第8話 ジェンダ

広い真っ白い庭に、可愛らしい声が響く。


「みーっけ」


不服そうにほっぺを膨らまし


「もうフィオは見つけるのが早いよ!」


かれこれ同じ事を何十回やっただろうか。王子とフィオの遊びは終わりをみせそうになかった。


(今頃みんな何してるだろう?)


遠く空を見つめフィオは、一緒にいない仲間の事を思う。





「貴様は、なんのために剣を握る!」


リンダの怒号、同時にアルクが吹っ飛ばされる。


「軽いよ……あんたの剣は」


何百、何千とリンダに向かって打ち込むアルクだったが、未だリンダに一撃も入れることができていない。そればかりか、リンダは最初の立ち位置から少しも動いていなかった。


「初めに言ったように、私は教えるなんて器用な真似はできないのさ!強くなりたきゃ私を倒しな!」


立ち上がり、もう一度剣を構える。なんのために?リンダの言葉を自分の中に落とし込む。違う……誰かのために!だ。


「ウオォォォー!!」


地面を蹴りつけ大きく振りかぶり、そのままリンダをめがけ刃を振る……ガキンッ!!今までにない衝撃音、剣でガードしたリンダの後ろ足が少しだけさがった。


「少しはマシになったね」


そう言うとニヤリと笑い、アルクに剣を振る。アルクの防御が間に合うようにもちろん加減して。


今まで以上に飛ばされるアルク。もう言葉を発することもできない、肩で息をするのがやっとだった。


「いいよ、寝てな!起きたらまた再開だ」


リンダの言葉にアルクはゆっくり目を閉じた。



三時間ずっとシーナはその場に立ったままだった。


「シーナよ、どこまで視えとる?」


「視えた一番端まで歩いて、三十分ほどだったから……二キロくらいだと……」


「うむ。充分じゃ。だが、強すぎる……」

「元々視えてたとはいえ、魔法を使いだしたのは最近じゃろ。お主の中に余りある魔力の量に肉体と精神が追いついとらん」

「まずは知ることじゃ……そこに立って己がわかるまで何もするな」


意味がわからなかったが、シーナには言われた通りにする他なかった。


「じきにわかる……ホッホッホ」


そう言い残し、エルリックはポルコとどこかに行ってしまった。



城内、エルリックの部屋。促され椅子に腰をかけるポルコ。


「いい子達じゃな」


エルリックが微笑む。


「はい。強い子達です」


「怖いか?」


それが何を指すのかポルコにはわかった、やはり見透かされていた。


「はい。成長の速さ、いえ……憎しみが」


「うむ……そうじゃなあの子の目には深い憎しみが視える。強さの根源がそれだとすると……」


「蒼龍に、飲まれますか?」


「このままだと恐らくな……」


両親の仇。それがシーナの思いだった。


「ホッホッホ…」


突然、笑い出すエルリック。そして、ポルコの肩を叩く。


「大丈夫じゃ、わかっておろう?フィオがおる」


ハッとするポルコにエルリックは続ける。


「不思議な子じゃ、もちろん赫龍が関係しているのもあろうが。あの子自身の力もなかなかじゃ」


「ホッホッホ。面白いことになりそうじゃの」


イタズラな笑みを浮かべエルリックは部屋を後にする。




「フィオ!そこだ〜!」


王子はフィオに飛びつく。


「すごーい!絶対わかんないって思ってたのにな〜」


「へへっ……」


フィオに褒められ嬉しそうな表情を見せる。


「よしフィオ、おやつの時間だ!今日はフィオの分も頼んであるからな!」


「おやつ」そのワードにフィオの目が輝く。


「ふふふったくさん食べていいからな!」


「やった!ありがとう!」


この瞬間だけ、フィオの方が年下のようであった。



剣戟が激しさをます。

痛々しい擦りむいた肌と、気温に似合わぬほとばしる汗。いつしかリンダは足を動かすようになっていた。


「初日でここまでできるなんて、正直想像以上だよ」


嬉しいはずの言葉にアルクは答えることもできない。


「いいもん見せてやるよ」


そう言うと、リンダは剣を構え力を込める。すると、剣を握ったリンダの手に紋章が浮かび上がる。


「それって俺の!!」


驚くアルクの言葉を遮るように


「いいもんってのはこっからさ」

「ハッ!」


掛け声と同時に振り下ろされた刃から、氷の刃が伸びる。


呆気に取られるアルク。


「ま、魔法!?」


「魔剣だよ。あんたにも使えるはずさ。百年早いがな……」


「す、すげーーー!」


急に元気を取り戻す。


「俺が魔法!いや魔剣か!カッコイイじゃん!すげーよ!早く教えてくれよ!」


