第6話

 ヌルたちは町についた。ヌルはケンを背負って町まで連れてきた。町につくまでは獣の気配がなかった。ヌルたちは幸運だった。


 町の門に着くと、ヌルは門を叩いた。すると、藤岡の声が門から聞こえた。


「赤いマフラーには」


 ヌルは答える。


「マスクが似合う。」


 そういうと、門が開いた。ヌルはその合図がおかえりと言われたように感じた。


 ヌルとギャビンたちと朝川が入りきると門が閉じた。ギャビンは座り込んだ。


「た、助かった、のか。」


 藤岡は膝をついて

「よく、がんばったね。」

 と讃えた。ギャビンは

「ありがとう、ございます。」と会釈した。藤岡は立ち上がりヌルにも

「君も、よく帰ってきた。」と野太いが優しい声で言った。ヌルは顔を下げた。ヌルは藤岡の顔を見れなかった。藤岡はほほえましいと感じた。


 ギャビンたちは町の一角に部屋が空いていたのでそこを分け与えた。ギャビンは部屋に入るとベッドにダイブした。


「ひっさしぶりにベッドで寝られる!なあ、ケン!」


 アカネ、ケイ、ケンは小屋の時と同じ場所で同じ格好をしていた。ギャビンはいう。


「なあ、もうここにはあの怪物たちはいないんだ。安全なんだよ。」


 アカネはこちらを見ずにいう。


「いや、分からない。分からないわよ。ここが安全って誰が決めたのよ。私は見たわ。ブレイズが死ぬところを。」

「それりゃあ、僕だって。」

「じゃあ、なんで平気なのよ。ギャビンは。」

「それは。」


 ギャビンはケイに問いかけた。


「なあ、ケイ。もう毛布を被らなくてもいいんだ。」

「いやだ!絶対被る!お外はもうヤダ!寝られないならこうしてる。」


 ギャビンはケンにも問いかけた。


「なあ、ケン。お前は分かるよな?ここが安全だって。」

「い、いや。分かってはいる。分かってはいるんだが。」


 3人は何も言わなくなった。ギャビンはその空気に耐えかねて外に出ていった。


 ギャビンは空を向いて歩いていた。町の空は雲に覆われていて、雲から漏れるかすかな光しか見えなかった。ギャビンは家と家の間から見える空を見ながら歩いた。


 歩いていると町から少しだけ声が聞こえるだけだった。家に誰かがいるのは分かるが、誰がいるのかも分からない。ギャビンは自分が知っている讃美歌を歌った。


 上を向きながら神に祈った。涙がこぼれないように、我慢しながら。


 ヌルは朝川に連れられて町の広場に向かった。町の広場の掲示板を見ると、なくなった人の写真があった。ヌルは聞いた。


「朝川さん、張ってくれたんですね。」

「まあな。」

「ありがとうございます。」

「いや。お前さ、感謝とかされたいって思ってやってねえんだよな?」

「え?」

「お前の行動を見てると、そうとしか思えないんだよ。」

「は、はぁ。」

「無意識か。そんじゃあ、これを張ったらどうなったかは予想はできてるか?」


 ヌルは答えられなかった。朝川がいう。


「やっぱりな。それじゃあ、教えてやる。

 俺がこの町に戻った時に藤岡さんにも伝えた。あの人も神妙な顔つきしてたぜ。でも、あの人『好きにやらせてみたらいい』と答えたんだ。

 それで俺はあの掲示板に遺影を張った。ここに書いてあるが『ここにお亡くなりなった人たちの遺影を置きます。』と書いた。酷だと思ってあえてここにあることは町中に言わなかった。

 それから1時間くらいするとな、一人見に来たんだよ。その人は血相変えてその場を後にした。すると、また次の人、また次の人と来てな。自分の知っている人じゃないのか、そうじゃないのか。そやって見る人が途切れ途切れで来たんだ。

