第6話 新たなる決意

……ン

暖かいなにかに包まれている。ベッド?咄嗟に目を開く。


知らない天井に……知らない匂い。どこだ……?回らない頭で考えるが、自我に反するように、疲弊した体がもう一度瞼を閉じさせる。




窓から差し込む朝日が、強引に瞼を開けさせる。頭はスッキリとしていた、体の方も心なしか軽い。こんなに気持ちのいい目覚めはいつ以来だろうか、穏やかな気持ちに包まれる。


体の右側、ベッドの端の方に重みを感じる。ふと視線を向けると、フィオが椅子に座ったままベッドに頭を沈め眠っている。そして、思い出す……。


「フィオ!大丈夫か!?」


目覚めて最初に発した言葉がそれだった。フィオの姿を認識した途端なぜ自分が今こうなのかを考えるより先に、フィオの状態の方が気になった。眠っていたぶん知らないのだから仕方がない。自分の方がよっぽど重症だったことを。


ポルコの声に即座に反応する体。沈んでいた頭を一気に起こし声の方に意識を向ける。目を開けているポルコの姿に瞳を潤す。


「ポルコ……良かった……」


そう言って涙を拭いながら、ポルコに痛くないか?おかしいとこないか?としきりに聞く。その姿にポルコは少しだけ自分の状況を察する。


「フィオ大丈夫だからもう心配しないでいい」


「本当に大丈夫だよね?どこも痛くないよね?」


「ああ大丈夫だ。ところでここは?」


「待ってて連れてくる」


そう言って部屋を飛び出すフィオ。

連れてくる?疑問とともに、視線はフィオの背中を追いかけた。離れた場所からフィオの声が届く。


「ポップさんエルザさん!ポルコが起きた!」


足音が近づいてくるのがわかった。少しだけ身構えるポルコ扉が開く。まずはフィオその後に、白髪のおじいさん立派な髭が印象的だ。そして……。


「ソフィ…!」


最後に入ってきた女性を見た瞬間目を丸くしたポルコが、いるはずもない人物の名を口にした。


「うふふ。よっぽど似てるのね最初はフィオちゃんにもすっごく驚かれたのよ」


女性は穏やかな口調でソフィである可能性を否定した。


「私はエルザ。そして祖父の……」


エルザの後に続き老人が


「ポップじゃ」


名乗った。


フィオが嬉しそうに。


「二人が助けてくれたの!」


「な〜に偶然じゃよ。街に行った帰り、たまたま通ったら三人の子供と意識のないお前さんが。どうしてもとこの子が言うもんで、ここまで運んだんじゃ。なんにもないところじゃがゆっくりしていくといい」


