第10話 帰郷
ジェンダの襲来から一週間がたった。
王宮の一室、大きなベッドに横たわる少女と、それを見守る二人。ポルコとシャンテだった。
「フィオ……」
力の抜けた声で名前を呼ぶシャンテ。ポルコは黙って見つめているだけだった。あれから一週間、二人はずっとここにいる。
透き通るような白い肌が一段と美しく、薄いピンクの唇が可愛らしく。いつ起きてもおかしくないようにしているのに、まるで身体だけがここにあって、意識はどこかに行ってしまったみたいだ。
「やはり目覚める様子はないかの?」
エルリックが部屋に訪れる。
「はい……変わりません」
「うむ……」
会話に力のない二人。
「恐ろしい力じゃ……しかし、この子のおかげでワシらは、この国は救われた……どうにかしてやりたいの」
生々しく戦闘のあとが残る、王宮の外、シーナが一人。
「くそ……」
龍脈を探る。どこかにフィオを戻す手がかりがないか、一縷の望みを託し毎日続けていた。無駄だとはわかっていた。蒼龍の加護の中にフィオがいるはずがない。わかっていたが、じっとしてられなかった。
どこかでタカをくくっていた。私は特別だとそう思っていた。だけど、作戦は失敗、魔力がないと何も出来なかった。あったとしても……かなわなかった。
明るく笑うフィオの笑顔が頭から離れない。
アルクも同じだった。あの日から休まず修行を続けている。
「まだだ!そんなんじゃまた繰り返すよ!」
リンダの激しい激がとぶ。しかし、それは己自身にも向けた言葉だった。
敗北と言うには生ぬるい、次元が違う。一瞬でも相手に対し恐怖を覚えた自分が許せなかった。
修行はいっそう激しさをます。
フィオが眠る部屋、ポルコは安心など出来ずにいた。またいつ、奴らが狙ってくるかわからない。あんな方法を使われてはどう対処すればいい。答えの出ない問いかけを自分自身に問い続けた。
夕刻、ほぼ同時に、シーナとアルクそして、リンダがやってきた。シャンテは一日中フィオのそばを離れない。
ボロボロのアルク、憔悴するシーナが目に入ると、ポルコが告げる。
「フィオを連れて、パラディンに戻る……」
ポルコは続ける。
「赫龍のそばにいけば何か変わるかもしれない。大司様に会えば何か知っているかも……何よりここにいるよりは安全だ」
「たしかにな……ワシは賛成じゃ」
エルリックが頷く、そして続ける。
「城のなかには、襲撃を恐れている者もおるしの」
「そんな!」
ショックを受けるシーナ。フィオが守ったのに……。そう思っているが、原因がフィオだということもわかっていた。
「私もついて行く」
「ああもちろんだ」
シーナとポルコのやり取りのあと、アルクは難しい顔をしていた。自分に続かないアルクにシーナは違和感を覚える。アルクが口を開く。
「オレは、ここに残る」
シーナが見つめる。
「行ってもオレには何も出来ない、それに、まだまだ強くならなくちゃダメなんだ!」
いつも自分の後に着いてくるアルクが言った言葉にシーナは寂しく思ったが。それ以上に嬉しく、たくましく思えた。
「それは助かるな!正直ここの剣士を相手にするより、アルクの方が修行になる」
リンダの言葉に少し胸が踊るアルク
「互いにまだまだだからな!」
そう言ってアルクの肩に手を乗せる。
「わかった。だが、ここにもう一度戻るとは限らんぞ」
ポルコが言う。
「わかってる!追いつくさ!強くなって!」
力強いアルクの言葉にポルコが微笑み。
「ああ期待している」
「頑張って……」
シーナが続いた。
「ワシも行きたいところじゃが、難しいの。ここも守らねばならんしの」
「マスターが来てくださったなら大司様も喜んだでしょうに。仕方ありません」
ポルコは肩を落とす。
リンダが口をはさむ。
「行った方がいいんじゃねーか?アイツが着けてた指輪。よくわかんねーけど、あの異常な力はあのせいだろ。あんたが行って、その大使様ってのとなんか解明してこいよ」
「ホッホッ……簡単に言うてくれるわ」
「城のことなら、私がいるだろう。あの変な指輪をどうにかしてくれた方がのちのち助かるよ」
「うむ……」
少し考え込むエルリック。
「どうなるかわからんが、行くとしよう」
こうして、パラディンに戻るメンバーが決まった。
「僕も行く!!」
声の主はシャンテだった。目に涙を浮かべ必死に訴えるシャンテ。
「フィオは友達なんだ!初めて出来た友達なんだ」
「これは、これは困った王子様じゃ」
エルリックが説得するが、シャンテは頑として聞かなかった。
「かまわん!行ってこい!」
声の方に一同が振り返る。国王だった。
「世界を見るのも将来の為だ!行ってこい」
シャンテの顔が明るくなる。
「し、しかし国王……」
ポルコが不安気に訴えるが。
「世界一の魔道士とその一番弟子がおるのに、何も心配はなかろう!違うか!」
結局、圧に押され。しぶしぶ了承するしか無かった。
ポルコ、シーナ、エルリック。そして、シャンテの四人はフィオを連れ「パラディン」に上陸した。
「あったか〜い」
シーナの上陸して初めて口にした言葉がそれだった。
パラディンは、年中気候に恵まれ、緑の美しい大陸である。それに加え「氷の大陸」からきたとなるとその思いはひとしおだろう。
「すごい!キレイなとこだね!」
シャンテも似たようなものだった。
「懐かしいの〜」
エルリックがつぶやく。
「来られたことが?」
シーナが聞く。
「う〜んと、若い頃にな!」
