第3話

 朝川はヌルを引きずって門に近づく。ヌルの首元には獣に開けられた穴がくっきり見えた。穴からは空気が出入りしているのを朝川は感じた。


 朝川は

「なんだよこれ。なんだよこれ!」

 と青ざめた顔でぼそぼそと言う。


 朝川は門に着くと門に頭を打ち付けた。


「おい!おっさん!てめえ早く開けろ!合言葉なんざいらねえくらいの緊急事態だ!

 さっさとあけろ!赤いマスクだ!赤いマスク!」


 朝川が叫び続けると門が一人入れる程度開いた。朝川はヌルを引きずって中に入った。


 中に入ると、朝川はヌルを横にした。朝川は藤岡に大声でいう。


「おっさん!こいつ、やべえことになったんだよ!首元にかぶりつかれたと思ったらいきなり立ち上がって、それで獣をなぐりころしやがったんだ!そうしたと思ったら、いきなり立って倒れて!」

「おちつけ。要するに、食われたと思ったら生き返ったと。そうだな。」

「そうなんだよ。だが、こいつ息しているかどうか分かんねえんだよ。」

「脈は見たのか?」

「は?脈?この世界に脈なんて概念ねえよ!あ!待てよ!」


 朝川はヌルのコンソールを開いた。コンソールからステータスの項目を見る。ステータスは体力、状態ともに正常だった。


「と、とりあえず、ゲームオーバーにはなっていないな。」


 藤岡はヌルを消防士の担ぎ方で担いだ。


「とりあえず、私の家で見てみよう。」


 藤岡と朝川は藤岡の家に行った。藤岡の家を開くと、ダイニングに一人の女性がいた。女性は言う。


「お父さん!どうしたの、その人!」

「麻衣。ベッドを空けてくれ。この人をベッドで看病する。」

「わ、分かった。ちょっと待ってて。」


 麻衣はすぐにベッドメイキングをした。ベッドメイキングを終えると、すぐにヌルをベッドに寝かせた。


 藤岡は

「よし、傷口を見るか」と言った。朝川は

「ここじゃあ、傷が化膿することなんてないぞ。」と答えた。

「そ、そうか。ここはそういうところだったな。」

「それにしても、どうしてこいつはあれだけ襲われて無事でいるんだ?」

「確かに傷口から見るにかなり深く噛まれたんだな。この傷の深さだと気道を貫通している。首元を思いっきり噛まれたな。」


 藤岡は首元に手をかざした。噛まれた跡から呼吸を感じた。


「驚いた。噛まれたところからも息をしている。」


 そこに麻衣が来る。


「お父さん、一応清潔そうなタオルは用意したわ。」

「ありがとう、麻衣。だが、タオルは必要なかった。」


 そういうと、ヌルが目を覚ました。


「こ、ここは。」


 麻衣がいう。


「目を覚ました!」

「き、君は。それに、藤岡さん。朝川さん。」


 ヌルはいきなり起き上がった。


「朝川さん!大丈夫でしたか!」

「あ、ああ。大丈夫だ。それより、お前。どうして生きている?」


 ヌルは言葉を詰まらせた。


「わ、分かりません。ただ、食われたあとにいきなり記憶が飛んで。」

「それじゃあ、獣を倒したのも覚えてないっていうのか?」

「獣って、どういう」


 ヌルは急に咳き込んだ。


「げっほ、げっほ。ごっほげっほ。

 ごおっふぉがっふぉ!

