18.旅立ち:託されていたもの
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「その日」が来る前日の晩は、随分と久しぶりに夢を見た。
目の前には、しわしわブルドック顔の厳つい犬人男性。
その毛深い手に、まだ幼い俺の頭が撫でられている。
その人は、かつて俺を救ってくれた変わり者だった。
『……ショコーミュお父様。なぜ僕を――物心ついた時からワストで孤児だった、それも人間族の僕を拾い、養子に迎え入れて下さったのですか?』
そう俺が聞くと、彼は少し考えてからこう答えた。
『うーん、そうだねぇ。ほら、私は見ての通りの不細工でね。犬人女性は皆、私と結婚したくないと言うのだよ。このままでは跡取りに恵まれず、インキャリオ家は滅亡の危機だ。いやぁ、本当にテイドーが養子になって私の後を継いでくれることになって一安心さ』
顔に似合わず、おっとりと優しい口調で話す人だった。そしてこんな気さくな冗談も言い、おかしな人だったが本当に優しい人だった。
『冗談はやめて下さい。獣人族最強の【
『ええ……? それもわりと本当のことなんだけどなぁ。……ううん、そうだね。自分で言うのもなんだけど、私は力があるからこそ困っている君を放ってはおけなかったんだ。君もスラム街で石をぶつけられる生活よりも、この館でのびのびと生活する方が良かっただろう?』
『……』
否定は、出来なかった。
街にいた犬人達は人間族である俺を毛嫌いし除け者にしてきたが、この館では彼も使用人達も皆俺に優しくしてくれた。
何も言えなくなってしまった俺を見て、その人は更に嬉しそうにブルドック顔をしわくちゃにして笑うのだった。
『――テイドー。君も、「最強」になりなさい。そしていつかその力で……君が僕に憧れてくれたように、今度は君が誰かの希望になってあげなさい』
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その朝は、いつも以上にすっきりとした目覚めだった。
俺はすぐに支度をして洞窟の外に出ると、まだ上ったばかりの朝日に照らされる神秘的な森が視界いっぱいに広がっていた。
すぐ近くで洗濯物を木の枝に干していた爺は、洞窟から出てきた俺にすぐ気が付くと、深々とお辞儀をする。
「おはようございます、ぼっちゃま。お早いお目覚めなのですね」
「おはよう爺。お互い様にな。……なに、久しぶりにとても良い夢を見たおかげか寝覚めが良かったのだ」
「良い夢、でございますか?」
「ああ、……昔の夢だ。今は亡き父上がいた」
「……!! ……なんと、先代ショコーミュ様の夢を」
それはもう、十年以上前の記憶だ。
俺は彼のあの言葉を聞いた日から、「最強」を目指すと決めた。
……そうなることが、俺を助けてくれたあの人への恩返しになると思ったからだ。
「思えば、俺の人生は波瀾万丈だ。生まれてからずっとスラム街での生活は最悪だったが、父上に拾われてからは良いことばかりだった。『最強』だった父上は、貧しかった一人のガキの運命を変えてみせたのだ」
呟き、晴れ渡った空を見る。
あの人に出会ったから、ただの孤児でしかなかった俺は強くなれた。
きっと単純な力だけではない。これからもどんな苦難だって乗り越えていけるような、そんな強い心をあの人から貰ったのだと思う。
「ならばまたこうして悪い状況に陥ってしまったのなら、何度だってその運命をぶち壊して良いことを取り戻してみせる。今度は父上がではなく、『最強』を託された俺自身がな。……きっと父上は、天国から俺にそれを伝えたかったのかもしれん」
「……っ。ふふっ……そうですね。ショコーミュ様はいつまでも、貴方様を見守っていらっしゃるのですよ」
「……そうか。そうだと嬉しいな」
やがて俺は振り返り、洞窟の入口を見る。
少しだけ感慨深いものがある。
数か月という短い間だったが、この住まいにも随分と世話になった。
爺も俺が背に担いだ大きなリュックに気が付いたのか、ほんの少しだけ寂しそうな声を発した。
「……もう、往かれるのですか?」
「ああ、今日が旅立ちの日だ。これから俺はメクトルへ向かう。この洞窟ともおさらばだ」
「左様でございますか。……ご安心を。この洞窟は私がきっちりと管理し、ぼっちゃまがいつでもお帰りになられるようにしておきます」
「ここにまた帰る時が来るのかは分からんがな。ああそうだ、折角だし救出したインキャリオ家の使用人達を隠蔽する拠点の一つとして使ってくれてもいい」
「なるほど……それは良い。ありがとうございます」
「では、お前ともまたしばしの別れになるがあとは頼んだぞ。爺」
「はっ。いってらっしゃいませ、ぼっちゃま」
しっかりと別れの余韻にも浸り、ようやく俺は歩き出す。
方角は人間族の国メクトル。
俺の、本当の故郷。
物心ついたときにはもうアリスブルムにいたし、メクトルでの記憶は全くない。
ここから大きなキール山を横切らなくてはたどり着けないという過酷な旅路でもあるし、着いてからもどんな景色が待っているのかも全く分からない。正直不安もある。
それでも、俺の足取りに迷いはない。
――見ていてくれ、父上。俺は貴方のインキャリオ家を取り戻し、俺を慕ってくれる使用人達も全て救い出し、必ずまた返り咲くぞ。
「ぼっちゃま!!」
後ろから声をかけられる。
珍しく声量が大きい、爺のものだ。
振り向くと、彼はやはりこちらに向けて深々とお辞儀をしていた。
「どうか、ご武運を!! 必ずや……必ずや、生きてお戻り下さい……!」
そんな彼の言葉に、俺は笑って返してやった。
「……ふっ。当然だ! お前こそしくじるんじゃないぞ! お互い必ず生き伸びて、俺達のインキャリオ家を復活させよう!!」
また一人となるが、味方がいると分かっているだけで以前よりもその心にはずっと余裕がある。
また進行方向へ身体を戻した俺は、もう振り返ることは無かった。
こうして、テイドー・インキャリオは二度目のどん底から這い上がるための旅を始めるのだった。
<1章・世界改編と【リア充】、そして爆発――完>
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