第11話 赫龍と蒼龍

「シーナこっちへ」


準備が終わりポルコに呼ばれる。


「手を」


ポルコに右手を差し出す。小指ほどのナイフでシーナの右手を切る。


「痛っ」


「大丈夫だ。すめば治る……こっちへ」


そう言うと、ポルコは赫龍の像の頭上に手をかざすように支持する。

シーナの赤い血が、像にかけられる。


「ここに座って」


ソフィに言われ像の前に座る。手を組み祈りのポーズをとる。

大司がソフィの首に、ポルコと同じ紋章の入ったペンダントをかける。そして、呪文か何かを唱え出す。


「……この御魂を……赫龍の……」


およそ五分くらいたつとシーナは不思議な感覚に包まれる。


なにこれ、あったかい……身体から力が抜けていく。気持ちいい……その感覚がしばらく続く。そして、赫龍の顔がシーナの目の前に現れ、シーナはたじろぐ。実際は目を閉じているので、シーナの意識の中の出来事だが。そして、それはすぐ消え、儀式は終わった。


大司がシーナに儀式の終わりを告げる。


「ちゃんと受けられたようだね。わかるかい」


声をかけられ、目をあけるシーナ。いつの間にか右手の傷は塞がっていた。優しいなにかに包まれている感覚をシーナはそのまま口にした。


「うむ。それは良かった」


大司が優しく微笑みかける。


そして、シーナはすぐに。


「では、始めます」


立ち上がり、意識を集中させる。

赫龍の像から強いオーラを感じ取るそこから地上に伸びる光。


「視えた……龍脈です」


シーナの言葉にポルコが唾を飲み込む。他のものは、少しの歓声をあげる。


「それで……」


ポルコが恐る恐る尋ねるが、シーナは答えてくれない。しばらく、膠着状態が続き、シーナの額に汗が浮かぶ。


もっと深く、もっと深く……シーナは集中を高める。シーナに視えるのは、地上を這う赤い光。その一本、一本に意識を集める。その中に入っていく感覚をどうにかつかもうと藻掻く。

もう少し、もう少し……フィオ


フィオを思い強く願った。


突然、景色が変わった。地上を這う赤い光は消え、赤い光そのものの中に入ったのだ。


「やった!入れました!」


シーナは口に出したつもりだが、周りの者には届いていない。


赤い光の中でシーナは浮いている。フィオを見つけ出そうと動き出す。


どこまでも果てしなく続く気がした。終わりのない光の中をあてもなく彷徨うシーナ。


フィオを思うと、その時だけ何かを感じる。それに気づき、フィオの事を考えながら進む。


やっぱり、フィオはここにいる。


確信に変わったのは、フィオの匂いがしたからだ。匂いというよりは、フィオが普段から放っているオーラと言った方がいいかもしれない。フィオが側にいると、誰もが優しい気持ちになれる。あの感覚。


いた!フィオ!


進む先にフィオがいた。フィオはシーナには気づいていない。少しづつフィオまでの距離が縮まっていく。


もう少し……


「フィオ!」


フィオが振り返ると突然シーナが抱きついてきた。


「シーナ!」


驚くフィオ、なぜシーナが泣いているのかわからなかった。


「見つけた。フィオ!みんな待ってる。帰ろう」


フィオにはシーナの言葉の意味が理解できないでいた。フィオの反応を不思議に思い、シーナは我に返る。そして、経緯を説明しだした。


「聞いてフィオ、あなたはここにはいないの!あなたの体は動かないままずっと眠ってる」


何かを思い出そうと、必死なフィオ。


「う〜ん……」


シーナは続ける。


「ポルコとみんなで、パラディンまであなたを運んできた。私は加護を受けて、今ここにいる……」


「ここは、赫龍の中!」


その言葉にフィオは何かに気づく!


