第1話

 その広場に一人の男がいた。男の名前はヌル。男は一人で広場に向かった。道中には骨が抜けた人が転がっていた。ヌルはそれらを避けて広場に進んだ。


 広場に行くと、誰もいなかった。家からは生活音が聞こえてくる。話し声も聞こえる。だが、人の姿が見えない。


 ヌルはあたりを散策した。町の中心にある掲示板は昨日の日付で止まっていた。掲示板の地面は黒ずんでいた。人が多く見ていると、黒ずむようにできていた。


 広場の屋台にはめぼしいものは何もなかった。いつもなら、商店を開く商売人がいてゲームアイテムを売っていた。いまや、商人がおらず空っぽの空き家しかない。


 ヌルは商店に入った。そこには値切りの交渉のための紙や商売をしたログになるデータが落ちていた。ログを見ると、いつだれがどんな買い物をしたかが書かれていた。パーティーで来ている人、一人で来ている人、カップルであろう人。


 ヌルは三者三葉な営みのデータを見て、空しくなった。この人たちはいまもこの町にいるのか、それともあの群衆にいて離れ離れになったのか、それとも今までの信頼を売って生き延びたのか。


 そうやって商店を見ていると、後ろからカメラのシャッター音が聞こえた。振り向くと男が立っていた。


「お、悪いね。撮っちゃって。」


 男は悪びれもせず言った。ヌルは答えた。


「いえ、構いません。」

「そう?ならよかった。それじゃあ、上がらせてもらって写真を取るよ。」


 男は商店に入って写真を撮り続けた。ヌルは聞いた。


「あなたは、何しにここに来たんですか?」

「あ?ああ。この光景を残そうと思ってな。こんなこと滅多に起こることじゃない。ある日突然ゲームに閉じ込められた!スクープじゃないか。」

「スクープって。一体あなたは。」

「俺は記者だ。定朝社の朝川巧だ。」

「マスコミの方?ここには何もありませんよ。」

「何もない?馬鹿言っちゃいけない!ここにはここにしかない情報が山済みだ!電脳空間に閉じ込められた人、昨日まで商いをしていたがもぬけの殻になった店、そして道端に転がっているバーチャルな死体。どれもこれも今、この時代に存在してなかったものだ。スクープじゃないわけがない。」

「あなた、正気ですか?」

「ああ、正気だよ。正気だとも。正気じゃなければこの光景に心をけがされることはないしな。は~。家に帰ってシャワー浴びたい。」


 朝川はのんきに言った。ヌルは言う。


「それでは、僕はこれで。」


 朝川が止める。


「ちょっとちょっと!待ってよ!取材させてよ。」

「は?」

「お願い!それと別の取材の手伝いもしてくれると助かるんだけど。」

「い、いやですよ。」


 ヌルが逃げよう。振り向いた視線の先に体育座りをした女性が見えた。女性は小刻みに震えていた。朝川はそれを見て

「あの子、生きているよな?」とヌルに聞いた。二人はその女性に駆け寄った。


 近づくと、確かに女性は震えていた。顔はうつむいたままで声は出ていなかった。朝川は写真を撮った。ヌルは朝川を静止した。

「おい!」

「なんだよ。危害を加えているわけじゃないし。」


 ヌルは手を震わせながら女性に手を伸ばした。すると、女性はその手をはねのけた。


「触らないで!」


 ヌルはたじろいだ。朝川は

「なんだよ、しゃべれるじゃん。」

 と言った。朝川は続けて聞く。

「すみません、あなたはなぜここで座ってるんですか?」

「帰る家がないからよ。」

「家がない。たしかプレイヤーにはかならず自分の部屋が一つ割り当てられているはずですが。」

「違うわ。あそこは家じゃない。妹はいないし、家族のいない家になんて帰ったって何もない。だからここで妹を待つの。」

「妹?妹さんはどこに?」

「分からない。でも、最初の騒動に巻き込まれてないのは確か。あの時、妹は町のずっと遠くにいたわ。クエストに出るって言ったきり帰ってこない。」

「というと、生きている可能性もあると。」

「分からないって言っているでしょ!」


 女性は大声で叫んだ。続けて女性は言う。


「分からないわ。妹がどこにいるのかも、死んでいるのかも生きているのかも。あの狼みたいなのに食べられているのかもしれない。」

「そうですか。分かりました。ご協力ありがとうございました。」


 朝川はそこから立ち去った。ヌルは朝川を追う。


「おい、それだけか?」とヌルは朝川に言う。

「なにが?」

「聞くだけ聞いてさよならかって。」

「ああ。今はそれくらいしかできないからな。おれはあの子の家族でも友人でも何でもないし。それに、説法をしたところで一時的に心が救われるだけで、なにもできない。聞くことが一番できることだ。」

「それは、あなたの事情でしょ?」

「そう。そして、今は本当に聞くことしかできない。ここでボランティアができればいいんだが、それをしてもなんの解決策にもならない。それとも、君はなにかできることがあると?」

「それは。」


 朝川はそれにばつが悪そうな顔をした。


「いや、すまない。なにもするなとか、考えて行動しろとか、そういうことを言いたいんじゃないんだ。だが、今は少し聞くことも大切なんだっていうことだ。分からないうちにあれやこれやとやるのはよくない。」