調子に乗るアルクの頭に鉄槌が……


「言っただろ!百年早い!だがお前次第だ」


アルクの耳に届いたのは最後の言葉だけだろう。


「いいかい!お前のその剣はただの武器ではない。お前自身だ、四六時中一緒に過ごせ自分の体だと思え、そいつは生きている」


次は最初から最後までアルクの耳に届いた。特に「生きている」その言葉でアルク心に熱がこもる。


「生きている……」


反芻はんすうするアルク。


「全ては結果だよ、教えて出来るもんじゃない。なんたって私は教えるのが苦手だからね!お前自信が何をするかで決まるのさ」


ジッ……とみつめるアルク。


「いい目だ……明日からはもっと厳しくいくよ!剣を振る力も、身を守る目も実戦あってこそだ」


「はい!師匠!」



数時間たちシーナに変化が訪れる。


大地に走る龍脈の力を今までより深く感じる。自分の身体がその一部のように混ざり合い溶けるように。


これが……龍の力……大きい

私の中にある力……怖い……


その場にしゃがみ込む、冷や汗が滲む。


「ホッホッホ……見えたようじゃの」


エルリックの声……我に返るシーナ。


「で、何を感じた?」


息を飲みシーナが答える。


「恐怖……」


「うむ。それが魔力じゃ。正体がわからぬから恐怖を感じる。わかってしまえばあとは上手く付き合うだけじゃ……出来るかの?」


「……やります」


「ホッホッホ……もう今日は休むとしよう。己を知ることじゃ、力を知り、限界を知り。そして、ゆっくり進むのじゃ。何事もバランスじゃよ」


「……はい」


わかったような、わからないような言葉だったが、どこか腑に落ちる言葉でもあった。


「……バランス」


いつかポルコが話してくれた「世界の理」が頭をよぎった。きっとそれは、私の中にもある。自然とそう思えた。



三ヶ月の月日が流れた。


アルクはリンダと渡り合っていた。リンダはまだ片手だが、それでもリンダを後退させる場面も多くなった。


シーナは落ち着いていた。大地も空も、この世の全てが身体の一部のように感じることが出来る。

たまにポルコに頼み手合わせをすることもある。経験の差でまだまだかなわないが、自力の凄さはポルコもエルリックも唸らせた。


フィオは、相変わらず王子の友達だった。だが、進展もあった。


「フィオ!僕のこと名前で呼んでいいぞ!」


「フィオ」「シャンテ」二人はそう呼び合うようになり、友達を越えて姉弟のようであった。


三人はそれぞれ、いつもの時間、いつもの場所で同じ事をしていた。


空気を切り裂くような不穏ななにか……。風の吹かない雪の国、長い髪が揺れる。それは、訪れを告げた。


誰もが気配を感じた、目を合わせ身構える。この感じ、知っている。


上空に黒い影、雷鳴と共に三度それは現れた。


「マスター!リンダ!二人を……」


ポルコが叫んだ、叫びながらフィオの事を考える。


「……フィオ」


アルクとシーナはエルリックに言われ、エルリックの背に隠れる。

リンダがポルコの横に並ぶ。


「アイツが例の……」


「ああ……ここは危ない、誰も近づかないように手配してくれ。それと……」


「ああ、わかってるお姫様だろ。ウチの王子も一緒だからね、私に任せときな」


「頼んだ……」


「すぐに戻るよ、アイツはバケモンだ」


そう言ってフィオの元へ向かうリンダ。


「貴様、こんなとこまで来るとはな!」


女に向かってポルコが叫ぶ。


「来たくて、来たわけないだろ。こっちにだって事情があるんだよ」


相変わらず人を見下した嫌な話し方だ。


シーナの体が震える。怒りからだ……エルリックがそれを感じとり目で諭す。

握った剣に力を込めるアルク。こないだのようにはいかない!何時でも臨戦態勢だ。


「ガキが!少しはやるようになったみたいだね。楽しみが増えたよ」


女が手を振る、斬撃がエルリックに向かう。だが、エルリックはいとも簡単にそれを打ち消す。


「チッ厄介なジジイだね」


「ポルコ!お主はその女を!ワシは後ろのバケモンを」


エルリックが指示を出す。


「女?私にも名前があるんだよ!マスター・エルリック」


皮肉のこもった言い方だ。


「ホッホッホ……知ってもらえて光栄じゃの……して、名は?」


「ジェンダ!」


名乗ると同時に二激目が……ポルコが魔法で相殺する。


「ジェンダ!お前の相手は私だ!」


「ふん……前とは違うよ!まずはあんたから……殺す」



第八話 終

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