第4話

 次の日、ヌルは再び町の門の前にいた。朝川もいた。朝川は弓と剣とキャンプ装備を持っていた。矢も30本ほど持っていた。ヌルは勝手に装備された短剣と松明と枝木と火打石を持っていた。


 門前には藤岡がいた。藤岡は門前に不動明王のように立っていた。藤岡は言う。


「君はまた行くのか?」

「ええ。行かせてください。」

「またあのようなことがあったらどうする?」

「また戦います。負けたとしても、きっとまた蘇って見せます。」

「蘇らなかったらどうする。」

「僕の遺志を朝川さんに伝えています。誰かが僕の遺志を聞き、伝えて、果たすことを願います。」

「そうか。」


 そういうと、藤岡は門を空けた。ヌルと朝川は門を出た。門外は昨日と違い、風が吹き荒れ灰が舞い上がっていた。灰が鼻から入ると土がすすけた匂いがした。朝川は

「なんの匂いだ?嗅いだことのない匂いだ。」と口で手を覆った。


 藤岡はヌルに行った。


「生きて帰ってこい。死体で帰ってきて君に土をかぶせるのは避けたい。」

「分かりました。」


 ヌルと朝川は一昨日ひいた道をひたすら走った。ヌルは前と違い道を馬のごとく走った。朝川は大声で言った。


「ちょっと待て!速すぎる!もっとペースを落としてくれ。」


 ヌルは止まった。朝川はマラソンくらいのペースで走るのがやっとだった。ヌルは朝川のペースに合わせて走った。


 1時間ほどで作った道の最端にたどり着いた。ヌルはマフラーで口元まで覆い隠した。そこから松明を立てた。松明を立てると灰が巻きあがった。灰はマフラーに付き、薄汚れた。朝川はその姿を写真で撮った。


 松明を立てると灰が舞い上がる。灰の粒子はヌルの衣服についた。太陽の光は入らないが灰の粒子はきらきらと反射していた。作業をすればするほどヌルの服は灰色になっていった。時折ヌルは服についた灰をはたいた。はたくと灰はさらさらと地面に落ちていった。


 風が吹くとヌルと朝川に灰が覆いかぶさった。風の吹いた方向を見ると、遺体が灰から半分むき出しになっていた。100メートル程度先だが、顔がよく見えた。みな一方向をみていた。朝川はいう。


「おい、ヌル。あれってさ、あいつらにやられたんじゃ。」

「かもしれない。でも、今は埋める時間はないよ。」


 ヌルはすぐに松明を立てる作業を続けた。朝川もそこをすぐに離れた。


 ヌルは遺体が頭を向いている方向と逆の方向に向かった。その方向に街道が続いていた。その先には枯れ木の森が続いていた。木は幹が白くなり、葉が灰色に染まっていた。木は死んでいて白くなり、葉は灰によって染まっていた。


 木々の間から風が吹く。ヌルと朝川は注意深く風の匂いを嗅いだ。匂いがあれば獣がいる合図になる。風が吹くたびに朝川の表情がこわばる。朝川は

「なあ、なにも匂いしないよな?」と聞いた。ヌルはいう。

「いや、何もしないです。進みましょう。」


 ヌルはひたすら街道に沿って松明を立てた。松明を立て続けること、2時間くらいした頃に街道の先に小さく建物が2つ見えた。バラック小屋のように見えた。朝川はヌルに聞いた。


「おい、あそこに建物が見えないか?」

 ヌルはうなずいた。朝川は

「お前はそのままで続けていてくれ。俺は先に見てくる」と言って、先に小屋の方へ行った。ヌルは松明を立て続けた。ヌルは一瞬志村の顔が頭をよぎった。ヌルは頭を上げて小屋の方を見た。


 頭に志村の死に顔と志村の泣き顔が浮かんだ。


 ヌルはペースを上げて街道に松明を立てた。吹く風に追いつくように速く進んだ。


 ヌルが小屋に着く。小屋の近くには馬を止める小屋と人が入る小屋があった。小屋の周りを見渡すと、辺りに獣の歩いたあとがあった。複数の獣の足跡と人の足跡がくっきり残っていた。ヌルは足跡を消さないように小屋の入口に向かった。


 入口は少し空いていた。ヌルは恐る恐る開けると、複数の遺体があった。一人は後ろから噛まれて、もう一人は手にナイフを持って仰向けで倒れていた。奥には子供と親の遺体があった。親は引っ剥がされたかのように仰向けになっていた。子供はうつ伏せだった。


 ヌルは遺体に近づいた。遺体の首元には獣に噛まれた跡があった。足跡は消えていない。死んで間もない。


 後ろから朝川が入ってきた。ヌルは朝川に聞いた。


「朝川さん、これはもう撮ったんですか?」


 朝川は一拍おいていう。


「いや、撮ってない。お前の神経を逆なでしたくなかった。周りの写真だけだ。」

「そうですか。では、お願いです。彼らの写真を撮ってください。」

「何?」

「お願いです。早く街にこのことを伝えたいんです。」


 朝川は一人ひとりの顔を撮った。うつ伏せになっている人を仰向けにし、手で目を閉じさせる。ナイフを持った人も目を閉じさせた。親も子も同様に。


 朝川は喉の傷が見えないように写真を撮る。


 朝川はいう。


「よし、撮ったぞ。」


 ヌルは頭を下げた。


「ありがとうございます。」


 ヌルの影も薄く頭を下げた。朝川は外に出た。


「もう日が落ちるはずだ。今晩はここで野宿だな。ヌル、焚き火を作れるか?」

「え、ええ。松明も枝もあるので。」


 ヌルはすぐに外で焚き火を作った。それから30分すると辺りが真っ暗になり、焚き火とひいた松明の道しか見えなくなった。


 ヌルと朝川は隣り合って焚火で暖を取っていた。朝川は周りをしきりに警戒していた。ヌルは火を見ていた。火が布のように揺れる。ヌルは一切動かずじっと見ていた。朝川はヌルに聞く。