 ヌルと朝川は門の前に向かった。門の前は多くの踏みつけられた死体の山があった。朝川はそれを写真におさめた。


「ひどいな。」


 そういいながら、朝川は写真を撮り続けた。


「こいつはひどい。ん?」


 朝川はなにかを見つけた。ヌルは聞いた。


「どうしたんですか?」

「いや、俺昨日ここに来たんだが、微妙に死体の数が減っているんだ。」

「え?」

「ん~ん。気のせいかな?」


 朝川は門を見た。門は少し開いていた。門には人一人が通れる隙間ができていた。恐る恐るちょっと見てみると、一人の男が穴を掘っていた。その近くには死体が一体あった。


 朝川はいう。


「わお。こんなことがあるのか。」


 朝川は思わずシャッターを切った。すると、男の手が止まった。


「おい、そこの君!今何をした!」


 男はこちらを見た。男の姿は筋肉隆々だった。腕の太さは2,3倍あり、服の上からでも分かるくらい筋肉が張っていた。


 朝川はたじろいだ。

「い、いや。」


 ヌルはすぐに男に頭を下げた。


「ごめんなさい!すぐに消しますから。ほら、朝川さんも頭下げて!」

「す、すみません。」


 男は溜息をついて言う。


「今ここで消しなさい。ご遺体の写真は尊厳にかかわる。」


 朝川はすぐにその写真を消した。男は埋葬をつづけた。朝川は言う。


「大変失礼しました。それで、あなたは一体何を?」

「見ての通りだ。ご遺体を埋めてたんだよ。」

「はぁ。それは、尊厳と申しましたが埋葬をして弔っていると。」

「それ以外に何があるというのだね?」

「そうですよね。えっと、すみません、お名前を聞きそびれました。」

「藤岡だ。藤岡浩だ。」

「藤岡さん。なぜ危険を承知でこのようなことを?」

「危険?」

「あの森の怪物ですよ。」

「ああ。それでも、ご遺体がずっと放置されているというのも可哀想だろう。だから、少しずつでも一人ひとり丁寧に埋葬しているんだ。」

「なるほど。」

「この人たちにもきっと一緒に来ていた友人や家族がいるはずだ。その人たちはきっといま悲しみに打ちひしがれている。助けられなくても、和らげることはできるはずだ。よし、このくらいだろう。」


 男は墓穴を一人分掘った。そして、そばに置いていた遺体を持った。藤岡は


「すこし手伝ってくれ。足を持ってくれないか?」と頼んだ。ヌルは率先して手伝った。


 ヌルは両足を持ち、藤岡は胴体を持つ。ヌルが先に墓穴に入り、続いて藤岡も墓穴

に入る。二人はそっと遺体を穴に置いた。


 出ると藤岡は穴を埋めた。その手際はよく、ものの五分程度で済んだ。その上には目印になるように小枝で作った十字架を立てた。


 藤岡は言う。


「君たちも手を合わせてくれないか?私がお経を唱えている間でもいいから。」


 二人は手を合わせた。そして藤岡がお経を唱える。


「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」


 お経を唱え終えると、町に戻った。そして、藤岡はまた遺体を持ち上げた。朝川は言う。


「まだ、やるんですか?」

「ええ。この町のご遺体をすべてやり切るまで、やるつもりです。」


 ヌルは言う。


「あの、僕からも質問いいですか、藤岡さん。」


 藤岡はご遺体を下した。


「なにかな?」

「あなたは、なぜ誰にも頼まれていないのにそこまでできるんですか?」

「ああ。それはね、約束をしたからだよ。自分にね。」

「自分に?」

「そう。自分に約束したんだ。いまできうる限りのことをする。今はあの墓堀なんだ。全員を埋葬するのも自分に約束をしたからなんだ。」

「そうですか。」


 そういうと、ヌルはうつむいた。ヌルは藤岡を直視できなかった。


「だから、今君にできることを精一杯するといい。君にしかできないことは今はないかもしれないが、今できることを精一杯やればきっと本当に手を伸ばしたい人に手が届くはずだ。」


 そういうと、藤岡はまた遺体を担いで外に墓穴を掘りに行った。


 ヌルはさっきの女性のもとに走っていった。道にある遺体を踏まないように町を駆けた。


 ヌルは女性の目の前についた。ヌルは女性と同じ高さになるようにひざまずいた。


「ぼく、いろいろと考えたんです。あなたとあなたの妹さんが会えるようにするかどうかを。でも、僕どうしたらいいかまだ分からないんです。」


 女性は言う。


「そんなことを言うためにわざわざ来たの?おちょくってるの?」

「いえ。今の僕ではどうすることができないのも分かります。決して妹さんと会える約束もできません。

 ですが、あなたの妹さんがいる町までは繋げることはできるはずです。なので、あなたに約束します。私はあなたの妹さんがいる町まで道を繋げます。松明をつなげて一本の道を作り上げます。

 だから、すこし待っててください。今から僕、町を出て道を作りに行きます。」

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