『食い逃げラリー』

 ○月〇日。

 俺は、佐々ヤンに言われて、ある、うどん屋を見張っていた。『食い逃げ日本一』と呼ばれる、男の現行犯逮捕の為に。何故、この店に絞るか?リストアップされた大阪市内のうどん屋で、やられていないのは、この店だけや。

 店から、男が出てきた。俺と倉持は、足早に去った男を追った。逃亡ルートは検証済みや。男は、住宅の密集をいいことに、屋根伝いに逃げた。そっちは倉持に任せて、俺は路地を駆け抜けた。俺は年齢的なこともあって持久力は低い。だが、ダッシュは出来る。

 やがて、挟み撃ちで奴を追い詰めた。男はナイフを抜いた。罪が増えたな、と俺は思った。サイレンの音が聞こえてくる。さっき、長波ホイッスルを吹いたからだ。長波ホイッスルとは、犬笛に似た笛で人間の通常の耳では聞こえない。これはEITOの道具だが、お嬢がコマンダーこと大前さんを通じて『お裾分け』して貰ったものだ。そして、脚に仕込んだ追跡ガラケーのスイッチも入れておいた。追跡ガラケーは、振動でスイッチが入り、GPSを通じてEITOに現在位置を送る。

 男は、この1ヶ月で、リストの店9軒の『うどん屋食い逃げ』を達成している。大阪府警の小柳警視正は『テロ』と判断、南部興信所にも協力を求めてきた。

「観念せんかい!」と横ヤンと花ヤンが現れて恫喝すると、予想通り、誰を目標にして分からないから、ナイフを振り回す。

 俺は、奴の小手、詰まり、手首に手刀を入れた。所長に鍛えられた、最低限の護身術が生きた。

 ナイフを落した男は、こう言った。「お前ら、警察ちゃうやろ。逮捕できへんやろ。」

 横ヤンは言った。「元警察ですぅ。」

 花ヤンは言った。「元警察ですぅ。」

 駆けつけた、佐々ヤンが調子を合わせて言った。「現警察ですぅ。」

 佐々ヤンは、簡単に手錠をかけて、「ご苦労様です。」

 早仕舞いした澄子の店に行き、俺達は、おでん定食を食べた。正月も節分も済んだ時期は閑古鳥状態だ。皆、車の運転があるから、焼酎の中に入った、ミネラルウォーターをコップについで、祝杯を挙げた。

 俺のスマホが鳴動した。府警の佐々ヤンか。

「幸田さん、南部興信所に感謝状出るらしいで。」「ホンマですか?」「あの男は、偽のChot GPTを使ったサイトで雇われたらしい。リストのうどん店で、バレンタインデーの一週間前までに『食い逃げラリー』を制覇したら、ご褒美くれる、って。簡単に欺される脳みそしかないが、『走り』が早い。コロニー流行る前は、西宮の韋駄天ランナーやったらしい。福男を2回勝ち取っている。まあ、ギリギリでタイムオーバーや。今日、何日か知ってる?」

「2月5日ですね。」「件数も多いしな。取り調べに拘置所に2日は缶詰や。ご褒美はパア、やな。」

 皆が帰った後、澄子を手伝って片づけていると、おもむろに澄子は言った。

「晩飯、何にする?」「今食べたとこ・・・。」俺は言葉を呑んだ。

 俺は悟った。澄子は、2回目の晩飯と一緒に、『俺』を食う気や。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る