第6話

玄関の扉を開けた。

なるべく音がたたないように気を配り、そそくさと自分の部屋に向かおうとする。

「おはようございます、お兄様」

居間からさゆりの声が聞こえた。

何の感情も感じさせない凛とした声で、普段通りのさゆりだった。

まるでいつもみたいに起床して、朝食を食べるために居間へ行き、さゆりの手料理を食べる日課のような振舞いだ。

それが何だか不気味で、恐怖感を煽る。

「あぁ、おはよう……」

さゆりはちょうど台所で調理をしている最中で、長ネギを適切な厚さに切っていた。

ザクザク。ザクザク。ザクザク。

光景はいつも通りなのに、なんでこんなにも恐怖を感じるのか。

僕には分からない。

「今朝は遅いお帰りのようで」

「……」

ザクザク。ザクザク。ザクザク。

ここで何か言葉を発したらいけないような気がして、口を慎む。

「もうすぐで朝食ができますが、食べていきますか?」

「あぁ、お願いします」

何故か敬語になった。


ダイニングテーブルには目玉焼きと味噌汁、ご飯といった非常に一般的な朝食が並んでいた。正面の席にさゆりが座る。

「お兄様、醬油を取ってもらってもよろしいでしょうか」

「う、うん……」

手近な醤油をさゆりに渡す。

さゆりは礼儀正しく一礼し、微笑む。

「ありがとうございます」

さゆりの一挙一動が気になり、胃が痛む。

一秒一秒が長く感じる。

朝食中、さゆりが何を言い出すか気が気ではなかった。


朝食を食べ終わり、部屋に戻って身支度を済ました。

そして学校に行こうとさゆりに一声かける。

「じゃあ、さゆり。学校行ってくるね。家を出るときは戸締りを忘れないようにね」

僕の高校はさゆりの中学とは違い、少し離れた所にあるので、基本的には自分が先に家を出ることになる。でも、たまにさゆりは部活動の関係で早く家を出ることもある。今日は部活動がないため、家を出るのは僕よりも後だろう。ちなみに両親は共働きで、早く家を出ているので、朝は自分たちと挨拶を交わさないことが多い。

「少し待ってください。私も一緒に出ますね」

珍しい。

何か学校に用事でもあるのかな……


「お待たせしました」

さゆりは優等生風にきちんと制服を着こなしていた。

端麗な容姿と相まって大和撫子な美少女であった。

贔屓目でみてもとても美しい。

多分、男女問わず好かれているんだろうなぁと思う。

「それじゃあ行きましょうか、お兄様」

「ん?」

「今日から私はお兄様と一緒に学校に行くことにします」

「え?僕の通学路から中学に向かったら遠回りになるよね?」

「はい。ですが、私は構いません」

ここで拒絶したら、後で厄介なことになりそうと直感的に思った。

だから、同行を拒否するのは止めておいた。

この選択が吉と出るか、凶と出るか――


「お兄様、手をつなぎましょう」

「え……なんでかな」

あまりに突飛な発言でぎこちなくなる。

「お兄様が迷子になったら大変だからです。妹の私が世話を焼いてあげましょう」

「それって普通、兄が世話を焼いてあげるのでなくて?」

「お兄様はとても可愛いらしいです。いつどこで汚らしい泥ネコに襲われるか分かりません。だから私が守ってあげようと思ったからです」

僕のことを犬か何かと勘違いしているのか……

「では、失礼します」

僕の了承も得ず、有無を言わせない圧力でさゆりは手をつないでくる。


後日。この光景をみた友達は「お前にも彼女ができたのか!?」と勘違いして、学校中に知れ渡っていたことはこの当時の僕は知らない。

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