第17話 マスター・エルリック
……
「くっ……」
ドラゴンの存在感に気圧される二人。
「シーナは村の人達とフィオを遠くへ……私が時間を稼ぐ」
「でもアイツは!」
「ああ……あの時のヤツとは比べ物にならないくらい強敵だ」
唇を噛み締めるシーナ。
「行くんだ!」
ポルコが命令する、フィオを連れ、シーナは走り出した。
「みんな!出来るだけ遠くに!」
圧倒され身動きが取れない村人をシーナが引っ張る。シーナの後を追うように走り出す村人達。だんだんと遠くなっていくポルコの姿。シーナの背後で咆哮が聞こえる。
「ポルコ……」
苦しむフィオを見つめながら、ポルコの無事を祈っていた。
想像以上だった。
最初の砲撃をこらえたポルコ。ジェンダの連れていたドラゴンよりも強いことはわかる。だが、それでもこれは想定外だった。
民家も、小屋も、畑もそこで育てられた野菜たちもまとめて消し飛んだ。あたりは一面砂地へと変わった。
消された畑を見たポルコの脳裏に、ジン夫妻の姿が浮かび上がる。
さっきまでそこにあったのに……。
ドラゴンは恐ろしいほど凶悪な瞳でポルコを睨みつける。
「来る!」
全力で防御壁を作るポルコ。ドラゴンが鋭く尖る牙の並んだ口を開け獰猛な鳴き声をポルコに向ける。
押しつぶされそうなほどの衝撃波が襲う。ポルコは顔を歪ませながら必死にこらえる。
もう何分と持たない……ポルコは覚悟を決めるしかなかった。だが、諦める訳にもいかなかった。
衝撃波がやむ。が、動けないポルコ。肩で息をしながらドラゴンを見つめる。
ゆっくりと地上に降り立つドラゴン。一歩進むと、地面が揺れる。立っていられないほどの地鳴りに心を奮い立たせ、何とか立ち上がるポルコ。
逃げることしか出来ない。今のポルコにはドラゴンに有効な攻撃手段はなかった。
フィオ達はどこまで離れた……コイツは何が目的でココにいるんだ。
立ち止まったドラゴンがもう一度咆哮しようとする。意味が無いとわかっていても、足掻くように魔法を繰り出すポルコ。それは、ドラゴンの皮膚に傷一つつけずに虚しく消えていく。
試すか……。
出来ることをやるしかない。心を決めたポルコは、ドロイから奪った指輪を嵌めた。
「ぐわーーーー」
瞬間、ポルコの精神を何者かが犯す。耐えきれずに叫ぶ。何者かが視ている。冷たく恐ろしい視線。心が憎しみ、怒り、悲哀で満ちていく。
「フィオ、フィオ……ソフィ」
愛する者の名を呼び必死に抵抗する。が、何者かの顔が視界いっぱいに広がる。
恐ろしく冷たい目……蒼龍だった。
自我が薄れて行く……。
落ち着かないシーナはポルコの元へと戻るために走った。今の自分が役に立たないとわかっていても動くことを止めれかった。
ポルコが見えた。
大丈夫……まだ生きている。だが、様子がおかしいことに気づく。存在は確認できるが、存在感を感じない。不安に煽られ早くなる鼓動に合わせるように、シーナの足も早くなった。
「ポルコ!」
呼んでも反応しないポルコの顔を確認する、焦点の合わない顔……。身震いがするシーナ。
「ポルコ!ポルコ!」
何度も呼ぶが変わりはない。
これは!?指輪に気づきポルコの指からそれをむしり取るように奪った。
倒れるポルコ、何度も呼ぶが返事はない。鼓動を確認する、生きてはいるようだ。
凄まじい殺気を感じた。振り向いた瞬間、目が合うだけで命を絶たれそうな視線を向けるドラゴン。シーナが息を飲むと同時に咆哮が放たれた。
ああ……ここまでか。
シーナは自分の終わりを悟った。だが、それでもと……ポルコを守るため覆い被さる。
あれ?……何も来ない。
振り向き見上げると、エルリックがそこに立っていた。
ドラゴンの咆哮を、強力な魔力で防いでいる。
「す……すごい」
思わずでた言葉だった。
「久しいの〜シーナよ」
笑顔を向けるエルリックにシーナはしがみつく。
