【救われない魂】

○月〇日。

午前中の調査を終った俺は、倉持と澄子の店でランチメニューを食べることにした。

ランチメニューと言っても、簡単な定食で、1種類のみ。売り切れ御免。

でも、近くの工事で来ている労働者には好評だった。

隣の那珂国料理の店も、あれ以来トラブルはない。流石に毎回通訳随行では、利用しにくいのだろう。世間も、あの連中より店の主人に好意的だった。

外で大きな音がしたので、慌てて俺達3人は外に出た。追突事故だ。ガレージの前なのに。そして、運転席を覗くと、どちらの自動車もドライバーがグタッとしている。

倉持が、俺の指示を待たずに110番した。救急車も必要だ、と言って。

那珂国料理の店の主人も出てきた。

「こんなん初めて見た。前の車、山中さんの車みたいやな。車庫に入れようとしたのかな?」

澄子の店の前は、貸しガレージで、右側に5台、左側に5台。計10台の自動車が入る。やがて、サイレンの音が聞こえてきた。

俺と倉持は、手分けして緊急自動車を誘導した。消防車が入って来て、パトカーは路地の後方に駐車した。

引火している様子がないので、点検後、消防車は出ていった。

代わりに救急車がやって来た。救急隊員は、「絶命している感じやけど、規則やから、救急病院に搬送します。」と警察官に言い、救急車は出ていった。

パトカーからやってきたのは、以前心斎橋署で見た警察官だった。転勤か。確か、六角さんとか言ったな。

「幸田さん。久しぶりですねえ。この車両の運転手は、さっき免許証で確認しましたが、山中忠さんですね。」

「ええ。そこのガレージの左側の列の一番奥です。入れようとしたのか出ようとしたのか、後ろのクルマにオカマされてますね。」隣の主人は言った。

「通報してくれたのは、幸田さんですか?」と、六角さんは尋ねた。

「ええ。」本当は倉持だが、細かいことだから問題はない。

「後でまた、状況確認させて貰いたいんですけど。」

「あ。それやったら、ここに来て下さい。」俺は、新しい名刺を六角さんに渡した。

午後7時。

六角さんは、横ヤンと一緒にやって来た。

「ロクさんは、同期やねん。興信所にも連絡来たさかい、一緒に来たんですわ。」と、横ヤンは言った。

「2人とも死んでましたわ。追突原因も不明。死因も追突やなくて、追突する前に薬物で殺されたらしい。追突した方のドライバーはクリーニング店の主人、柳瀬達夫。お蔵入りしそうや。もう、いかれこれやわ。」

いかれこれ。久しぶりに聞くなあ。ロクさんは、泉州出身か。

晩飯を食べながら、澄子は言った。

「確か、山中さんはサラリーマンで、家族がないから、『俺の入る墓ないんや』って、よう言うてたわ。遺族は親類になるやろうけど、山中さんの代わりに墓守られへんかったら、墓仕舞いになるって言ってた。」

「俺も、お前と一緒にならんかったら、山中さんと同じ運命やったよ。」

「ああ。レッカーでクルマ運んだ後、ガレージの貸主の八島電気のオヤジが来てな。家賃減るなあ、やて。嫌なオヤジやで。」

「この世は人情、紙風船、か。」

俺は、視線を感じた。視線の先には恋女房がいた。目が輝いていた。

あの世でも、ギラギラ目が輝くんやろうか?

―完―

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