 おごっふぁ!」


 ヌルは口を抑えても席が止まらなかった。咳は喉に開いた穴から出た。ヌルは口と喉を押さえた。すると、咳が収まった。

「す、すみません。」


 藤岡はいう。


「もしかして、その穴から異物が入って咳き込んでいるかもしれない。」

「そんなまさか。」


 ヌルは喉から手を放した。ヌルはまた咳き込む

「げっふぉ、えげっふぉ!」


 ヌルはまた喉を手で押さえた。


「やはりな。まだ病み上がりだ。ちょっと休んでいてくれ。」

「いえ、まだ道をひいていないです。すこし準備したらまた。」

「安静にしていなさい。」

「でも!」

「寝なさい!!!」


 藤岡はヌルを一喝した。ヌルはベッドに座った。


「まだ、僕は約束を果たしてないです。」とヌルはいう。藤岡はそれに答える。

「行くなとは言わん。ただ、今は休みなさい。それが今君がしなければいけない仕事だ。」


 ヌルはベッドに横になった。藤岡は麻衣にいう。


「麻衣、看病を頼んだ。」

「分かったわ。任せて、お父さん。」

「朝川くんも、ヌル君の知り合いを知っていたら安否を知らせてくれ。」


 朝川は了承した。


 ヌルは横になった。だが、睡眠はできなかった。目をつむってもまったく睡魔が来ない。ひたすら天井を見ることしかできなかった。


 それから一時間程度すると、麻衣が来た。麻衣はタオルと水を入れた桶を持ってきた。


「あの、喉の方どうですか?」と麻衣が聞く。

「あ、ええ。寝ていれば大丈夫です。」

「よかった。傷口を拭きますね。」


 麻衣はタオルを水で濡らしてた。タオルを雑巾絞りで余分な水分を抜いた。麻衣は優しくヌルの傷口を拭いた。


 タオルで傷口をふさぐと肺に湿った空気が通るのを感じた。湿った空気は肺に入っていった。


「は~」とヌルは息を吐いた。

「気持ちいですか?」と麻衣は聞く。

「はい。気持ちいいです。ありがとうございます。」

「よかった。ふさがるまではここで私たちが見ますから。」

「え?」

「その傷じゃどこにもいけないわ。ふさがるまでの辛抱です。」


 ヌルは麻衣の手首を掴み、目線を麻衣に向けた。


「それは、できません。」

「その傷じゃ、なにもできないわ。それに外に出ても危険なだけ。それにきっと外の人たちがきっと助けに来てくれるわ。」

「それが一年も二年も待つことになったら?」

「え?」

「一年も二年も同じ世界にいる人たちが会えないのは不幸なことです。会えるはずなのに会えないのはとても辛いことだと僕は思います。咳くらいなら我慢できますが、道を繋げばその不幸を減らすことはできるはずです。」

「それは、医療に携わる者として放置することはできません。命を生かすならほかの方法を考えてください。私も一緒に考えますから。」


 その時、藤岡の家のドアを誰かがノックした。麻衣がドアを開けるとヌルが約束した女性が立っていた。


「あの、どなた?」

「あの人はいますか?道をつなげると言っている人は。」

「もしかして、ヌルさんの知り合い?」

「はい。志村といいます。いるんですよね?」

「は、はい。どうぞ中に。」


 志村は中に入った。志村はヌルを見た。


「いたわね。」

「どうしてここに。」

「あのジャーナリストくずれが来たから。」

「そうですか。」


 志村は一発殴った。それを麻衣は止めた。


「どうしてあんなことしたの!頼まれもしてなくて!」


 ヌルは無言だった。


「あんたがどうなろうと知ったこっちゃないけど!ばかみたいに突っ走って挙句の果てに喉元を噛まれた?冗談じゃないわよ!」


 麻衣はなだめる。


「落ち着いてください!」

「落ち着けるわけないじゃない!何なのよ。約束約束って。見ず知らずの人にそこまで優しくするんじゃないわよ!」


 そういうと志村はすぐに藤岡の家を出た。志村はドアの前でへたれこんでしまった。


 ヌルは夜になるまでずっとベッドに横になっていた。麻衣も一時間おきにヌルの傷口をタオルで拭いた。


 夜になると、少ない町の明かりが町を照らした。その時間に麻衣がヌルに聞いた。


「ヌルさん、ちょっと聞いていいですか?」

「なんです?」

「なんで道なんて敷こうと思ったんですか?」

「あ、ああ。そうですね。」

「待っていれば助けが来るはずです。しかもこの世界なら飢えたりしない。町にいれば安全です。それなのになぜ?」

「そうですね。なんででしょうね。」

「分からないでやってたんですか?」

「ええ。分からないです。ですが、きっと会いたい人がいる人って彼女だけじゃないと思うんですよ。同じように死んでいるのか生きているのか分からない人がいっぱいいるはずです。死んでいたとしても知っていれば知らないよりかは気持ちが楽になるはずです。

 待っている人の方が辛い時もあります。道をつなげば死んでいるのか、生きているのかの手立ては作れます。」


 志村はそれをドア越しで聞いていた。志村は傷口を思い出した。


 志村は商店だった建物に入った。そこに布がないかを調べた。


 そこに赤い布があった。糸と針もあった。志村はその場で赤い布を切って縫ったを夜明け近くまで続けた。


 次の日の朝方、志村は藤岡の家に行った。ノックをしようとしたが、その手が止まった。志村は手紙と手作りの赤いマフラーをドアノブに巻いた。


 そこから走り去ると麻衣が家から出てきた。麻衣は手紙とマフラーをヌルに渡した。ヌルはマフラーを傷が隠れるように巻いた。息をするたびに、傷の部分のマフラーが鼓動した。


 手紙にはこう書かれていた。


「あなたの喉にはマフラーが似合うわ。勲章を隠すにはピッタリよ。」

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