幕間.間抜けなヨーキャリオ家

 □■□


「ふ、ふざけるなっ! テイドーはまだ見つからないのか!?」


 ヨーキャリオ家の立派な館の中にて。


 俺こと犬人の殺し屋「ザック」は、そう今回の依頼主パーリー・ヨーキャリオから叱責を受けていた。


「……す、すいません……」


 ……くそ。口ではそう謝ることしか出来ないが、今回の依頼は余りにも無茶過ぎる! 


 何だよ、「どこかに逃げてしまったテイドーを殺せ」って!


 どこだよ!? 


 このくそ広い大陸の全部を探せるわけないだろ!?


「はあ!? ごめんなさいじゃないわよ! あんたそれでも殺し屋なの!?」


 パーリーの隣りにいる、チレーバとか言うくそ高飛車女も俺を罵倒してきやがる。


「……っ、今回の依頼は難易度が高く、中々発見が……」


「口答えするな! 折角依頼したのに、本当に使えないな!」


 うるせえ、お前達の無能を俺のせいにするな!


 そもそもこいつらが俺に依頼して来やがったのも、そのテイドーとやらが逃亡して一日経過してからだ。


 最初はこの周囲にあるゲイン森林の広大さを舐めていたのか、自分達だけでテイドーを捕まえようとしていたようだ。


 それで広すぎて無理だと諦めて、殺し屋である俺に依頼が来たわけだが……本当に馬鹿過ぎる! 


 その日は雨も降っていて、標的が逃げた痕跡はほとんど消えていた後だった! 

 このノーヒントで、更に今はどこに逃げたのかすらも分からない奴を探せと!? 


 せめてもっと雇う殺し屋の数を増やせよ! 


 なんで俺一人だけなんだよ!


 まじでやってられん……!


「く……せ、せめて……パーリー様やラオーチャ様、チレーバ様にも捜索のお力添えを頂ければ……」


「はあ!? なに依頼主の手まで煩わせようとしているのよあなた、最低ね! これがプロの言うことなの!?」


「そうだそうだ! お父上だって、今も当主としてのご公務でお忙しい。俺だって……今は外に出たくない! お前も知ってるだろ、外は【リア充】とかいう訳の分からない奴らでいっぱいだ!」


「ええそうよ! あなた、パーリー様をあの化け物達に襲わせたいの!?」


「は、はぁ……」


 知らねえよ、襲われろよ! 


 ……ああ、そうだ。

 最近魔王のおかしな魔法によって現れた【リア充】とかいう変な連中、あいつらが蔓延っているという現状も俺を動きにくくさせている。


 あいつらは殺すことも出来ないんじゃ、もう殺し屋はお手上げってもんよ。

 考えれば考えるほど無理な要因が多過ぎるんだよ……。


 そうして俺を睨んでいたあほ二人だったが、不意に視線を外して俺にはよく聞こえん声で何やらこそこそやり取りを挟む。


「……ああ畜生。テイドーだけじゃない、『あの女』もだ。あいつ、テイドーが逃げた後に『あなた達は大嘘付きです!』だなんて公衆の面前で叫びやがって。おかげで一部の貴族は俺達に疑いの目を向けている。あの時、急に出てきた『赤髪のガキ』がちょろちょろと俺の邪魔をしなければ、女を逃がさず殺せていたものを……!」


「……パーリー様、私が上手く殺せていれば……申し訳ありません」


「いや、チレーバは悪くないさ。あくまでテイドーの次に殺せればいいが……くそっ、あいつらもどこに逃げやがった? オベロク王国の何処に住んでるかも分からん……!」


 ……ん、なんだ? 声が小さくてよく聞こえんが……まあ俺に関係ないならどうでもいいが。


 その時がちゃりと扉が開く。そこにはパーリーの父親、現ヨーキャリオ家当主のラオーチャがいた。


「おお、父上! どうでしたか!?」


「くっ……ううむ、だめだ。インキャリオ家の館にある宝石や貴金属、全部強固な結界で守られていて全く取れない。おのれ忌まわしきショコーミュの跡取りめ。呪いで力を奪って尚、このようなものを残しておろうとは……!」


「まあ! あの男、どこまで陰湿で薄汚いの!? 折角あいつを館から追い出したのに、私達に金目のものをくれないだなんて!」


「くそ、やはりか! それにテイドーが逃げてから、森のモンスターがどんどんこの館に攻めてくるようになった! あいつ、知らない間にこの周辺に張っていた『魔除けの結界』を解除しやがったんだ! モンスター達の撃退で、使用人や傭兵達の手が足りない……!」


 三人が苛立たしそうな声で、なんとも間抜けな会話をしている。


 モンスター達の撃退? ああ、だから殺し屋代をケチって俺だけしか雇ってないのか。なんでそんなことになってんのかはよく分からんが、どうせまたこいつらの無能が招いた結果なんだろうなぁ。


 ……いや剣術は確かなんだろうけどさ、やっぱこいつら頭は残念すぎるよ。


 依頼主として何もせずただ文句を言うだけで自分達は何もしない。計画性もない。駄目駄目だ。


 ――それに引き換え、俺はむしろターゲットであるテイドーという男にとても魅力を感じてしまうね。


 彼が逃げた時の痕跡が雨で消えていたのは、逆に彼がそれを見越して雨の中を無理矢理逃げたとも考えられる。


 雨なんて降っていれば普通はどこかですぐに雨宿りをしたくなるはずなのに、こいつはそんなことを気にすることも無くとにかくひたすら遠くに逃げたんだ。

 だから俺もこうして見つけられない。


 追われているという恐怖もあっただろうに……こいつはかなり冷静だったんだな。頭もかなり良いと見た。


 あーあ無理だ、こんなん彼の方が明らかに上手だよ。

 ヨーキャリオ家は何やら呪いで上手く彼の力を奪ったとか偉そうに自慢してたけど、そこで満足しちゃったんだろうね。

 もうそれ以降の詰めが甘すぎたんだよ。


 無能なこいつらのおかげで、俺が雇われる前からもう彼の逃亡は成功しているようなものだ。

 報酬は良かったからこの依頼を受けたけど、もう駄目だなこりゃ……。


 あー腹立つ、また心の中で叫ぼ。


 ヨーキャリオのばーかばーか!


 お前達の思考回路、まだなってもいないのに【リア充】並〜!


「む……おい殺し屋ザック! 貴様は何をにやけておる! さっさとショコーミュの跡取り、テイドーを殺せ! さすれば貴金属や宝石に張り巡らされた結界も解けるであろう!」


「そうだそうだ、父上の言う通りだ!」


「勿論必ずあいつの死体をここに持ち帰りなさい! 彼を本当に殺したという証拠を見せてよね! じゃなきゃ報酬は払わないんだから!」


「……は、はっ……!」


 ……とはいえ、迂闊に反抗は出来ない。

 腐ってもこの剣聖親子には実力じゃ及ばないし、ぼこぼこにされるだけだ。

 とりあえずこう従う振りだけでもしておくか。


 さーて、これからまた数日テイドーを探しに回ることになっているんだが……どうしよう? 


 うーん、よし。どうせ見つかりそうも無いし、内緒で別の依頼でも受けておくか! 


 ずっと俺が見つけられなければ、こいつらだっていつかは諦めるだろ!


 無理なのは無理! 報酬とかもどうでもいいや!


 ……もう、しーらないっ!!

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