臨時休業
〇月〇日。
「兄ちゃん、どうしたん?あ。こっちの人も。」と、藤島ワコは、言った。
ワコと俺は、幼なじみで、ワコは今でも俺の事を「兄ちゃん」と呼ぶ。
先日、ワコも一時期、その気があったと知ってショックやった。妹みたいに可愛がっていたから、恋心を打ち明けられず今日に至った。俺には今、澄子がいる。
目移りしている場合やない。
あ。この男は依頼人や。浮気調査は、大抵亭主が浮気して、感づいた女房が相談に来る。この場合は、逆。この男の女房が浮気して、調査を依頼してきた。
で、浮気現場に踏み込んで、大乱闘。というか、依頼人の牧場冬吉も俺も投げ飛ばされて、怪我をした。
やがて、先生がやって来て、「取り敢えず、血止めして、レントゲンやな。CTも取るか?幸田。今日は技師の先生がおるさかい、両方出来るで。」
「そんなら、俺の分と牧場さんの分とお願いします。」俺は事情を話した上で、「ただの怪力女」の、牧場の女房のことを話した。
「で、浮気相手は?」「俺らが伸びてる間に怪力女房と逃げました。」
先生と俺の会話を聞きながら、包帯巻きながら、ワコがクスクスと笑った。
器用なやっちゃ。
病院を出てから、牧場さんに契約書類を渡して、タクシーに乗る前に、興信所に電話した。
「そうか。浮気相手は東京在住やったな。よっしゃ。中津興信所には俺から連絡しとく。傷薬の抗生物質と痛み止めの飲み薬、湿布やな。経費で落せ。それと、今日は直帰してええぞ。後の案件は倉持、花ヤン、横ヤンで振り分けるから。」
帰宅すると、店を開けずに、澄子が待っていた。
「店は?」「今日は臨時休業。あんた、えらい目に遭ったなあ。プロレスでもやってたんかなあ、その女。」「さあな。」「ちょっとマ、横になっときや。災難は忘れた頃にやってくる、や。」「ああ、能登地震か。」「いや、そっちも大変やけどな。中田さんとこ火事で丸焼けらしいで。」「どこの中田さん?」「大泉元総理の時、官房長官やってた、中田格雪の娘の中田あきこ。火の不始末らしいけどな。全焼や。」
恋女房の澄子の声が、段々聞こえなくなってきた。薬が効いてきた。俺は幸せもんや。
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