 そうすると、一人の男が来てな。その男、泣き崩れたんだよ。遺影を抱えて。その時、音がいうんだよ。『ごめんなさい。ごめんなさい。お前たちを探しに行ってやれば。行ってやれば。ごめんなさい。』って。

 写真は取ったが、今は見せられない。」


 朝川は一滴涙を落とした。


「こんな風になっちまう。」


 ヌルはもう一度掲示板を見た。その時ひどく複雑な感情が腹の中で混ざっていた。彼らの中にはギャビンたちを見捨てた人もいた。でも、ギャビンたちは助かった。ヌルはぽつんと小声で言う。


「なんでギャビンたち助かったんだろ?」


 朝川はいう。


「それは、誰だって思うんだよ。こういう時。頭で分かっていても偶然に理由を求めるんだ。」

「理由を、ですか?」

「そう。理由を。どうして自分は生きていて、相手は死ぬのか。災害だと特にそうなんだよ。自分がなくなった人よりなんで生きているのか。生きている価値が大切な人よりもあったのか、生きている価値で変えられるなら自分がなればよかった、そもそも生き残るに自分は値するのか。でもな、人間はさ、神様になれねえんだよ。いくら頑張っても人間を人知を超える偶然っていうのはどうにもならないんだよ。」

「だから、理由を見つけて合理的に考えようとすると?」

「何もかも偶然だ。頑張ってもどうにもならないときはきっとある。」


 ヌルは少し悲しい顔をした。朝川は続けて言う。


「でもな、頑張りがその偶然を曲げてくれるって信じるんだ。その偶然を信じて、お前は歩ける。これはな、ある人科学者が言ったんだ。『偶然を信じてないと前には進めない。』偶然を信じないとさ、無茶なことに進めることができないんだよ。全部を理屈でどうこうできるなんて、できないだろ?」

「は、はい。」

「よし、この話はおしまい。志村のところ行ってこい。きっと待ってるはずだから」


 ヌルはすぐに志村の家に行った。志村は驚いた顔をしていた。


「ヌル、あんた帰ってたの。」

「え、ええ。」

「そう。そのマフラーもつけてるのね。」

「似合って、ますかね?」

「似合ってるかどうかはあなたが決めてよ。私はただ傷隠しに作っただけ。」

「そ、そうですか。」


 ヌルと志村は少し沈黙した。沈黙に耐えきれなくなって志村がいう。


「ああ!もう!マフラーもらってうれしかった??そうじゃないの??」

「う、うれしかったです!」

「じゃあお礼!」

「ありがとうございます!」

「よろしい。」


 ヌルは一呼吸おいて言う。

「あ、あの、妹さんはあの中にいましたか?」


 志村は鼻から息を吐いた。


「いなかったわ。」


 ヌルはどう答えたらいいか分からずに沈黙した。そして志村が言う。


「ああ、別に怒っているわけじゃないから。感謝は、してるわ。」

「でも、まだ生きているかどうかわからないし。」

「そうね。そうね。でも、いつか見つかるでしょ。どんな形であっても。」

「そ、そうですね。」


 ヌルと志村は黙る。志村はぽつん言う。


「でも、生きていて欲しいわね。」


 ヌルはその言葉を聞いて、もう一度行かないという気持ちが沸き上がった。ヌルは言う。


「じゃあ、僕は戻ります。」


 その時志村はヌルに赤いマフラーを投げた。志村は言う。


「えっと、今のやつぼろいから縫ってあげる。縫い終わるまで代わりのマフラーを使って。」


 ヌルは今つけているマフラーを脱いだ。そして、新しいマフラーを巻いた。ヌルは言う。


「ありがとうございます。」

「いいから、いってらっしゃい。また、おかえりって言ってあげるから。」


 そういうとヌルは部屋を出た。部屋の扉が閉じる前にヌルは

「いってきます。」とつぶやいた。

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