「おい、お前怖くないのか?」

「獣がですか?」

「そうだよ。あいつらみたいに食われるんだぞ。」

「まあ、それなら怖い、とは思います。」

「怖いと思うって。お前、どこか抜けてるところあるよな。」

「え?」

「自分を犠牲にすぐにできるというか、自分への天秤が軽いというか。」

「そうですか?みんなそういうものかと思っていますけど。」

「普通はそうじゃない。無視したり、関わりない、関わったら犯罪者扱いされるかもしれないと思って何もしない。」

「それはそれで変ですね。」

「どこがだ?誰だって犯罪者になりたいなんて思わないぞ。」

「正しいと直観できたら、すぐに行動できるものじゃないんですか?」

「ふつうはできないぞ。面倒ごとに巻き込まれて、飯が食えなくなったらそれこそことだ。は~。言ってたら食いたくなってきた。」

「おなかは空かないはずです。」

「そうじゃなくって、味わいたいって言ってるんだよ。立ち食いソバか、チェーンのうどんが恋しい。ヌル、お前にはなんかないのか?好きな食べ物。」

「そんなのないです。」

「それか。思い出に残る飯とかは?なんかあるだろ。」

「しいていうなら、ゼリーですかね。」

「ほう、ゼリーか。それでゼリーは珍しいな。どんなゼリーだ?」

「ただのゼリーです。味も薄いですし。ただ、食感がよかったなと。」

「どんなゼリーだよ。逆に食べてみてえよ。」


 その時、風が吹いた。風にほんのりと獣の匂いがした。朝川はヌルに聞く。


「おい、さっき獣の匂いがしたよな。」

「ええ。しました。」


 ヌルと朝川は風が吹いた方向を向いた。その先に目が人程の高さにあるのを確認した。朝川はヌルの後ろに隠れた。ヌルは短剣を抜いた。その姿は少しずつこちらに向かっていった。


 徐々に姿が見える。顔が長い。人ほどの高さなら、狼男に違いないとヌルと朝川は思った。


 ヌルは狼男の足元に松明を投げた。


 そこには馬がいた。ヌルは短剣を鞘に収めた。ヌルは恐る恐る馬の顔を触ろうとした。すると、馬は頭をぶるると揺さぶって拒否した。朝川は引きつり笑いをしながら言った。


「ははは。なんだよ、馬かよ。ヌル、お前さんは下手だな。馬は首筋からなでるんだよ。」


 朝川はヌルをどけた。朝川は馬をじっと見た。馬の耳がこちらを向いたら、ゆっくりと首筋をなでた。


「よ~しよ~し。いい子だ。

 ヌル、いきなり顔を触るもんじゃない。生き物にだってペースがあるんだ。少しゆっくりと触ればいい。」


 なでていると、馬は朝川の顔をなめ始めた。


「くすぐったいぞ、こいつ。」


 ヌルはいう。


「なつかれたみたいですね。」

「そうだな。NPCだが、なんだかうれしいものだ。」

「いえ、馬のNPCはいないはずです。」

「え?」

「正確には、現実であるような馬は存在しません。この世界のNPCの動物は架空の動物ばかりなはずです。」

「それじゃあ、こいつは。」

「分かりませんが、敵ではなさそうです。」


 馬は自分の頭を朝川にこすりつけた。


「わかったから、わかったから。捨てたりしないから。」


 ヌルと朝川はそのまま何事もなく夜が明けた。夜が明けるとヌルは朝川にいう。


「朝川さん、ちょっと試してみたいことが。」

「お、なんだ?」

「僕と朝川さんが乗った状態の馬を競争させてみてください。ちょっと試してみたいこととお願いがあるんです。」


 そういうと、朝川は馬に乗った。馬に乗るのはスムーズに言った。体が勝手に動いて馬に乗れた。朝川は小屋の横で準備した。ヌルはいう。


「枝が折れ曲がった木が見えますか?」

「ああ、見えるぞ。」

「あそこまで競争です。」

「分かった。」


 ヌルは走る準備をした。朝川は手で馬の尻を思いっきり叩いた。その瞬間、ヌルと馬は走り出した。


 ヌルは風のごとく走り、馬は疾風で風を切り裂いた。

 


 ヌルの方が少し速かった。ヌルはいう。


「朝川さん。あなたは先に町に戻っていてください。」

「は?どうして?」

「この馬なら今から走れば昼には町につくはずです。それで、亡くなった人の写真を速く届けてください。」


 朝川は馬を降りていう。


「お前、正気か?」

「正気も正気です。もし、志村さんの妹がいれば、約束が果たされるはずです。」

「そういうことを言ってるんじゃい!誰が死んだことを早馬で知らせるんだ。お前はそれが正しいと心の底から思ってるのか?」

「分かりません。ですが、この先にもまだ志村さんの妹がいるかもしれないんです。死んでいても、僕はそれを伝えるために道を繋げます。」

「お前、本当に分かっていなんだな。は~。」


 朝川は馬に乗った。


「伝えてきてやる。終わり次第また来る。お前がどうなるかは俺が見届ける。」


 そういうと、朝川は馬を走らせた。ヌルはまた街道に沿って道をひいた。

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