第4話 アルクとシーナ

賑わう街を背にフィオとポルコは森の方へと歩を進める。フィオの手には、魚肉を練って油で揚げた物が握られている。


「しばらく歩くことになるけど大丈夫かい?」


「うん!平気これ美味しい〜」


頬張りながら、あまり気にしていない様子が伺えた。


ポルコには調べておきたいことがあった、この世界の理。

日照りが続く地域があれば、雨季が終わらない地域が出来る。

病が流行れば、新たな薬草がみつかる。

善と悪、陽と陰……この世界はどちらか一方の存在を許さない。


フィオがパラディンにやってきて、海と大地の恵は増え、空気させも美味しく感じた。パラディンの住人達も内なる力を感じていたはずだ、自分がそうであったように。


これらは間違いなくフィオの存在によるもの赫眼を持つ者の力だ。


ならば……間違いなく「蒼眼を持つ者」それに似た力を持った者が産まれたはずである。

その者によって、蒼龍の地も影響を受けているはずだ……。


舗装されていない道を歩き続けると、飲み込まれそうなほど生い茂った森の入口が見えてきた。


「離せ!!」


少年の声が聞こえた、目を凝らすと奥の方で何かに抵抗しようとする少年の姿が。


「フィオ待って!」


ポルコの静止を聞かず、手に持っていた串を投げ捨て、少年の元へ走り出す。


魔物……少年と対峙しているのは魔物だった。

フィオは存在は知っていたが目にするのは初めてだった、パラディンには魔物がいなかった。


一瞬すくんだ足に力を込め、両手を伸ばす。


「フィオ!」


怒気を込めたポルコの呼びかけにフィオは、両手を下げ身構えた。

そうここではフィオは魔法を使えない。


「アルク逃げて!」


少女の声がした。魔物に捕らえられている。どうやらアルクという少年はその少女を救うために奮起していたようだ。


「フィオは下がって」


フィオはポルコの背中に隠れた。


「あれは、デル・バイソンもともと動物だった物が突然変異した魔物。強くはない」


語り終わると同時に、伸ばしたポルコの手から炎を帯びた一筋の線がデル・バイソンの頭部を直撃した。


「すげぇ……魔法」


尻もちをついたアルクが目を輝かしている。


燃え盛る炎に頭部を焼かれ雄叫びをあげるデル・バイソン、掴んでいた少女を放り投げ、ポルコの方に突進してきた。


「なに!!」


おかしい…この程度の魔物なら今ので確実に殺れたはず。


やはり……


先刻放ったものよりも力を込めもう一度頭部を狙った。


魔物は叫ぶ間もなく頭を吹き飛ばされ、膝から崩れ落ちた。


ポルコとフィオはアルクと少女の元へかけていく。


「大丈夫?怪我はない?」


フィオがアルクに尋ねる。


「スゲー!スゲーよ!おじさん!」


(お……おじさん)


「おじさん」と言う言葉に眉をひそめるポルコ。


「コラ!アルク、まずはお礼でしょ!」


捕らえられていた少女がアルクの額を叩く。ピシッと乾いたいい音が二人の関係性を物語った……。


「私はシーナ、こっちはアルク。危ないところをありがとうございます」


少女はシーナと名乗った。歳はフィオと変わらないくらいか、ハッキリとした目鼻立ちが大人びて見える。いや……アルクの面倒をみて大人びたのか……。


「なんだよ!年上だからって!」


不満そうに土埃をパタパタと舞いあげながら、ポルコとフィオに頭を下げる。


「あ!血が出てる。ポルコ」


フィオに言われポルコはアルクの腕に手を近づけ


「ケア」


傷が塞がるのをアルクとシーナは、目を輝かして眺めている。


「すげぇ!魔法だ!すげぇよ!おじさん」


ズキ……


(仕方ない私ももう40近い)