「なんと言えばいいか……心から感謝致します」


ポップとエルザに出来る限り頭を深く下げるポルコ。


「気にしないで下さい。当然の事をしたまでです。フィオちゃんにはお家の事、手伝ってもらってこっちが助かってるわ」


そう言ってフィオの頭を撫でるエルザの姿は、本当にソフィとよく似ていた。思わずポルコの頬は紅くなる。


「会いたくなった?」


イタズラな笑みを浮かべるフィオ。


「か、からかうな!」


慌てるポルコを笑って見ている三人であった。


一人になった部屋でポルコは考える。

アルクとシーナはやはり……あんな目にあったんだ仕方がない。これ以上は危険だ彼等にとってはそれがいい。


コンコン……


扉がノックされる。


「どうぞ」


ゆっくり開く扉の隙間から見慣れた姿が覗く。


「あ、アルク!シーナ!お前達どうして!」


心配そうな眼差しを向ける二人。


「もう大丈夫だ、心配するな」


ほっと胸をなでおろすように脱力する。しかし、なぜか暗い表情を浮かべるアルク。


「どうしたアルク?」


ポルコの優しい問いかけにうなだれるアルク。


「ごめんよ……ごめん。俺、何もできなかった」


「何を言っている、お前はよくやった。謝らなければいけないのは私の方だ」


「違う……怖かったんだ。怖くて動けなくて……」


「怪我は大丈夫か?」


「うん。ありがとう。ポルコが治してくれたんだろ」


「なら良かった」

ポルコは続ける

「私だって怖かった。一人ではどうにもできなかった。だが、お前達がいたから足掻く事が出来た、守る者がある、それが私に力をくれたんだ」

「特にシーナ……君のおかげだ」


ポルコの言葉に慰められるアルクと、不安を吐露するシーナ。


「私……自分がわからなくて。アルクが倒れるのを見た途端、自分の中でなにかが弾けて、気が付いたら……私は、私が怖い」


「私は、君たちはもう帰ってしまったと思っていた。それが君たちのためだとも思った」


アルクが反論する。


「帰るわけない!帰らない!怖かったけど、それ以上に悔しかったんだ!だから俺はもっと強くなる!今度はちゃんとフィオとそして、シーナを守りたいんだ!」


アルクの言葉は、今まで見てきた彼とは違うことを物語った。瞳に宿る意志を強く感じた。


「私も、この力を自分のものにしなくちゃいけないと思う……大切な誰かを傷つけないために」


シーナは自分の力が怖かった、自分でもわからない得体の知れない力。持った者だけが陥る状況だろう。ポルコは少し考え、そして……


「アルク、シーナ……私の故郷に行こう」


二人は同時にポルコを見る。


「私の故郷は、氷の大陸。雪の国だ。そこに私の師がいる」


「ポルコの師匠?」


アルクが尋ねる。


「そうだ。シーナはそこで師に習うといい。師は、視える者だ」


シーナにとっては聞きなれない言葉だが、も同じ事を口にしていた。おそらく自分のこの力のことだろう。


「わかった。私は行く」


「アルク、私も師も剣の扱いはわからないが。一人とっておきの人物を知っている」


アルクの目が輝く


「俺も行く!」


ポルコの案は二人にとっての希望となった。だが……。


「でもポルコ……」


シーナはそこから先の言葉が出てこなかったが、ポルコには何を言おうとしているかがわかった。


「そうだな……君達には知る権利がある。フィオを呼んできてくれ」


部屋に四人が揃う。そして、ポルコが口を開く。


「話す前に確認したいことがある、私とアルクはこの部屋を出るから。フィオ、シーナを」


そう言うと、フィオが頷く。


「行こうアルク」


訳もわからぬままポルコに連れられ部屋を出るアルク。シーナは不安そうにフィオを見つめる。


「では!」


フィオの言葉にドキッとするシーナ


「何?何がはじまるの?」


じっと見つめてくるフィオの瞳が、何かを予感させる。


「シーナ……服を全部脱いで」


「えーーー!ちょっと待って説明して」


もっともであるが、フィオは気にせず。


「説明は全部終わってから」


無邪気に言われると無下にはできず、おぞおぞと服に手をかけるシーナ。


「……こ、これも?」


赤面しながら下着を指差す。


「うん!全部だよ」


「は〜〜」


いっそう恥ずかしさを身に纏うシーナ、一糸まとわぬ姿が現れる。堪らず目を閉じる。


「いや…ちょっと…」


体の周りに気配を感じる。おそらくフィオが舐めまわすように自分の身体を見ているのだろう。なんのために?シーナの疑問である。


「きゃっ!」


思わず目を開けるシーナ。フィオの両手がシーナの胸部を鷲掴みしていた。


「やっぱり大きいな〜羨ましいな〜うわ〜柔かーい」


モミモミ……


「やだ……ちょっとダメだって」


「よし!今度は座って足を広げてくれる?」


イタズラな笑みを浮かべるフィオ


「嘘でしょ……」


「いいから、いいから!」


少し強引にベッドに押し付けるフィオ。


「ねぇ?こんな事、本当に必要なの?お願い早く終わらせて……」


両手で顔を隠すシーナ。


「はい!もういいよ!」


ほっとするシーナに服を手渡すフィオ。


「綺麗な身体だね、今度一緒にお風呂に入ろ!」


「もう!」


無邪気なやり取りを終え、着替え終わると出ていた二人を呼び戻す。


