第4話

「なんでお前がお兄様と一緒にいるの?」

虚ろな瞳でさゆりは首を傾げた。

「一応私も家族なんだけど?家族が家に居たらだめなの?」

さゆりの棘がある言い方に姉さんは警戒心を強くした。

一触即発な空気。

両者の睨みあいが場を凍り付かせる。

この雰囲気はまずいと思った僕はさゆりを宥めた。

「さ、さゆりお帰り。今日は早かったね。姉さんはたまたま家の近くまで来てたみたいで……」

さゆりは僕の声が聞こえてないみたいでブツブツと何か呟き始めた。

「け……」

ん??

「け?」

「消さなきゃ!消さなきゃ!」

とても不吉なことを妹は発した。

さゆりはスクールバックを投げ捨て、わき目もふらず僕のもとに寄ってきて、縋るように抱きついてきた。

「あー大変、お姉様の匂いがするわ!お兄さんが汚れちゃう!汚れちゃう!いま私が綺麗にしまいますねっ!」

さゆりは僕の頬にスリスリと自分の頬っぺたを擦りつけて、手を首にまわし、強く抱きしめてきた。僕が小柄ということもあり、強く抱きしめられると悶えてしまうぐらいに苦しかった。

「ちょっと、さゆり。く、苦しいよー」

僕の苦しみを気にもせず、僕だけが聞こえるように耳元でささやく。

「お兄様は私が守りますからね」

可愛らしくも凛とした声にわずかだが、棘があるような鋭さを帯びていたような気がした。


そして突然、唇が柔らかい何かに触れるような感触を覚える。

水気を帯びる感覚がする。

ねっとりとしたものが口の周辺を支配する。

ベロが口の周りを舐めまわしていた。

べとりべとりと付着する水気が何ともくすぐったい。


気づいたときには、さゆりの瞳が至近距離から僕のことを見つめていた。

その瞳には親愛な者に対して向ける、慈しむような確かな愛情が伺える。

さゆりの暴走を止めるために、僕がわずかに口を開くとその中に躊躇なくさゆりのベロが侵入し、僕のベロと呼応するように粘着し――。

あまりの衝撃に抵抗するにも力が入らず、さゆりのなされるままになった……


そう思った瞬間、急に右腕が引っ張られてさゆりの縛りから解放された。

顔を上げると姉さんが嫌悪感を強く露わにして、さゆりのことを睨んでいた。

そのまま僕を連れて玄関から一心不乱に外へ飛び出した。


家からわずかに離れた場所で姉さんは僕の右腕を解放して、口を開いた。

「ごめんね。痛かったよね。怖かったよね」

姉さんは悲哀に満ちる表情で僕を見つめる。

「今まで我慢してたんでしょ。ごめんね、お姉ちゃん何もできなくて。でもこれからは大丈夫だよ。お姉ちゃんが守ってあげるからね!今日はお姉さんのお家に泊まろう?お父さんに連絡しとくよ」

少し迷ったが、今から家に戻ってさゆりと対面するのは躊躇われた。

だから、僕は姉の提案を受け入れた。


突然の出来事で、焦っていた僕は姉との会話で冷静さを取り戻し、携帯から何百件もの通知がきていることに気付く。

それを確認してみると。

【お兄様どこにいらっしゃいますか?】

【すごく怖がっていることでしょう】

【でも、安心してください!私が邪魔者を消すので!】

【消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ消さなきゃ】

今日は安心して眠れそうになかった。

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