捜索願

 ○月〇日。

「なあんや。急患やーて言うから白衣に着替えて損した。お焼きは旨いけど、ボヤキはうまないな。」

「そやけど、先生。」「そやけど、先生・・・何、甘えてるんや。三が日は休みや。貼り紙出してあるやろ?歳が歳からな。諦めるんやない、待つんや。一択や。そもそも、何でもっと、はようにワコに手エ付けへんかったんや。待ってたのに。」

「待ってたのに。」と横から当人のワコが言った。「お陰で、ウチ、『行かず後家』や。」

『行かず後家』とは、関西弁で、嫁に行き遅れた未婚の女性を指す。

 俺は、ワコと幼なじみで、ワコは今も『兄ちゃん』と呼ぶ。

 大前さんと総子の関係に近い・・・いや、違うか。

「で、いつからいてへんねん。行方不明やったら、お前のしごとやろ。」

「夕べから。」所長が、三が日は休もうって言ったから、倉持は実家の群馬へ、花ヤンは実家の天橋立へ、横ヤンは実家の奈良の熊野にそれぞれ帰っている。澄子の店も三が日は休み、元旦に初詣に行った。東京では事件続きだが、大阪では今のところ、大きな事件が無いから、EITOからの協力要請もない。一日中、顔を合せるのも久しぶりやったから、飽きたかも知れん。明日は違う所に初詣に行こうか?と考えていたら、またいなくなった。

 一晩考えて、失踪届、いや、捜索願を出す前に藤島病院院長に相談に来た。

 病院とはいえ、ベッドが少なくなったし、実質はクリニックなのだが、行く行くは大病院に勤務している長男に譲って、昔のように大きな医療機関にする積もりらしい。

 看護師は、経費節減という名目で、娘のワコしか看護師がいないのだが、看護師の募集をして採用しても、ワコと折り合いが付かないから辞めてしまうのが現状だ。

 俺は思い出した。子供の頃、院長の目の前でワコを将来お嫁さんにします、とプロポーズにみたいな宣言をしたのだ。澄子と結婚して祝福してくれていたのだが、本心は嫉妬で明け暮れていたのだろうか?

 院長は便秘の薬を処方してくれた。

 帰り際、通用口を出たところで、ワコに呼び止められた。

「兄ちゃん、おめかけさんでもええよ。欲求不満の時は、相手していいよ。」

 踵を返して帰って行くワコを手鏡でそっと見た。舌を出していた。

 もうウブやないわな。冗談キツーーイ親子や。

 後で聞いた話やが、診察室の裏で澄子が佇んでしたらしい。

 女心は、複雑や。

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