混乱と闘争

 翌日、エイドが意識に冷静さを取り戻した時には、すでに血と鉄の匂いに包まれていた。暴力の匂いである。普通は人間をアンドロイドが襲うことはできない。あの博士―クロベーにもらったのだ。―一時的に人間と戦うリミットを外す薬を―それは注射型のプログラムで一定時間後プログラムが消失するタイプのものだった。後遺症も残らず、痕跡も消える。エイドは今"敵"に報復をあたえていた。そのほとんどは"打撃"によるものだ。

《ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ》

 脳内に響く音。自分の中にこれほど残忍な狂暴さがあったのか。


 エイドは後ろ振り向く。

(やはり、気配はない)

 昨日のことを思い出す。ウェロウはエイドをひどく心配し、こまめに連絡を取るようにといった、何も裏切ったわけではない。望んでこうした訳じゃないから、屁理屈だろうが構わない。もはや、ウェロウに近づく悪い虫を許すわけにはいかない。

 そう、エイドの手もとには、二人の人間の襟首がつかまれていた。昨日の狙撃犯の二人組である。

「ゆ、許してくれ……」

 狙撃手の虹色のモヒカンの男が、顔をパンパンに膨らませ言った。もう一人の短髪の男は最早意識をうしなっていた。

「ゆ、ゆるしてく……」

 エイドは一瞬うしろを振り向いた。何者かの気配をする。そして気になり、医者からもらった端末によってウェロウの現在位置を確認した。そう。あの医者にGPSを頼んだのはウェロウだけではない、エイドが先であり、かつ、エイドはウェロウの監視に気づいていたのだ。

「いまだああ!」 

 モヒカン男がある扉の一室に向かって叫ぶと、その一室から隠れていたであろう別の"ブルーサイボーグの"部下たちが銃や鈍器をもって、エイドめがけて襲い掛かってきた。

「野郎!!!」

"バッ"

 最初の攻撃をよけて、先鋒の顔面に一撃を与えた。

「ゴッ……」

 先鋒の男は吹っ飛んで、地べたにあおむけに転がりう置かなくなった。ひるむ部下たち、しかし、一人が叫ぶ

「うおおおお!!」

 するとどこから湧くのかわからぬ指揮と闘志がふるいたった。彼らは結束し、エイドを撃つ

「バンバンバンッ!」

 もちろん、銃はさほど効果はない、アンドロイド用スタンガンなども持ち出されるが、エイドは簡単によけ、かわした。エイドは、いとも簡単に彼ら一人ずつとの武力を封じていく、かわし、なぐり、そして、彼らの腕をおり、気絶させ、場合によっては拘束した。その数、20人超。


 その一部始終を建物の影で監視している人間がいた。エイドはその目線と気配を気づいているがほおっておいた。やがてすべての”昨日の関係者”に制裁を加えるおわると、彼は手下たちにいった。

「二度と、ウェロウに手を出そうなどと思うな、その気配を察知した瞬間に、今度はお前ら全員"殺す"」

《パチ、パチ、パチパチパチッ》

 影から拍手が響いた。ウェロウに聞いた特徴そっくりの、スーツの男がやってきた。

「CROWの”R"です」

「それで、なんのようだ?ボディーガードなら、彼女を見ておけ」

「失礼な、私は"紛争"を終わらせたいだけですから、その芽を摘むだけです、誰かが誰かを助ける、個人的な事などは、人々の自由です」

「じゃあなんで"今ここにいる?"」

「あなたが“我々の仲間”かどうか、判断しかねているのですよ、あなたはまさに"特異点"そのもの、あなた、あなたをウェロウに引き合わせたあの"メラス"がどうなったかご存じですよね?」

「俺は誰の仲間でもない、ウェロウの仲間だ、最もあんたの事は調べている、要するにあんたは”特異点を超える寸前、人間に命綱を握られている飼い犬だ、俺とちがって、自ら望んで仲裁をしているわけじゃない、完全に仕事として人間に仕えている”」

 エイドは立ち去ろうとする、その気迫さえさけるようにRは両手を自分の脇にかかげて、彼のために道をあけた。彼が完全に立ち去ると、Rはほほやあごにかけて右手で覆って意味深な笑みを浮かべるのだった。

「ふっ……他人に暴力をふるっておいて……」

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