ウインク付きで、エルリックが答える。
一同がしばらく歩くと、向こうから息を切らして誰かが走ってきた。
「ポルコ!」
ポルコにとって懐かしい声だった。
「ソフィ!」
ポルコに背負われたフィオに気づく。
「フィオ!」
心配そうにフィオの存在を確認するソフィ。
「一体、何があったというの!」
あなたが付いていながら!そう言われた気がしたポルコは、ソフィから目を逸らし。
「すまない……まずは大司様のとこへ……」
……
「わかったわ……急ぎましょう」
ソフィの様子を見てエルリックが
「心配するでないべっぴんさんや、ちゃんと生きておる」
「あなたは?」
「ホッホッホ、これはすまん。自己紹介が先じゃな。エルリックと申す、しがない老いぼれじゃ」
「エルリック?ポルコの!これは失礼しました」
少し慌てるソフィ。そのやり取りを見ていたシーナ。
驚いた本当にエルザさんにそっくりね!アルクが見たら大騒ぎね。一人残ったアルクを思い少しだけ寂しくなっていた。
ソフィは一同を神殿へと導く。
石造りの薄暗い通路を歩く、神殿の中へ入っても未だフィオに変わりはなかった。ここに来るだけでも、もしかしたら……という思いをポルコは抱き続けていた。
神殿の奥、赫龍の間で大司が待っていた。
「ポルコよ、フィオをこちらへ」
大司に促され、ポルコはフィオを赫龍の像の側に寝かせる。フィオに変わりはないが、赫龍の像は以前と同じように、赤い光を放つ。
「すごい……」
その光景に、シーナは神秘的な何かを感じる。
「話しておくれ……」
大司に言われ、ポルコは
「そうか、赫龍を呼んだのかい」
「大司様、何かわかりますか?」
ポルコが身を乗り出す。
「残念じゃが、私にもわからぬ。ただフィオの事じゃ、ポルコや大切な人の身に何かあれば、無理矢理にでも力を使うだろうとは思っておった」
「私が付いていながら……」
「いや……話を聞く限り、誰にもどうも出来ない状況であっただろう。その指輪の存在は厄介じゃな……エルリックお主はどう思っておる?」
「ホッホッホ、覚えておったかゾーラよ」
「たわけ!そこまで老いぼれておらぬ」
エルリックと大司は知り合いだったみたいだ。互いに呼び捨てで呼び合う間柄である。
「今のところ対処法は思いつかんの、そこのシーナとともに試してみたが、予想を遥かに超える代物じゃ」
大司はシーナを見る。
「視える者だね」
「はい」
シーナが答える
「その力もここでは意味が無い、気をつけるんだよ」
大司の言葉にシーナが気づく。ここに来てから一切魔力を感じないことを。
「どういうことですか?」
シーナの言葉に大司はエルリックの方を睨みつけ。
「エルリック、あんたそんな事も教えてないのかい!」
惚けるエルリックを
「単純なことだよ。視える者は蒼龍の力の中に身を置いている、自分の意志に関係なくね。蒼龍と繋がっているのさ、だからここ、赫龍の地では力を使えないのさ」
納得はしたけど、理屈はわからない。そんな表情のシーナ
「では、どうすれば?」
「どうしなくてもいいさ!どうしてもここで魔法を使いたいなら赫龍の加護を受けな。ポルコと同じように」
エルリックが口をはさむ。
「それはオススメせんの〜。加護を受けるとお主は、視える者ではなくなる」
ドキリと胸に手を当てるシーナ。
蒼龍と赫龍の関係……。
「兄弟喧嘩みたい……」
ポツリとつぶやく、シーナ。
大司とエルリックは声を出して笑う。
「面白い子じゃ、しかし遠からずってとこじゃな」
大司にエルリックが賛同する。
「でも、必要があれば私は視える者じゃなくなっても!」
「まぁまぁ、その時に考えればいい」
やり取りの中でシーナはある可能性に気づく。
「あの……今までに視える者が加護を受けたことは?」
「ないよ。なんでだい?」
「もしも、私が……視える者が、加護を受けると。今度は赫龍の龍脈が視えるようになる。その可能性はありますか?」
ハッとするポルコ。
「まさか!」
「うん。ポルコ!私、フィオは赫龍の龍脈の中にいる。そう思うの!」
大司とエルリックは互いに視線を交わす。
「お主は、どう思う?」
大司が問う。
「可能性としてはアリじゃの……だが……リスクもある」
エルリックがシーナに問う。
「これからもポルコ等と旅を続けるのならば、お主の視える者という力は最大の戦力じゃ。それを失うということは……」
シーナは頷き。
「それでも!可能性があるなら、フィオを救える可能性があるなら……私は受けたい!」
もう一度、大司とエルリックが視線を交わす。
「いいのかい?」
大司の問いかけに、シーナはコクリと頷く。
「では、早速準備をしようかい。ソフィ、ポルコ!頼んだよ!」
「はい!」
二人は同時に返事をした。
・
・
・
蒼龍の大陸「龍王の国」
城の地下「蒼龍の間」
城よりも大きい蒼龍の頭が何百もの鎖に巻かれ繋がれている。禍々しいしいオーラを纏った鎖によって捕らえられていた。
「見つかったか」
それを眺める男が一人、声をあげる。
「はい。赫眼の娘はパラディンに入りました」
「ふん。小癪な真似を」
男は続ける
「まあ良い!贄はどうだ?」
「はい。二千人ほど集めております」
「よろしい。ではお前に任せる」
そう言い残し、男はその場を離れていく。胸に飾られた蒼い瞳が悲しそうにしていた。
第十話 終
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