第5話 産まれた場所
『シモンセキ』を出て一月が経とうとしていた。
「フィオ、一度君を連れて行こうと思っていたんだ」
「うん……私も見てみたかった。私が産まれた場所」
四人は、ルーラ村。フィオが産まれた場所を目指していた。
人気のない畦道が続く。
「ポルコ〜休憩しようぜ……」
アルクが弱った口調で自分の疲弊を訴える。
「そうだな……シーナ」
「うん」
ポルコに言われ、シーナは大地に掌をあてる。
閉じた目を開く
「水辺がある。多分あと十分くらい歩けば見えて来ると思う」
龍脈の視えるシーナは、それを通じ大地の地形を把握することができる。完璧にではないが、それでも非常に有用な力だ。
そんなシーナにポルコは、不安を覚える。
(たった一月足らずでここまで……視える者の力とはこれほどなのか)
この世界の魔法は誰しもが使える訳ではない。修練を積んでやっと使える者もいれば、どう足掻いても使えない者もいる。
ほとんどの魔道士が修練を経て力を手に入れるが。稀にこれをせずとも魔法を扱える者がいる。
彼等は、みな例外なく「龍脈が見える」と言う。故に「視える者」と呼ばれている。
「視える者」には国に仕え、権力を得る者も少なくない。
シーナの場合は「視える者」であったうえ、あの惨劇から強い意志でひたむきに努力を重ねた結果でもあった。
ポルコは厳しい修練の末今に至る「視えない者」である。
「うげっ!」
アルクが間の抜けた声をあげる。心待ちにしていた休憩を邪魔するかのように川辺に魔物が三匹ほどいたのだ。
「アイツら……」
剣を抜き、魔物に向かって走り出す一振、二振り、三振りと三匹をなんとか退治してみせた。
身の丈ほどある剣を構えるのがやっとだったアルクも、シーナに負けず劣らず努力を重ねた。
誇らしげにピースサインを送ってくるアルクに「だいぶマシになった」と素直には褒めないポルコだが、内心はそうでもないことがフィオにはわかった。
「アルク凄いよ〜!」
フィオに褒められ紅くなるアルクをシーナが
四人で焚き火を囲み魚と肉を焼く。水辺には魔物も動物も集まるのでココでの野宿は危険と判断したが、アルクに押されシーナの太鼓判もあったのでポルコが折れるかたちとなった。
淡い炎の向こうガラス玉のように透明感溢れた、フィオの顔を見つめるアルク。似合わない眼帯が異質さを際立たせる。
眼帯の訳は聞いていた、流行病にやられたと……旅の理由も、ポルコの師匠の娘であるフィオの見聞が広がるようにと。
だが、同じ時を過ごせば過ごすほど、違和感を感じていた。それは、シーナも同様である。時折見せるフィオを庇うポルコの様は、まるでお姫様を警護する騎士のようだった。
フィオの容姿の美しさもあり、アルクとシーナはフィオをどこかの国のお姫様だとそう思っていた。だが、フィオの産まれが聞いたことも無い村だと知り、二人の疑念はますます深まった。
これは何かある!!
二人の興味はさらに加速した。
焚き火に土をかけ踏みつける。その音でシーナが目を覚ます。
「おはようポルコ」
「ああ、おはよう。皆を起こして出発しよう」
それから二日ほど歩きようやく目的地の近くまでやって来た。
はずだった……。
「おかしいな」
「どうしたのポルコ?」
フィオが顔を覗き込む。
「もう見えてきてもいいはず。いや着いててもおかしくないんだが」
辺り一面、草木が生い茂るだけだった。人影どころが建物すらも見当たらない。
「場所間違えてんじゃないの?」
アルクが問う
「いや忘れるわけがない」
そう言って考え込むポルコ。
足の止まった三人を置いて、突然歩きだすフィオ。視線は目的の場所を真っ直ぐに見つめていた。握り締められた拳が心なしか震えている。何も無い、背の低い草が生い茂る場所で足を止める。
「ここ……ここだよポルコ」
フィオの元へ向かう三人。
「ここってなんだよフィオ?」
アルクはそう言ってフィオの顔を見た。
!!……
フィオの瞳から涙がこぼれ落ちていた。
「感じる……わかるの……ここだよ。パパ、ママ」
こぼれる涙が雨粒のように地面に着水する。
ポルコはフィオの肩に手を伸ばし優しくさする。そして、あの日のことを思い出す。生気を失い血に染まったフィオの両親の顔……この腕に抱かれ泣き続けた赤ん坊の頃のフィオ。
