気になって、よかった!」
「おまえごときが俺の心配をするなど、百年早い」
「百年たったら心配していいんだ。でも、そんなに待てないから、したいときに心配するね」
「皮肉も理解できない低能とはな」
「兄さまは、頭いいもんね!」
妹が超いい子。感動で涙が出そう。
「じゃあ、わたしは基礎訓練をするね」
走りこみが終わったら、ティリーは体術と剣術の基礎訓練をする。俺は、普段は汗を流してから塔に行くけど、今日は別だ。父さまをつかまえたくて、屋敷へもどった。王城に出勤するまえに、話しておきたいことがあった。
精霊は、どうやって呪いを解けばいいかを教えてくれなかった。だから方法を探るために、俺はまず自分にかかってる呪いを解いてみようとした。でも、ちょっと試しただけで、これ無理だ! ってわかった。
呪いは、魔力にからみついてる。
呪いを解くっていうのは、魔力から呪いを切り離すことだ。それが一般的な方法だ。
最初は、呪いを構成してる魔術式を分析して、呪いの分だけを俺の魔力から分離させれば解けるだろうって思ってた。だけど、俺の中では九十九の呪いがごちゃまぜになってる。いくらなんでも複雑すぎて手に負えない。これなら、まだ他人の呪いのほうが解きやすいだろう。
でもなあ、どうやって呪われた人と、その人の呪いを特定すればいいんだ。
一つだけ、手がかりがある。俺は九十九の呪いぜんぶと縁を作っちゃったから、呪いの効果名がわかってるんだ。精霊が言ったみたいに、たしかにバカバカしい。「バカの箱」っていうのはめちゃくちゃ納得できた。
俺の「神のように振る舞う」もひどいけど、ほかも似たりよったりだった。
――一日一回、人の名前が思い出せそうで思い出せなくなる。
――歌が好きになるけれど、ものすごく音痴。
こんなかんじで、なんだよそれ悪ガキのイタズラかってのが大半で、頭が痛い。
それに、発現したときどんなふうになるのか想像しにくいんだよ。俺の「神のように振る舞う」だって、それだけじゃ慈悲深くなるのか神言書の内容を口走るのか、それとも超傲慢になるのかわからない。
ほかの呪いだって、「相棒がいないとよく転ぶ」の、相棒ってなんだ、友だちとどう違うんだ? よく転ぶってどれくらいの頻度だ? とか。「いざというとき光る」の、「いざ」ってどんなときだよ。光るって、どこがどの程度だよ、とか。
グラン・グランは、自分だけがわかってればよかったんだろうな。そもそもゴミ箱行きの魔法だから、適当な命名しかしなかったのかもしれない。そのとばっちりを、いま俺が受けてるわけだ。
やっぱり、呪われた人と直接顔を合わせるのがてっとり早そうだよなあ。だけど、どうすれば会えるだろう。
そう考えたあげく、出仕前の父さまをつかまえて、俺は宣言した。
「イスヴァニアン学園に入学するぞ」
呪いは、魔力が少なかったり抵抗力が弱い人間がかかりやすいってきいた。一般的には、魔法を使い始めた子どもより、ずっと使ってきた大人のほうが魔力量が多い。魔法への抵抗力も似たようなものだ。
だったら、夏茶会の参加者たちは高い確率で呪いにかかったんじゃないか。参加者たちは同年代の貴族の子どもたちだから、イスヴァニアン学園に通ってる子が大半だろう。それなら俺が学園の生徒になれば、呪われた人間をみつけやすくなるはずだ。
「学園に? だがノアは、塔に属しているだろう」
「俺が行くべき価値があるのは学園だ。塔には、おまえが話をつけておけ」
「学園の新学期はもうすぐ始まるが、急げば手続きは間に合うだろうな」
学園は九の月から始まる。十三歳なら、中等部の一年生に入ることになるのかな。
「しかし、どうして学園に行くなんて言い出したんだ」
「おまえごときが解することができる理由ではない。仮に理解できるとしても、この俺に説明する手間をとらせるつもりか! おまえがすべきは、すみやかに入学手続きをすませることだけだ!!」
怒鳴りつけてしまった
父さまが、反射的に「了解しました!」って背筋を伸ばした。俺の迫力に呑まれたんだろうか。父さま、ひょっとして押しに弱いのかな。貴族社会で、それは大丈夫なんだろうか。
妙なところで判明した父さまの性格に一抹の不安を抱きつつ、こうして俺はイスヴァニアン学園に入学することになったのだった。
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