第2話

 ヌルはすぐに取り掛かる準備をした。ヌルはそれほどやりこんでいないため最低限の武器と装備しかなかった。マッピング用の地図、剣、防具は初期にもらう装備品。そして、ありったけの松明を持った。


 朝川はその姿を見て


「本当に行くつもりか?」と言う。ヌルは表情を変えず

「ええ。」と返事をした。

「やめておけ。どう考えても無謀だ。第一、道で町と町をつなげたところでなんになる?」

「道をつなげれば、安全なルートが確保されるはずです。」

「おまえ正気か?」

「正気です。僕が果たせなくても道をつなげればだれかがつなげてくれます。そうすれば、必ず約束は果たされるはずです。」

「約束って。第一、その道とやらはお前がいなくなったら誰がやるんだ?」

 ヌルは手を止めた。そして

「分かりません」と答えた。


 その日のうちに装備を携えて、門に向かった。そこには、昨日、藤岡がいた。男は言う。

「君か。どうしたんだ、その荷物は。」と聞く。

「これから町を出ます。」


 そういうと、藤岡は鼻から溜息をついた。


「どうしたんだ。急に。」

「ここから町まで道を繋げます。」

「どうしてそこまで。」


 ヌルはまっすぐ藤岡の目を見て言った。


「僕なりに、自分への約束を果たすためです。道をつなげて、誰でも町との行き来をできるようにします。」


 藤岡は言う。


「そうか。」


 そういうと、藤岡は門を一人分開けた。ヌルは門から出ていく。そして、男は


「待ってくれ、少年。」と引き留めた。男は続けて言う。

「合言葉でここを開ける。門を三回叩いてくれ。そうしたら、私が『赤いマフラーには』と言うから君は『マスクが似合う』と言ってくれ。そうしたら門を開く。」


 ヌルは答えた。


「分かりました。でもいつ帰ってくるか分かりません。開かない場合は門の前で待っています。」

「その必要はない。門の前で待ってるよ。約束だ。」

「分かりました。その時はよろしくお願いします。」


 そういうと、門が閉まった。ヌルは最初の松明を地面に指した。降った灰が少し舞い上がり、口に入った。口の中がじゃりついた。


 ヌルはそこから10メートル程度の間隔で松明を刺していった。松明の炎はゲームの仕様上一切消えない。ヌルは怪物のいる森を避ける形で道を作っていった。


 天候は一向に変わらなかった。雨が降るわけでもなく、日が上がっても空がすこし明るくなるだけで今が朝なのか、昼なのかは分からない。ただ、夜になるときだけはぼんやりと出ていた影が薄くなるのが分かった。


 ヌルは道を作っていった。目指す町の方向など分からない。ただ、分かるのは以前プレイヤーのためにあった街道の跡がうっすらと残っていた。その跡をたどっていけば、いつかたどり着く。ヌルはそう信じていた。


 街道の跡のわきにところどころに不自然に盛り上がっているところがあった。ヌルはそこに近づいた。持っているところを触ると下から死体が出てきた。ヌルは驚いて声を出してしまった。


「わ!!!」


 叫んでも音が反響しない。ヌルは尻もちをついて、少し呼吸を荒げた。呼吸を荒くすると、舞い上がった灰を多く吸い込んだ。すこしだけ呼吸が苦しくなる。ステータスを見ると、呼吸不全というステータスが映し出された。


 ヌルはすぐに立ち、呼吸を整えた。深呼吸をして、荒くなった呼吸を通常に戻した。すると、ステータスが元通りになった。


「この灰は吸いこむとやばいな。」


 その時、後ろから声がした。朝川がこちらを読んでいた。


「おーい。待ってくれ!」

「朝川さん。どうしたんですか?あなた、こんな危険なところに来る人じゃないはずです。」

「いや、君を取材しようと思ってね。」

「あなたが?なにか企んでいるんでしょ?」

「いやいや、なにを言うんだ。電脳世界で閉じ込められた名もない一人が約束のために道を作る。最高の企画でしょ。」

「は~。邪魔だけはしないでくださいね。」


 ヌルはそのまま歩いた。


 ヌルは街道沿いに松明を立てていった。その道中には灰にかぶさった死体があった。その周りには、数々のアイテムが散乱していた。ヌルはそれを拾っていった。木と火打石をすぐに合成して松明を作っていく。


 朝川はヌルと道と遺体の写真を撮っていく。ヌルが死体を避けて松明を道に刺す姿。ヌルが歩いた部分がくぼんだ灰の道にある足跡。そして、灰に覆いかぶさりそうな死体。


 朝川はつぶやいた。


「こいつはすごい。」


 ヌルは言う。


「何がですか?」

「いや、初めて見たからさ。電脳世界の世界をさ。小説であるような人々が語るユートピアじゃなくて、真逆の光景が広がっている。お前さん、あの死体を見てみろよ。」


 朝川が遺体を指を指す。灰に覆いかぶさりそうになっている遺体だ。死体はどこにも焦点があっていない。顔だけがこちらに向いていた。そして、死体の瞳にはヌルと朝川の姿が反射していた。