アルクとシーナは口を開くことが出来ず黙ってその光景を眺めていた。
「嘘だろ……ここに村があったなんて、ここがフィオの産まれた場所だっていうのか」
堪らずアルクが口を開いた。
「ああ、間違いない」
ポルコの口調に反論の余地はなかった。
どうなっている……あれから十五年経ったからといって形跡が一切ない。大きい村ではなかった。だが、民家の数、田畑の広さから数十人の住民がいたはずだ。まるで、ここは最初からこうであったかのようにしている。
ポルコの頭をあらゆる可能性が巡る。
「何か来る……」
シーナの言葉が思考を遮る。刹那……
悪寒……
……これは……知っている
三人の脳裏にあの日の光景が蘇る。
シーナの瞳が憎悪で満ちていく。
雷鳴が轟く……黒い影
ドラゴン……黒いドラゴンが上空から降りて来る。ゆっくり、ゆっくりと……。
「貴様ーーー!」
叫ぶシーナ。
「待つんだ!」
止めようとしたポルコの視界に右目を押さえうずくまるフィオの姿が。
「クッ! フィオ!」
「風よ、斬れ!!」
シーナが腕を振り下ろす、空気を裂くように風の刃がドラゴンに斬りかかる。が、ドラゴンには無効であった。
歯を食いしばり、睨みつけるシーナ。
「へー、珍しいのがいるね、視える者かい?」
「だ……誰だっ!?」
アルクが叫ぶ。
ドラゴンの後ろから怪しげな女が現れる。
灰色の髪、褐色の肌、全身黒ずくめの怪しげな女が四人を見下すように不敵な笑みを浮かべている。
しゃがみ込んだフィオを守るように包み込むポルコが叫ぶ。
「貴様!何者だ」
女はそれを無視し
「ソイツが例の女だね。ソイツをよこしな」
ソイツが誰のことなのか、三人は察した。
「やはり、竜王の者か!」
「わかってるなら話が早いじゃないか、いいからソイツをこっちへ」
「ふざけるな!」
ポルコが反撃の意を見せた時
「やりな!」
女がドラゴンに命令する、女の指に嵌められた指輪の蒼い石がキラリと光る。それに共鳴するように黒いドラゴンの額にはめ込まれた蒼い石が輝く。途端……咆哮がこだまする。
衝撃波が四人を襲う!ポルコは瞬時に前に立ち魔力で防壁を作る!衝撃波は掻き消される。
「あんた何者だい!!」
その光景に女は思わず問いかける。
「貴様には関係ない!去れ!」
ポルコが伸ばした手から炎が伸びる。デル・バイソンを殺った時とは比べ物ならないほどの威力だということが、アルクにもシーナにもわかった。
両手をクロスし顔の前でガードする。
女とドラゴン……ポルコの激しい闘いが始まった。
ドラゴンの咆哮で衝撃波が撃たれる、その上から女が追撃を。ポルコは防戦一方だった。なんとか、耐え反撃をする、すかさずドラゴンが女を庇う。似たようなやり取りが繰り返される。
シーナは勇気を振り絞った、アルクは剣を強く握り締め、女とドラゴンに向かっていく。
「来るな!フィオを連れて逃げろ!」
ポルコの言葉に足が止まる。
「頼む!フィオを……グォォーー」
必死の訴えに踵を返すアルクとシーナ
「させないよ!」
女が腕を振る、斬撃が二人を襲う。
鮮血が舞う…シーナの頬に飛沫があたる。横目でとらえたのは倒れ込んでいくアルクの姿。
シーナの中で何かが弾けた音がした。
「ぐぅわーーーー」
地鳴りのような叫びとそれに呼応するようにシーナの周りの空気が変わる。
「風よ!!!斬り……裂け!!」
放たれた斬撃はドラゴンの右腕を切り落とした。それを見届け倒れ込んでいくシーナ。
痛みを感じるのかドラゴンは激しく咆哮する!自我を失ったみたいだ。
「クソ……言うことを効きな!静まれ!静まるんだ!」
女が焦る。好機……ポルコはそれを見逃さず渾身の一撃を放つ。
絶命に至らせることはできなかったが、それでも、女とドラゴンを退かせるには十分だった。
「ク……これ以上はマズイ」
「いいかい!このまま済むと思うんじゃないよ!赫眼の女は必ず殺すからね!」
言い残し、女とドラゴンは消えていった。
這いずり、アルクとシーナの元へ体を運ぶポルコ。
「ケ……ケア……」
優しい光が二人を包む。
ポルコはゆっくりと目を閉じた。
第五話 終
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