エイド

 一方エイドというアンドロイド、彼は記憶のほとんどを失っていた。それだけではなく、生への執着以外には何もなかった、なぜ生きていたいのかもわからない。覚えているのは現場に出て、まずいレーションを食べたり、ポンコツと呼ばれながら仕事をしたり、欠陥があるのになぜ生まれてきたのかという戸惑いばかりだ。

「それでも、私を引き取るというのですか?」

 面会に来た女性ウェロウは底抜けに明るい笑顔をみせていた、だがそれと対照的に正反対の暗さを隠しているような笑顔だった。

 エイドは、自分の持っているものは何もないという。そういいながらペンダントを握っていた。パスワードがかかっていて、ホログラムで情報が記録されているらしいのだが、彼には何がなんだかわからない。

「それは?」

 ウェロウが尋ねると、エイドは答える。

「わからないのです、なぜか私の持ち物だとして与えられたのですが……私には全く記憶がなく……そうだ、お二人は、いえ、あなたは前世で私の妻だったという事ならば、あなたに何かご記憶は?」

 ウェロウは、美しい顔をぴくりとも、いや一瞬苦い顔をして、首をふった。


 その後、エイドの日々はみるみるうちに変わっていった。警察では役立たずのポンコツ、スクラップ寸前だったが、エイドとともに職探しをし、掃除の仕事を手に入れ、少しずつ人間らしさを取り戻していった。エイドは本当によくしてくれた。一緒に暮らしているうちに、彼女の明るさに影響されていって、よく笑うようになった。エイドの姿形は人間とほとんど変わりはないが、シリコンの切れ目や、こめかみや、頬にアンドロイドらしい機械的装飾やデザイン、ネジの跡がある。毎日の食事だって、味気のないローションを少しでも彩ろうと見た目だけでも工夫してくれる。エイドは、ウェロウに中々前の主人―トレバーの事を聞き出すことはできなかったがよっぽどいい人間だったのだろうと思った。


 ただひとつ奇妙だったのは、彼女と母親が自分に面会したとき、母親の口から出た言葉だ。

「引き取りの条件は簡単よ、彼女にやさしくするだけでいい」

 きっと、自分は〝そのためだけ〟の存在なのだろうと彼はその時自覚したのだ。


 やがて、ウェロウはトレバーの事、彼のしぐさや好きなもの、デートの記憶などを話すようになった。それでも全くエイドは思い出せなかったが、焦らなくていいと彼女はいう。やがてウェロウと一緒に過ごすうちにこう思うようになった。

「僕は役立たずだ、けれどこの記憶だけは、思い出さなければいけない気がする」

 なぜなら、ウェロウに必要とされるとき、エイドの心は、死の恐怖を忘れる気がしたからだった。

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