 朝川は続けて言う。


「あんな姿は現実じゃないと思うんだ。噴火したあとに覆いかぶさるのは長年降り積もった灰だけだ。しかも、そのほとんどは即死だ。奇跡的な条件が揃っていないとあんな風に死体が灰をかぶることはない。

 だが、ここでは違う。死体に灰が覆いかぶさる。」


 ヌルは言う。


「だから、なんなんですか?先を急ぎましょ。」


 ヌルは足元を見た。足元の影はさっきより薄くなっていた。夕暮れ時に近づいていた。ヌルは朝川に言う。


「朝川さん。帰りましょう。影が薄くなっています。日が暮れそうです。」

「は!?空はまだそれほど暮れてないぞ!?」

「本当です。ここで引き返しましょう。また明日の朝にしましょう。」


 ヌルと朝川は作った道に沿って走った。足元を見ずに、ただひたすら道に沿って走っていった。走っていくと次第に松明の明かりが増していき、空の色が黒ずんで来る。1時間くらい走り続けると二人とも息が絶え絶えになってきた。


 朝川は

「おい、ヌル!もう少しだ!」と檄を飛ばす。

「言われなくても!」


 黒の森の脇を通ると、町の門が見えた。その時、朝川は叫んだ。


「門だ!門が見えた!おっさん!開けろ!二人が戻る!赤いマスクだ!赤いマスクだ!」


 その時、森の方から風が来た。その風には獣の匂いがしみついていた。


 朝川は青ざめた。


「お、おい。まさか。」


 松明の光で獣の目だけが森から反射していた。その数ざっと20ほどの目がこちらを見ていた。森からは唸り声が聞こえた。


 朝川は叫んだ。


「ヌル!今以上に走れ!でないと食われるぞ!」


 その声で一斉に獣たちがヌルと朝川に全力疾走で走ってくる。獣は土煙一つ上げずにこちらに来る。ヌルも朝川も全力で獣たちから遠ざかるように、すぐに城門につくように疾走した。


 獣はすぐに追いつきヌルと朝川の1メートル程度近くまで来る。獣は弱っている朝川を見た。獣たちは唸りを朝川の方向に向けた。獣たちは朝川を狙う。先頭の足の速い獣が朝川をとらえる。


 獣は朝川の首筋をとらえる。朝川は叫ぶ。


「やばいやばいやばい!こっち来んじゃねえ!くそったれ!」


 獣が首元にとびかかる。ヌルが朝川を横から体当たりして朝川を飛ばす。


 獣の口はヌルの首筋をしっかりかみついた。


 ヌルは息をしようとするが、肺に空気が入ってこない。深く牙が食い込み、気道に穴が開いてしまった。


 ヌルは息を何度も何度もするが、一向に苦しさが取れない。


 息をするたびに視界がぼやける。


 頭の奥がしびれてきて、それが脳全体に広がっていく。しびれが続くと次に手がしびれ、足がしびれていく。そして、意識もしびれてくる。


 意識が遠のく中でヌルは単語が繰り返し流れう。



約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束約束



約束


 その時、ヌルに死神が見えた。背丈がやく4メートル程度あった。死神はただこちらを見つめていた。


 死神はこちらに息を吹きかけた。息はそよ風のようであり、神風のように狂暴にこちらに飛ばした。


 ヌルは目が覚めると、あたり一帯に獣がヌルを囲んでいた。どの獣も目が血走っていた。


 朝川は尻もちをついて動けなくなっていた。


 ヌルは倒れた姿のまま誰かに糸で引かれるように起き上がった。ヌルはポケットに入っていたカードを取り出す。


 獣はヌルにとびかかる。


 ヌルはカードを持っていない手で獣鼻っ柱を思いっきりぶん殴る。獣は吹き飛ばされる。


 ヌルはカードを目の前に投げつけた。投げたカードは大きなカードになった。


 ヌルはそこに走り出した。


 カードに体当たりすると、そこには頭巾をかぶり、薄汚れたマントをまとった中世の狩人の姿をしたヌルがいた。


 もう一匹の獣が襲い掛かる。ヌルは獣の頬を思いっきりぶん殴る。獣が飛ぶと、すかさずヌルは走っていった。立とうとする獣の頭を抑え込む。ヌルは洋風の短刀の柄で獣をぶん殴る。


 獣は声を出そうとするが、口を押さえつけられて大声を出せない。獣からは高音のおびえる声がかすかに聞こえた。


 獣たちはその姿に少しずつ後ずさりする。


 ヌルは獣の顔面を必要に殴った。どんな声を出そうが、止めなかった。足をばたつかせれば、足を殴り黙らせた。殴るたびに歯が飛び散った。歯が抜けた穴から黒い血が滴る。


 獣の動きが収まるころにようやく殴るのをやめた。


 ヌルは立ったかと思えば、また倒れこんだ。

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