「マスター……」と……。
「ホッホッホ、良い良い」
「しかし、アレはヤバイの……数キロ離れた場所からでもビンビンと感じたわ」
「マスターはなぜここに?」
「ほれっ」
エルリックがシーナに投げたそれは、ドロイと戦った時に使った小さな杖。
「完成品じゃ、龍脈に自動で刺さってくれる優れものじゃぞ!苦労したわい」
新たなアイテムといつもと変わらぬエルリックに、安堵感が湧き上がるシーナは力が抜け、涙がこぼれそうになる。
「こらっ!泣くのは終わってからじゃ」
「はい!」
「では、ポルコを連れて急いでフィオの所へ行くんじゃ。アレはワシに任せ〜」
「でも……」
「大丈夫じゃ!殺れずとも、最低でもこの場を去ってもらうわ」
ニコッと笑うエルリック。
「わかりました。待ってますから」
「ホッホッホ……」
シーナが充分に離れるのを感じとるエルリック。
「お前はどっから来たんじゃ?」
ドラゴンに向かって話しかける。もちろん反応はない。
「来たんじゃないの……ここで産まれんじゃな」
「お前は、龍脈そのもの。すなわち蒼龍の分身」
龍脈を視るエルリック。先程シーナに渡した杖と同じものを取り出し狙いを定め、投げつける。
「ドンピシャ!じゃ」
それが地面に刺さると、ドラゴンから禍々しさが薄れる。
「これでやっと五分かの……」
そう言うと、ドラゴンに攻撃を仕掛ける。
エルリックが白い杖で地面を叩くと、ドラゴンの足元からデカいトゲとなった土が突き出す。ドラゴンは動きを封じられる。それを嫌がるように、暴れるドラゴン。咆哮を放ち、身体から出るオーラは衝撃波となってエルリックを襲う。
咆哮を防御壁で塞ぐが、衝撃波がそれを砕く。飛ばされるエルリックは身体が地面にぶつかる前に、空中へ瞬間移動。そして、ドラゴンの頭上に炎の刃を降らせる。充分に熱したドラゴンの身体に氷の雨を浴びせる。硬いドラゴンの皮膚にヒビが入る。
雄叫びをあげ身体からでた衝撃波でそれらを吹き飛ばす。
エルリックは怯むことなく、次から次にありとあらゆる魔法を放つ。
ドラゴンのオーラが少しづつ小さくなる。咆哮もだんだんと威力を失っていく。
「もう少しじゃ……」
そういうエルリックも、限界に近づいていた。
「全力の魔法はなしじゃ。今のアイツは小石をぶつけただけでも、己の魔力を無駄に使うじゃろう……ガス欠にしてやるわ」
勝利までの道筋をたてるエルリック。だがその時、龍脈に刺した杖にヒビが入る、それは一気に広がり粉々に砕け散った。エルリックの希望と共に……。
喪失感がエルリックを染める。だが、すぐに気を持ち直す。残った魔力全てを集約させるエルリック。
急げ……魔力がアレに戻るまでに。
ドラゴンに身を寄せる。
ポルコ……シーナ……二人の弟子の姿が浮かぶ。
「あとは頼んだぞい……」
微笑むエルリック。そして……
「メギド!」
〜〜〜
パチッ……
ポルコが目を見開く。
「ポルコ!良かった気がついた」
シーナがポルコに気づき、語りかける。
「マスターが……」
来てくれた!と話そうとしたが、ポルコは気にも止めず。取り憑かれたようにものすごいスピードで走り出した。
「ポ、ポルコ……?」
〜〜〜
何もない大地に立ち尽くすポルコ。
ドラゴンが猛威をふるっていた場所。今は、何の気配も感じない。
目の前にあるのは、雪の国の魔道士が身につけるペンダント……。
主を無くしたそれは、行き場を無くしたように土に埋まっている。
力が抜けるように膝をつき、ペンダントを握りしめる手。歯を食いしばり、堪えようのない涙が溢れる。
握り締めたペンダントから、感じるエルリックの温もり。
「マスター……」
戦闘のあとの荒れすさんだ大地をポルコの涙が濡らした。
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