第5話

姉の家に入るのは初めてだった。

入った瞬間、おしゃれで可愛らしいインテリアが目に入る。

ベージュ色のふわふわとした絨毯に小柄なテーブルが置かれていて、テーブルには簡素な可愛らしい小物系がたくさんあった。コップに小さなクマがぴょこんと顔を出している置物や小柄な時計、観葉植物などがポツポツと置かれている。

そして部屋の奥には薄ピンク色のベッドがあり、フリルのついた枕の側にはリボンをつけたテディベアがいた。

全体的に可愛らしさとおしゃれさが共存した部屋であった。

実の姉の部屋だけど、どこか緊張していた。

「夕飯まだだったよね?ピザでも頼もうと思うけど、どう?」

「う、うん。いいよ」

緊張しているせいか返答するまで少し時間がかかった。

「じゃあ、お姉ちゃーーんが美味しいピザ選んであげるね!」

先程の剣呑な雰囲気とは打って変わり、朗らかな表情で楽しそうな姉。

「お姉ちゃん嬉しいな。今日は詩音と寝れるんだから!昔は一緒に寝てたよね。実は一人暮らししてから、寂しかったんだよー。ずっーと詩音のことを考えていたんだから!」

姉さんは恍惚な瞳で僕をみつめた。

「詩音は可愛いなー、ねえ抱きしめてもいい?」

唐突な要求に僕はたじろぐ。

「えっと、姉さん?」

「だって!だって!お姉ちゃん寂しかったんだよっ!少しくらいお姉ちゃんのわがまま聞いて欲しいなー」

羞恥心を抱きながらも姉の勢いに根負けする。

「いいよ。恥ずかしいけど、それで姉さんが満足してくれるんだったら……」

「もう!大好きっ!」

ぎゅーっと抱きしめられる。

春の優しさを感じさせるような安心する匂いが僕を包み込み、柔肌な二の腕が服越しでも伝わってくる。

「ふうん♡可愛い♡」

姉はとても幸せそうな表情で僕の耳元にささやきかける。

「お風呂もお姉ちゃんと一緒に入ろうか?」

「いや、それはちょっと……恥ずかしい……」

「ぷうー!詩音が反抗期になった!」

冗談なのか、本気なのか。

姉は微笑んでいた。



ピザを食べて、入浴も済まし、あとは寝るだけとなった。

時刻はちょうど0時に差し掛かろうとしている時。

「姉さん、僕はどこで眠ればいいの?」

今日はいろいろあって疲れて、目もショボショボなり、眠りかけ寸前な状態になっていた。

「え?ここのベッドだけど?」

「ん?」

「だから、お姉ちゃんのベッドだよ」

「じゃあ、姉さんはどこで眠るの?」

「ここだよ?」

「え?」

「だってさっき言ったじゃん。一緒に眠ろうねーって」

「え?いやいや、それは流石に恥ずかしいよー」

「だーめ、今日はお姉ちゃんと一緒に眠るのですっ!」

そしてまたしても姉さんの勢いに負けるのであった。


翌日。

陽光が窓の隙間から漏れ出すのを目の端にうつし、気だるげな体をベッドから起こそうとした。

けれど、できなかった。

姉さんが僕の体を抱き枕のように強く抱きしめていたため、多少の力を入れないと起き上がることができないからだ。

姉さんはまだ寝ていて、とても幸せなそうな寝顔を浮かべていて、口の端にはよだれが垂れていた。耳を澄ましてみると、「詩音、だいすき~」と寝言を言っていた。

その光景をみてクスッと笑った。


「じゃあ姉さん、行ってくるね」

「私も行こうか?詩音だけで大丈夫?」

姉さんは心配そうな表情で僕のことを案じる。

「ううん。大丈夫だよ。姉さんも大学あるでしょ」

姉さんにこれ以上心配させないように、敢えて明るく振る舞った。

「いや、大学くらい……詩音のことなら……」

「だーめ。大丈夫だから!大丈夫だから!」

少し強引だったかもしれないが、このまま姉さんの側にいたら、何かしらの理由をつけられて、同行されてしまうので、急いで姉のもとから離れた。


今日は月曜日。

普通に学校はある。

しかし、学校に行くには一度家に戻って支度をしないといけない。

だから、僕は家にこっそり戻って学校に行く準備をしようと思った。

(はぁー本当に大丈夫かな。姉さんには心配をかけさせないように虚勢を張ったが、内心では不安に押しつぶされそうだった)

携帯を開くと、さゆりから1000件近くメッセージが届いているのを確認して憂鬱な気持ちが募るばかりだった。

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