「来て……赫龍」


あの日の自分の言葉を思い出す。


フィオの目がパッと見開く。


「そうだ!私、赫龍を呼んだ」


シーナはもう一度フィオを抱きしめる。さっきよりも強く。


「ありがとう……シーナ。私のために、ここに来てくれたの」


「そうだよフィオのため。ううん、自分のため……フィオがいない世界なんて、ありえない」


「帰ろう、フィオ。みんな待ってる」


「うん。帰る」


微動だにしない、シーナとフィオを皆は無言で見つめている。


シーナまで戻って来れなくなるでは……ポルコの頭に不安がよぎる。それを感じ取るようにソフィがそっとポルコの手を握る。無言で見つめ合う両者、時間は静かにすぎていく。


「でも少しだけ待ってもらえる」


フィオがシーナに言うと、シーナが尋ねる。


「どうしたの?」


「もう少しだけ赫龍と話がしたくて」


そう言われ、辺りを見渡すシーナだが、赫龍なんてどこにもいなかった。


「へへっ」


イタズラに笑うフィオ。


「ずっとここにいるよ」


その瞬間、シーナの眼前に赫龍の顔が、儀式の時のそれだった。言葉にならないほど大きい存在、恐怖で逃げ出したくなるほどの怖い顔。だが、少しも怖くなかった。


「あ、あの優しい光はあなた……」


シーナが赫龍に問いかける。返事をしない赫龍の代わりに、フィオが答える。


「そうだよ、とっても優しい子なの……だけど……すごく悲しそう」


フィオは赫龍の顔に身体をあずけながら、両手で抱きしめるように言葉を交わす。


シーナにはただ視えているだけで、赫龍の感情も言葉もわからなかった。ただフィオを見ていることしか出来なかった。


フィオはしばらく赫龍と、おそらくだが言葉を交わしていた。


「それじゃ、行こう!みんなのとこへ」


黙って見ていたシーナにフィオが言った。


「もういいの?」


「うん」


「そっか、じゃあ帰ろう」


「うん。みんなのとこへ」


もう一度、フィオは赫龍に別れを告げる。そして、シーナと手を繋ぎ光の外へ……。


もうどのくらいたっただろうか、先程まで立っていた者は座り、座っていた者は立ち上がりを、何度か繰り返していた。


シャンテがエルリックに寄りかかり寝ている。さっきまで不安でいっぱいだったシャンテの寝顔をエルリックは優しく見つめる。


大司は、赫龍の像に何かを語りかけるようにただ見つめている。




「体……重い」


突然のフィオの声に一同の身体が反応する。


「フィオ!」


結んだ手をほどき、フィオの元に急ぐポルコ。


「ポルコ〜、体が重くて起きれないよ〜」


子供のような声を出すフィオ。その手を握るポルコ。


「良かった……良かった……」


「ホッホッホ、ずっと寝たきりだったからの、急には起きれまい」


とエルリック。

シャンテでが目を覚ます。


「フィオ!」


涙をいっぱい目に貯めてフィオの元へ。


「シャンテ!こんなとこまで!」


驚くフィオはゆっくりと体を起こす。

抱きつくシャンテの頭を優しく撫でるフィオ。

ソフィが起きるのを手伝ってくれている、ソフィに気づいたフィオは。


「ソフィ……会いたかった」


「ええ……私もよ。おかえり」


イタズラに笑みを浮かべフィオはポルコの方を見て。


「今度は本物だね!」


「こんな時に冗談を!」


照れるポルコに、訳の分からないソフィ。


大司は、シーナの元へ。


「大したもんだよ、あんたは……」


「いえ……でも。良かった」


シーナは胸のペンダントを握りしめる。


「会えたのかい?」


そう聞く大司に。


「はい。会えました」


「そうかい」


優しく微笑む大司は、シーナを抱きしめる。

フィオはゆっくりと歩き出し、シーナの元へ。

視線を合わせる二人。


「おかえり」


「ただいま」


ゆっくりと言葉を交わす。

皆もシーナの元へ集まり。思い思いのシーナを称える言葉を並べる。


「ホッホッホ、流石は、我が弟子」


「ありがとうお姉ちゃん」


「シーナ、よくやってくれた」


……


みなが賑わうなか、フィオは大司に何かを告げている。


「うむ……では、話す時がきたのかもしれないね」

一通り、フィオの帰還を喜んだあと皆は大司に集められた。


「フィオ、そして皆も、聞くのじゃ……これから語ることは赫龍と蒼龍の事……なぜ二匹はこの地に現れたのか」


無言のなか、大司が語りだす。


人がこの地に産まれ、数万年の時が流れた。時に、天災、厄災、人災によって数多の危機が人々を襲い、人々はこれを乗りこえてきたのじゃ。

だが、その都度。人々は絶望を知り、希望を抱き、憎しみを覚え、 寛大さを身につけ、いくつもの思いが産まれたのじゃ。幾千年、いや万年かもしれぬ。積み重なった人々の思いが形となって産まれたのが、赫龍と蒼龍なのじゃ。


絶望や憎しみから産まれた蒼龍。

希望や祈りから産まれたのが赫龍。


世界の理じゃ。どちらか一方だけの存在をこの世界は許さんからの。

相反する二匹は争いを起こした、数十年、数百年続く二匹の争いの中、多くの犠牲者がでる事で、人々の思いは負の感情に満たされていった。その結果、蒼龍の力が増し。赫龍は破れ、今この地に眠っている。

