第3話

来訪を告げるチャイムの音が鳴り、僕は玄関の扉を開けた。

開けた瞬間、春の優しさを感じさせるような香りが鼻孔をくすぶる。

黒のブラウスにチェック柄のスカートを上品に着こなした素敵な女性が僕の目の前に立っていた。

「久しぶりだね、元気にしてた?」

1年前にみた印象と驚くほどに変わっていて、口が開かない。

その美貌に才色兼備なお嬢様を想起させるような可憐さと美麗さを感じた。

同じ空間で居ていいのかと思わせるくらいあまりの容姿に少したじろぐ。

「うん。姉さんも元気そうで良かった。お帰り」

姉さんは微笑んで言った。

「ただいま」

僕の実の姉こと、晴美はるみが家に帰ってきたのだ。


「どう?さゆりとは上手くいってる?」

先程入れた紅茶を一口飲んでいたところに、そんな質問がきてむせてしまった。

「だ、大丈夫!?」

ティーカップを受け皿に丁寧に戻し、何事もなかったかのように答えた。

「妹とは仲良くしてるよ。昨日は僕が熱を出して寝込んでいた時に看病してくれたり、休日は一緒に遊んだりしてるから。普通の兄妹みたいに仲は良いと思う」

姉が心配しないように仲が良いアピールをした。

別に嘘はついてないからな……

ただ本当のことを言ってないだけで。


「そっか、そっか」

気のせいだろうか。

常に微笑みを絶やさなかった姉の表情が少し陰ったように見えたのは。

「あ!そう言えば詩音にお土産を持ってきたんだ!」

姉は側に置いていた紙袋を僕に手渡した。

「ありがとう!嬉しい!なんだろう?」

僕は紙袋の中身を確認して絶句した。

「詩音に似合うものを選んだんだよー♪気に入ってくれると嬉しいなー」

紙袋から中身を取り出して机に置いた。

「やっぱり詩音はスカートが似合うと思うんだよねー」

そこにあったのはリボンやフリルがついた可愛らしいガーリー系な女性服だった。

「あとでお姉ちゃんが着せてあげるからね?」


そういえば姉が実家にいた時、よく女性用の服を着せられ、買い物などに一緒に行っていたことを思い出した。当時は中学生ということもあり、そこまで嫌悪感がなく気にしなく、これが普通なんだと思っていた。けれど高校生ともなれば抵抗が生まれた。徐々に恥ずかしいと思うようになっていた。

その時には、姉は大学に通うために一人暮らしをしていたので特に干渉はなく、気にすることもなかった。今となっては女性服を着るとなれば、かなりの抵抗がある。特に最近では妹のさゆりが僕に女装をさせようとしてくるので、女性服を着ることに対して嫌悪感が増すばかりだった。

「ご、ごめん。姉さん、もうこういうのは着ないんだ」

「え?」

姉はすごく残念そうな表情をしていた。

「ううん。詩音の嫌がることはしたくないから。詩音が嫌なら無理強いはできないね……」

ここで、さゆりなら「これはお兄さんのためなんです!」と意味の分からないことを言って手錠などを使って無理やり着せてくるけど、姉は僕のことを思って諦めてくれる。

これが姉と妹の違いなのかもしれない。

だから僕は姉のことを信頼しているし、好意的に思っている。

その結果、僕は姉に弱いのも知っていた。

「で、でも姉さんがどうしても見たいと言うのだったら、家の中だけなら着てもいいよ」

姉さんはとても嬉しそうな表情となった。



「あぁ詩音可愛いよ」

スカートの裾を整えた姉は正面から僕を見つめて言った。

「えっと、ありがとう?」

幼い容姿とリボンやフリルがついた洋服が合わさり、確かに街中で見かける可愛らしい女の子な様相であった。

でも、内心はとても恥ずかしくて姉の顔をろくに見ることができずにいた。

姉に着飾られているときはずっと天井をみて過ごしていた。

「詩音。お姉ちゃんのことちゃんと見て?その可愛い容姿を近くで見たいなー」

姉の顔が徐々に僕に近づいてくる

もう目と鼻の先までくると――


ガチャガチャ。

突然、玄関から来訪を告げる音。

「お兄様、ただいま戻りました」

凛とした声が聞こえてくる。

「あら?お客様ですか?」

玄関にある靴をみて判断したんだろう。

僕のその瞬間、背中に怖気が走った。

何か不吉な予感を肌で感じる。

何故だろうか。

見えてないはずの妹がすごい形相で居間に向かって来ているのが容易く想像ができたのは。

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