「なかったよ」


フィオがポルコに告げる。


「そうか」


と頷くポルコ


「シーナ、大きかった」


アルクに耳打ちするフィオ。耳まで紅くなるアルクに何故かシーナの鉄拳が。


「聞くな!」


「ゴホン……いいか……」


そう言ってポルコが語り始まる。


「すまなかったシーナ、ある物を確認したかったんだ」


「ある物?」


「フィオ、少しだけ見せてくれないか」


ポルコに言われフィオが小さく頷く。そして、眼帯に手をあてる。

固唾を飲むアルクとシーナ。眼帯がめくれ見えてきたのは、赫く輝く瞳だった。言葉を失う二人に、ポルコは話を続ける。


「赫眼だ……赫龍を司る者の証」


赫龍……言葉が出ない二人。


「シーナにも証が出ているのかも知れない。そう思ってフィオに見てもらった」


「証って赫龍の……」


恐る恐る聞くシーナにポルコが言う。


「いや、蒼龍だ」


ポルコは『この世の理』の話を聞かせた。


「じゃあ私に蒼龍の証があったらどうしてたの?殺した?」


初めて聞く話についていけないこともあって興奮気味に聞くシーナ。


「そんな事はしない!それが目的ではない!」


「大丈夫だよシーナ……シーナもアルクももう仲間だもん」


フィオの言葉に落ち着きを取り戻す。優しく微笑むフィオの表情を見て、シーナはフィオの涙を思い出す。


「もしかして、フィオの両親は?」


下を向きポルコが答える。


「そうだ……殺された。私は間に合わなかった。フィオすまない」


「ううん。ポルコは私を助けてくれた!育ててくれた!パパもママもポルコに感謝してるよ」


「ありがとう……」


アルクが割って入る。


「あの女が?」


「いや別のやつだが、大元は同じだろう」


「大元?」


「ああ、龍王の国……」


「なんか……めちゃくちゃやべぇ話を聞いてるんじゃないか?俺たち」


アルクの額に汗が滲む。シーナも握りしめた拳を開けずにいた。


「ルーラ村がなくなってたのも龍王の……」


アルクが問う。


「おそらくな」


「なんて奴らだ!」


怒りを露わにするアルク、拳で床を叩く。


今度はシーナが割って入る。


「フィオの正体も、あの女が何なのかも、フィオが狙われてるってこともわかった。でも、あなた達の目的は何?なんのために旅をしてるの?」


ポルコはポケットからバッチを取り出す。


「この模様を見たことは?」


首を振る二人。


「私とフィオは無の大陸からやってきた」


「無の大陸って、楽園って呼ばれてる」


アルクが発する。


「そうだなそう呼ばれることもある、無の大陸パラディン」

「君たちが無の大陸の事をどう聞いているか知らないが、おそらく君達が知っているそれとは違う」


〜無の大陸〜

蒼龍の加護が届かないこの場所は、魔法が使えないが、魔物も出ない。人々が自給自足で暮らす、楽園だと知られている。


「パラディンは赫龍が眠る地。そして、赫龍を守護する者達の大陸だ。このバッチは守護する者の印」


二人はポルコの話に聞き入っている。


「フィオは宿命を持って生まれた子。何百、何千年に一人現れると言われている。赫龍の女神」

「だが、その者がこの世界に何をもたらすのかを我々の誰も知らない。しかし、これだけは確かだ……世界がフィオを必要としている。それを見極めるため、宿命を背負ったフィオに己の手で運命を掴ませるため旅をしている」


「ダメだ……俺には難しくてわからない」


アルクがうなだれる。


「だけど、何者だとしてもフィオはフィオだろ!俺は!ポルコもフィオもシーナのことも大好きだから、守りたい!強くなりたい!」


熱く語るアルク。


「私も……蒼龍の加護を受けてる私達にとって赫龍のフィオやポルコがどういう立場になるのかわからない。だけど、たった一ヶ月だけど、一緒にいてポルコもフィオも良い人だって知ってる。特にフィオは一緒にいるとなんか暖かいの……安らぐっていうか、上手く言葉に出来ないけど。フィオを守りたい!それに、パパとママを殺したアイツらを絶対に許さない」


とシーナも続く。


「フィオのことや蒼龍と赫龍のことは、おいおいこれから知っていくこともあるだろう。私も全てを語った訳でも全てを知っている訳でもない。それでも着いてくるか?」


「行く!」


ポルコの問に二人は声を揃えて答えた。


「わかった。当初の目的はルーラ村に行ったあと、王都を訪れる予定だったが。まさかこんなに早くフィオの存在が知られているとは思っていなかった。私の失態だ、申し訳ない」

「これから、ますます危険を伴うこととなる。最低限自分の身は自分で守れるだけの力量が必要だ。二人の思いはわかった……やはり私の故郷へ向かう」


「おう!絶対に強くなるぜ!」


張り切るアルク、シーナは真っ直ぐな瞳で大きく頷く。


「二人とも、ありがとう」


フィオが瞳に涙を浮かべ二人に微笑む。

アルクとシーナはお互い顔を見合わせ微笑み合う。そして、二人でフィオを抱きしめる。


それぞれの胸に巣食う思いは違うだろうが、今ここに新たな絆が産まれたのは確かだ。


四人は新たな決意を胸に、大きな一歩を踏み出した。


第六話 終




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