これが、赫龍と蒼龍。二匹の龍の真実じゃよ。


大司が語り終わる、皆は互いに見つめ合う。


「では、二匹を生み出したのは人ですか?」


ポルコが最初に口を開いた。


「そういうことじゃな……遅かれ早かれじゃが」


「なぜ今その話を……」


ポルコが続けた。


「フィオじゃよ……この子は赫龍と共にいたのじゃ。そこで、赫龍の異変に気づいた」


「異変?」


「うむ。フィオが赫眼を持つ者として産まれたのもおそらくそのせいであろう」


「フィオ」


ポルコの呼び掛けにフィオが語りだす。


「うん、ポルコ。赫龍がね悲しそうにしてたの。あったくて優しい赫龍がすごく悲しい顔をしていた」


意味がわからず、誰もがどうとも言えずにいるなか、エルリックが口を開く。


「蒼龍になにかおかしなことがあるのじゃろうよ」


「蒼龍に!?」


「うむ。それが何かはわからんが、あの指輪のこともある。関係ないとは思わんのじゃが」


大司が続く。


「フィオは宿命を持って産まれたのじゃ。しかし、フィオはフィオとして自分の運命を生きて欲しかったが、どうやらそんな簡単にはいかんらしいの。赫龍の女神として産まれたフィオ。そして、行動を共にするお前達に知っておいて欲しかったのじゃ」


「うん。ありがとう大司様」


「いい子じゃ」


フィオは大司にそっと身を寄せる。


「フィオに何をさせるつもりですか?」


ポルコが語気を強め大司に問う。大司ではなくフィオが答える。


「私は、赫龍を……ううん。世界を救いたい!」

「誰にも、もう傷ついてほしくない!」


フィオは言葉には出来なかったが、世界に異変が訪れているのを感じていた。それは、フィオだけではなくここにいる全員だった。


「怪しいのは、やはり……」


エルリックの言葉にシーナが続く。


「龍王の国」


一同が揃って頷く。


「あの力は異常じゃ。加護の範疇ではないわ」


エルリックが続けて。


「あれをどうにかせんと、世界を救うなんて言ってられんの。どうしたものか」


フィオが元気に!


「どうにかなるかも!」


その言葉に一同はいっせいにフィオに視線を移す。


「赫龍がね。手伝ってくれるって!どうしようもない時は、また呼べばいいって。言ってくれたの」


にわかには信じ難い言葉にポルコは。


「しかし、それが本当だとしてもまた……」


フィオが戻って来れなくなるのでは!と不安気な表情のポルコ。


「大丈夫だよ!私と赫龍を信じて」


「ホッホッホ、やはり面白い子じゃ」


エルリックが笑う。


「えへへ」


と笑顔で返すフィオ。


あどけない笑顔を向けられても疑問は残っていた。ポルコだけではなく。笑うエルリックにも、何も言わないシーナにも。


「蒼龍の地でも赫龍の力を使えると?」


ポルコが問う。


「そうじゃないみたい。そこは、今までと変わらない、どうしてもって時だけだって」


「残念じゃの……あの力があれば敵無しなのじゃが……」


とエルリック。


「二匹の間の問題じゃ」


と大司。


「しばらくは、赫龍の力だよりじゃな」


エルリックの言葉に、やはり不安を隠せないポルコ。


世界の理……その言葉が、ポルコの頭をよぎる。


「赫眼を持つ者が現れた」


ポルコが呟く。そして、続ける。


「ならば、蒼龍にも、何者かが……」


ことわりか……」


大司が言う。


「確かに、可能性は否定出来んの。だが、いたとしても龍王の国じゃろ、近づくことさえ出来まい」


答えの出ない問答が続く中、フィオが……。


「私、蒼龍に会いたい。会わなきゃ行けない気がする」


大司がフィオを見つめ。


「行くのかい、龍王の国へ」


「うん……」


「危険だよ……たどり着けないかもしれない」


「大丈夫!ポルコがいる!それに、シーナもアルクも!」


ゆっくり目を閉じ、大司は。


「決まりのようだね……」


フィオを見つめる。


「行こう、ポルコ。シーナ……」


「決まりだな……行くか」


ポルコは、シーナに目を向ける。

無言で頷くシーナ。


「あ!アルクは!」


とシーナ。


「な〜に。ワシが伝えるさ」


とエルリック。


真の目的を掲げ、また新たな旅が始まろうとしている。


第十一話 終

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