第7話
「詩音くん、体調は大丈夫ですか?」
昇降口前で、ある少女に声をかけられた。
花柄の髪飾りが特徴的な、おしとやかで生真面目な印象を抱く可憐な少女だった。
「うん、おかげさまで。あと課題届けてくれてありがとね」
「いえいえ。詩音くんが元気そうで良かったです」
彼女は藍原ななという。
先日、熱で学校を休んだ時に課題を家に届けてくれた人だ。
ちなみに僕と一緒にクラスの学級委員をしている。
「あ、そう言えば。詩音くんって妹さんがいたんですね」
同じクラスということもあり、共に教室まで行くことになった。
「あ……いるよ。言ってなかったっけ?」
「はい。初耳です。とても可愛らしい方でした」
「何か妹が失礼なことをしなかった?」
妹は家の中では狂気的な一面を見せるが、外では令嬢風な振舞いをしており、特に問題を起こさない。けれど、相手を敵対者と一度認識すれば、そこからは容赦がない。徹底的に相手を地獄の底まで追い込み、最後には――
過去の出来事がフラッシュバックし、身震いする。
突然の僕の不審な挙動に藍原さんは顔をしかめたが、特に問題がないと判断し、いつもの表情に戻って答えた。
「何もなかったですよ。それにしても妹さん、本当に可愛いですよね。私も妹が欲しかったです」
何もなかったことに安堵し、教室につくまで藍原さんと他愛もない話をした。
放課後。
何の問題もなく、学校での一日が終わった。
僕は部活動をしていないため、学級委員の仕事である日誌を書いて帰ろうとした。
(よし、今日の日誌も書いたし、あとはこれを先生に渡して帰るだけだね)
席を立って、職員室に向かおうとする。
「詩音くーん」
女子生徒に声をかけられた。
「藍原さん、どうしたの」
藍原さんだった。
「この後、暇かな?もし暇なら少し付き合って欲しいのだけど」
「うん、いいよ。その前に日誌を先生に渡してくるね」
たまに放課後、藍原さんと遊びに行くことがある。
遊びに行くって言っても、街中をぶらぶら歩いて公園に行ったり、適当に店に入ったりするだけで、計画性皆無のただの暇つぶしみたいのものだ。
よく想像される男女で遊びに行くデートみたいな感じは一切なかった。
「詩音くんって彼女いるの?」
近くの公園でベンチに座り、他愛もない話をしている最中に何気なく聞かれた。
「ううん。いないよ」
僕は深く考えず、答えた。
いつもは面白かった映画の話や漫画の話、学校での授業の話などをしていたから、藍原さんがこういった質問をするのは珍しかった。
「ふーん、そうなんだ」
藍原さんは興味がなさそうだった。
だから、ただの気まぐれで聞いたのだと思った。
「じゃあ、私と付き合ってよ」
「……え?」
あまりに唐突な発言に困惑する。
「ごめん。聞こえなかった。何って言った?」
「だから、私と付き合おう?」
「ん?えっとそれはどこか行こっていう誘い?」
「ううん。お付き合いをしようってこと」
藍原さんは普段通りの表情と声色で言った。
そこに恥じらいや緊張といったものがみえなかった。
堂々というよりかは、平然とした言い方で。
何気なく友達を遊びに誘うかのように。
藍原さんは僕に「私と付き合おう」と言った。
何が何だか分からなくて僕は混乱していた。
「あぁ、別に私が詩音くんのことを好きってわけではないんだよ?」
もっと混乱することを言わないでくれ。
頭がおかしくなりそうだった。
「でも、嫌いってわけでもないんだけどね。まぁ安心して?」
僕の目の前にいるのはいつもの雰囲気の藍原さんではなかった。
どこか家でのさゆりと似つくところがあるように感じた。
「それよりも私が好きなのは。詩音ちゃんなの!」
「はい?」
「つまりね。私は詩音の女装した姿が好きなのっ!!」
「えっと……それはどういう意味かな?」
「そのままの意味だよ!だって昨日、詩音くん女装してたよね?」
それを言われて昨日の出来事を思い出していた。
姉さんにお願いされて渋々、女装をして、そこに妹が帰ってきて――
ああ!!そうだ!!
思い出した。
姉さんに連れていかれた時に女装したままだった。
つまり、僕は女装をした姿で外にいたことになる。
そんな時にたまたま藍原さんが見ていたってこと?
僕の表情の変化に気付いた藍原さんはさらに驚くべきことを言った。
「これだよね?」
藍原さんはスマホをこちらに向けて写真を見せた。
そこに写っていたのは、女装した僕とその僕の手を握る姉さんだった。
「……」
「いつも見ても詩音ちゃん可愛いね!もう何枚も取っちゃった!」
「えっと……」
「あぁ、拒否権はないよ?もしこれが晒されたくなければ、私と付き合ってね?詩音ちゃん?」
藍原さんは恍惚な瞳で僕を見て、首を傾げた。
現在さゆりとギクシャクしている状態なのに、また新たな厄介ごとが増えて、僕の精神がどうにかなりそうだった。
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