苦笑いを浮かべる横でフィオが笑っている。それが余計に気を重くするポルコだった。


それから、フィオとポルコはアルクの家へと案内された。


街からだいぶ離れた場所に建っている家は、他の住人の気配を感じさせない。


「一人で住んでいるのか?」


そう問うポルコに


「父ちゃんも母ちゃんも病気でさ、姉ちゃんがいたんだけど龍王の国の奴らに連れて行かれちまった」


顔を曇らせるポルコ……


「君は?」


「私の父がアルクのお父さんと仲が良かったから、たまに面倒をみてあげてるの!」


誇らしげなシーナに不満そうなアルク。


「おじさんは、魔法使い?」


ゴホンっと咳払いをひとついれ


「さっきも言ったが私の名はポルコ!そう呼んでくれ」


フィオがククッと笑う。


「ポルコさんは魔道士ですか?」


今度はシーナが口を開いた。


「似たようなもんだ」


「教えてくれ!!」


食い気味にアルクが身を乗り出す。


「シーナに魔法を教えてくれ!」


ドキっとするシーナを横目にアルクは続ける。


「俺は剣士になるんだ!そして、シーナは魔道士に!シーナは龍脈が見えるんだぜ!」


「そうかそれはすごいな、だが無理だ」


アルクの熱量に反して冷たくあしらうポルコ。


「見てくれ!」


ポルコの反応にかまわずアルクは奥の部屋から何かを持ってきた。

アルクの身丈ほどある鞘に収まった剣だった。


「これは代々家に伝わる剣だ!じいちゃんのじいちゃんのじいちゃんのわかんねーけどずっと昔から家にあるんだ」


早口でまくし立てるアルクを制しポルコは剣に腕を伸ばす。


「おそらく何千年も前の大戦で使われた物だな。骨董品としての価値はわからんが、特別な力は感じない」


しょげることなく食い下がるアルク。おもむろに剣を鞘から抜きだすよろける体を踏ん張り両手でしっかりと掴みかまえて見せた。


その瞬間、アルクの右手に紋章が浮かび上がる。


ポルコのいや、パラディンの守護者が付けているブローチと似たような紋章。


「それは……」


「へへ……スゲーだろう!自分でもわかんねーけど、これ握るとこうなんだ!」


「アルク、歳は……?」


「15だよ!シーナは16!」


「シーナ、龍脈はいつから見えた?」


「わかりません。ただママが言っていました。手がつけれないほど泣いていた私が、産まれてから1年たったくらいに嘘のように大人しくなったって」


ポルコの脳内を可能性が巡る。

この子等がだと言うならば、そばにおいて監視していた方がいい……。


一息いれアルクの目を見つめる、穢れのない純粋な瞳。


「わかった。だが、私は剣を扱えん。それでもいいなら着いてくるのは構わん」


拳を握りしめ

「おっしゃーー!!」


雄叫びをあげるアルク。



ドタドタドタ……


足音が聞こえたと思ったら勢いよく戸が開いた。


「ここに居たかシーナッ!!お前の父ちゃんと母ちゃんが……」


男の様子からただ事ではないことはわかった。


アルクを押しのけ飛び出したシーナを追ってついて行く3人。


息を切らし着いた場所は船着場。海沿いにたくさんの人が集まり一点を見ている。


視線の先に何槽かの漁船が見える、そこ一体だけが異様な雰囲気を漂わす。


シーナの両親が乗った船はその中心にいた。


「パパ!ママ!」


届くはずのない声が響く。


海面がうねり今にも転覆しそうな船、人々がみつめるなかうねりは強さを増す。誰もが息を飲む……瞬間


ゴォォォォゥ……まるで怪物の唸り声のような轟音と共に、海水が巨大な柱となって天高く伸びる。船を道づれに……


舞い上がった船はそのまま海面へと叩きつけられた。


「嫌ーーーーーッ!!」


シーナの悲痛な叫びがこだまする。静まり返る人々のなか誰かがぽつりと呟いた。


「なんだあれ?」


住人の一人が指さす方、先程までシーナの両親が乗っていた船が漂っていた場所に、巨大な影が現れた。


鮮やかに晴れ渡る空にそこだけが暗くズッシリとしている。


雷鳴が轟き突風が吹く


「ド、ドラゴン……?」


魔物には2種類ある。元は動物だったが突然変異としてそうなる物。魔物のほとんどがそれである。

もう1つは滅多に存在しないが、自然に発生する魔物。それはドラゴンの姿をしていて、中には「赫龍」「蒼龍」に匹敵するものもいると伝えられている。


誰も動くことが出来なかった。純粋な恐怖だけがそこに在った。


「痛い……」


フィオが突然右目を押さえうずくまる。


「フィオ!大丈夫か!?」


心配するポルコ、うずくまるフィオは何も答えず、ただ眼帯を押さえつける。


「ポルコさん……」


見上げるとシーナだった。真っ直ぐみつめる瞳に強い意志を感じた。


「私も、あなた達について行く」


その言葉は、発した時から否定されることを拒絶する強さを持っていた。


ポルコは黙って、深く頷いた。


今、物語は大きく動きだす。



第四話 終


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